2008年8月のぼやき
8月1日(金)
背景を「風鈴」にしてみて、何となく清涼感を出してみたが…。
昨夜、実家からFAXが届いた。書かれている内容を読んで、ものすごく驚いた。芥川賞作家の楊逸さんの伯父様が、私もよくお世話になっている “華都飯店” の陳福坡先生だったとは!? 楊逸さんの紹介文章に「20年前、横浜に住んでいる親類からカラー写真が送られ、日本に興味を持った」ということが書かれているが、その親類こそ陳先生だったのである!
それで、急いで別の記事がないかどうかネットで検索し、今日の昼過ぎに実家へFAXを送ってみたところ、明日の夕方有隣堂本店で楊逸さんのサイン会があることを父から教えられ、急いで伊勢佐木町に出掛けた。
まず、芥川賞受賞作品である『時が滲む朝』を有隣堂本店で購入した。父から電話で聞いた話によると、午前中に得たサイン会の整理券番号が、100人中65番だったという。さて私は…というと、68番だった。
その後、遅い昼食を…というか、今日最初の食事をとる。昨夜も夜更かししてしまったため、昼過ぎまで寝ていた私…。今日からシッカリ業務再開のハズが、だらけきっている…。
伊勢佐木モールは、暑さ対策でミストが数箇所に設置されていて、歩いていて心地良かった。が、直接照りつける太陽の威力も凄まじく、汗がダラダラと流れてくる…。14時過ぎから京浜東北線が運転を見合わせている関係で、往きも帰りも日ノ出町駅を利用したが、伊勢佐木町から日ノ出町駅までの道のりが、これまた暑い…。ふと、「そうだ! 昼でも日陰だらけの道があったっけ!?」ということに気づき、大通りを歩かずに裏道を歩いた。そこは、ビルが立ち並び、それで日陰だらけなのだが、夜になると昼間より明るくネオンがチカチカ…!! そして、「シャチョーサン、アソンデクダサイ!」という客引きも目立ち、さらには「いい娘、いっぱいいますよ! 今なら○千円ポッキリ!」などという声もかけられる歓楽街…。昼だから歩ける福富町…。
読売新聞の夕刊で、「オレたちのピンク」という記事を読んだ。現在、男性の間でもピンクが流行っていることで「男らしさの多様化」を伝えようとしているらしい。が、「男のピンク」が「男らしさの多様化」として語られていることに、何となく違和感を覚える私であった。私は、大学時代にピンクのTシャツで体育実技の授業に出て “愛校心” を無言でアピールしていたし、ピンクはもともと好きな色の1つだし、今日もピンクのTシャツで出掛けたし、携帯電話の色もピンク…。ピンクのワイシャツも良く着るし…。今さら「男らしさの多様化」などと言われても、それはちょっと違うのではないか…と思ってしまうのである。ピンクを「女らしさ」としたジェンダー性によって操作された価値観を多様化したということではなかろうか? ピンクが好きだから着る。ピンクが好きだから身に付ける…という解釈が出来ない社会情勢に問題があるように、私はそう思う。
そんなことをぼやいているうちに、夜が来た。そして、今日は恒例の神奈川新聞花火大会! 我が家の近所でも見ることが出来るのだが、今年は部屋から「ド〜ンド〜ン」という音だけを楽しむことにした。
花火大会の音が静まってから、横浜駅へ出掛けてみた。すると、そこには浴衣の人、人、人…。そういえば先日、妻が「死人をたくさん見た!」と言っていたのを思い出した。「あぁ、左前ね…」と、すぐその発言の主旨を察した私であった。浴衣の着方が逆の人が多いこと、多いこと! 和服は洋服とは違い、男女の別なく重ねて着なくてはならないのに、男性と逆に着なくてはならないと勘違いしている女性が多いらしい。今日は…というと、左前に着ている人は見かけることがなく、ちょっとホッとした。
横浜駅で、東海道線から降りてきた妻と待ち合わせ。明日から、また色々なイベントが…。
8月2日(土)
午前中に夫婦揃って今井医院へ通院する予定だったのだが、就寝のタイミングを外しまくった我ら夫婦…。おまけに、エアコンの温度設定がうまくゆかず、寝苦しいこと…。空が明るくなってもしばらく眠れず、しかしいつの間にか眠ってしまった我ら夫婦…。気が付けば、昼前…。午前中の通院を諦めた。
午前中に通院できたら、そのまま華都飯店に行って昼食をとる予定だった。が、その後のスケジュールを考え、昼は家で食べ、15時過ぎに今井医院に入り、夫婦揃って診察室に通され、夫婦揃って血圧を測られ…という虚弱ぶり。
通院後、京浜急行で日ノ出町に出て、伊勢佐木町まで歩く。昨日ゲットしたサイン会の整理券を手に有隣堂本店に入ったのが16時10分過ぎ。が、すでに17時からのサイン会を待つ人の列が出来上がっていた。その列の中に、父の姿を見つけた。ちょっとした情報交換をし、列の最後尾を探した。私の前で待っていた男性は、サイン会の整理券を10枚以上は持っていただろう。「一人でこんなにサインをもらうつもりなのか?」とビックリしてしまう。そして、私の後ろに並んだ男性も、整理券を5枚持っていた…。気合い、入っているんだなぁ…。感心するばかり。
17時になり、予定通りにサイン会が始まった。列の先には、『時が滲む朝』で芥川賞を受賞した楊逸さんがいるのだと思うと、ちょっとワクワク…である。サインをもらった父が私のもとに来て、「最初のほうで中国人のお客さんが中国語で話しまくって、それでなかなか順番が回ってこなかった」と言う。が、その後は順調にサイン会は進んでいるように見えた。この情報を教えてくれた後、父は先に家路に就いていった。
私の前にいた男性の1人が、大量の整理券を係の人に手渡し、本を机にド〜ンと積み始めた。その数、15冊! 楊逸さんもビックリ! 係の人が我々に「申し訳ありません!」と小声でつぶやいた。あと1人で我々…というところで、またしても伏兵が!? 整理券は1枚しかないのに、複数冊にサインしてくれと言い出したのだ! さらに、芥川賞受賞作ではない別の作品にもサインして欲しいと…。それでスタッフが「今回は、整理券の枚数のみサインするということになっておりますので…」と丁重に断ると、「先生の作品を教材として使っておりまして、それで…」と、今度は営業の話を始めた。スタッフが「今回は、一般の方へのサイン会ですので、そういう話は会社を通してお願いしたいのですが…」と、これまた丁重に断っていた。が、そのやり取りを見ていた楊逸さんは、「でしたら、もう1冊だけサインしましょうか…」と柔軟な対応。自分の著書の読者をないがしろにするワケにもいかず…。
そして、“やっと” 我々の順番…。イスが1脚だけだったので二人で座ることは出来ず、代表で私が座った。そして、「おめでとうございます。実は私も華都飯店の陳福坡先生のお世話になっているんですよ!」と一部中国語で述べると、「発音が良いですね。あなたは中国人? それとも日本人ですか?」と中国語で楊逸さんが返してくれたので、この後は中国語での会話になってしまった。私が「私は日本人です」と答えると、「では、なぜ中国語が出来るのですか?」と聞かれ、「大学時代に3年間勉強しました」と答える私…。「この後、華都飯店に行くんですよ!}と言う私に、「では、またお会いすることがあるかも知れませんね」と…。妻も第二外国語が中国語だった関係で、会話の内容はほぼ理解していた模様。とりあえず難解な会話に発展しなくて良かった…とホッとする私。
サインをいただいた後、予定通り(?)華都飯店へ。そして「さっき、楊逸さんのサイン会に行ってきましたよ!」と伝えると、「後で楊逸、ここに来ますよ!」との情報を得た! 食事をしながら1時間、サイン会のスタッフが続々と入店! そして、陳福坡先生のもとへ楊逸さんが…。そこで陳先生からそこにいたお客さんたちを紹介される揚逸さん…。我々も紹介されたが、「先ほどは、ありがとうございました」と楊逸さんに声をかけられた。サイン会に行かずにお店で楊逸さん来るのを待っていたお客さんもいたらしい。サインしていただいたページを開きながら、我々も図々しく「我々の名前を書いてください!」とお願いする。そして、記念写真を1枚お願いした。「芥川賞作家の横に立って、ものすごく緊張した!」とは妻の弁。
妻にも、良い経験となったことだろう。
8月3日(日)
夫婦して軽く “昼夜逆転” しかけている…。特に私は、脳のほうが起きても体が動かないのである。
話はちょっと前に飛ぶが、妻が静岡からまたしても “珍ラムネ” を持ってきた。例の木村飲料の商品である。ここのラムネは、常識では考えられないような組み合わせを「これでもかっ!?」というくらいに押し出してくる。味についてはここではコメントを控えるが…。静岡英和学院大学の「異文化コミュニケーション論」で「木村飲料のラムネも1つの文化変容であり、異文化接触と考えられる」と講義した後、学生の一人が「木村飲料の息子は、私の高校時代のクラスメイトです!」と、満面の笑顔で話しかけてくれたのを思い出す…といっても、数ヶ月前の話だが…。
今日は体を休めることにして、外出を控えた。昨日は「買い物に行って、それから…」などという計画を立てようとしていたのだが、前述の通り体が言うことを聞かず…。
今日の更新は、このくらいで…。
8月4日(月)
朝早く、妻を新横浜まで見送りに行った。今回も、妻はこだま号で急いで静岡に戻り、仕事へ…。新幹線の出発間際に「じゃあ、また後でね!」と声をかけ、出発した新幹線に手を振った。
帰宅して、簡単に朝食をとる。妻からは「(朝が早かったんだから)ちゃんと寝てね!」と言われていたが、妻が仕事をしている時間に私が寝るのも…という軽い “罪の意識” が生じ、たまりっぱなしの洗濯物と格闘した。それにしても、暑い!! 暑すぎる!!!
昼過ぎ、スーツケースに荷物を詰め込み、家を出た。最初に目指したのは東京駅。そこで、東名ハイウェイバスに乗り継ぎ、静岡駅北口を目指した。東京駅八重洲口のバス乗り場に行くと、ちょっと前まであった “ライン” がなくなっていた。以前は「静岡」「浜松」「名古屋」などと目的地別に色のついたラインが引かれていて、そのラインの上に並ぶように指示されたものだった。が、バスが指定席制を採用したために並ぶ必要がなくなったばかりか、バス停前でキチンと並んでいる人たちにブロックされて出発間際のバスに乗りそこなう人が出たらしい。それで、「バス停前に並ばないでください」という貼り紙が!? その貼り紙にしたがい、バス停付近の適当な場所に立ってバスを待つ人、人、人…。
バスが首都高を走行してすぐ、メガネをサングラスにかけ替え、仮眠を取った。どのくらい眠っただろう、いきなりガラスに雨が激しく打ち付ける音と雷の轟音で目が覚めた。その時、バスは御殿場に差し掛かっていた。バスのフロントガラスは、ワイパーの必死な作業にもかかわらず視界が開けず。が、雨の切れ目(?)を抜けると、さっきまでの大雨を忘れさせるのに十分すぎるような晴れ模様…。そのまま、静岡駅まで雨も降らず。
駅に到着したバスから、妻の姿が見えた。迎えに来てくれたのである。一緒に買い物をして、妻の実家に行く。明日、静岡英和学院大学で試験監督があるため、前夜から静岡入りした次第。朝の「じゃあ、また後でね!」とは、こういうことである。
それにしても、バスの中で仮眠を取ったとはいえ、激しい睡魔に襲われている私…。朝、妻を新幹線に乗せて帰宅した後、『相棒』のDVDを見ずに寝ておけばよかった…と後悔しても先に立たず。
8月5日(火)
昨日私が御殿場で遭遇した激しい雨は、その後「大雨洪水警報」にまで発展したそうな…。そして、ジワジワと西へ雨雲が移動し、昨夜は静岡市内で土砂降り状態になった。天気予報では、昨夜は雨が降らないハズだったのだが…。
そして、今朝は晴天! 私が目を覚ました時には、妻も仕事に行った後…。ひとり身支度を整え、バス停へ向かった。静岡英和学院大学へ出講するのは、今年度は今日で最後…ということもあり、ちょっと変わったルートで仕事に行くことにした。いつもなら、バスで新静岡に出て、そこで英和学院大学行きのバスに乗り換えるのだが、今日はしずてつジャストラインが試験運転している「駿河区役所アクセスバス(駿河区役所線)」に乗ることにした。
この試験運転バスは、用宗駅から駿河区役所を経由して東静岡駅を結ぶ、駿河区民のためのバス…のようなもの。走行している姿は何度か見たことがあるが、どうやら誤乗車が多いような印象がある。バス停から乗った人が、慌てて降りる様を何度も見ている。今日、私は経由地を分かった上で乗り込んだが、やはり「えっ、このバスは静岡駅に行かないんですか?」とビックリしながら運転手さんに確認し、慌てて降りる人が多かった。中には、「えっ、何でここで曲がるの? 別のルートで静岡駅に行くのかね?」などと話している老夫婦もいたが、途中で「やっぱり、このバスは静岡駅には行かないんだよ!」と話し合い、途中下車していった。方向標識灯に「(駿河区役所経由) 東静岡駅」と表示されているのに誤乗車が多いのは、長いこと妻の実家周辺は路線バスのルートが1つだけだったため…である。ちょっとだけ社会学的に表現すれば、「人間は、自分の育った環境・経験・価値観によって物事を判断しやすい動物である」という私の定義づけの通りに行動する人が多いのである。バスに乗れば静岡駅に行ける…と、信じて疑わないのである。試験運転バスの登場で、その環境・経験・価値観が変容→世界観が変わる→複数のアクセス方法を使いこなせる…というような流れが出来れば良いのだが。
新静岡でバスを乗り換えても、東静岡駅まで出て乗り換えても、静岡英和学院大学までの運賃は全く同額である。その上、新静岡から出発する英和学院大学行きのバスが1時間に2本しかなく、時間さえ合えば東静岡周りのほうが早く大学に到着することもある(新静岡始発のバスも東静岡を経由するので)。だが、私が乗ったバスでは何ら時間の節約にはならないことを、運転手さんの持っている運行時刻表によって知ってしまった私…。そこで、計画を一部変更! 東豊田小学校というバス停で下車し、そこから大学まで10分ほど歩くことにした。日頃の運動不足の解消も兼ねたつもりだったが、昨夜の豪雨(?)のために路面からモワンモワンと湿気が「これでもかっ!?」と襲い掛かってきて、ただ歩いているだけなのに汗で頭からつま先までビッチョリ状態!? その上、体力が思いっきり吸い取られていった。いつもの私なら、10分程度の徒歩でゲンナリすることなどありえないのだが(韓国珍道中などで見せる私のフットワークを確認すれば、お分かりになるハズ)、今日は大学に着くや否や「助かった!」という感覚になった。
出勤簿に押印して、すぐに答案用紙を印刷する。「国際関係論(国際政治学)」も「異文化コミュニケーション論」も、私自身で答案用紙を刷り上げた。そして、監督…。詳細は割愛。
夕方、清水先生と新静岡に向かう。今日は清水先生のご招待で、妻と一緒に食事をしに行くことになっていた。妻とは新静岡で待ち合わせることになっていたのだが、大学からバスに乗り込んですぐに激しい雷雨が静岡市内を襲い、妻から「仕事から帰って、全身ずぶ濡れ! この雨では、外に出られない…」というメールが携帯電話に届いたほど。たしかに、雷雨の影響で道路が大渋滞…。バスも30分以上遅れての運行だったらしい。
それでも、妻とは何とか無事に合流し、しばし楽しいひと時…。だが、BGMは「ゴロゴロピカーッ!」。
お店を出る頃には雨がスッカリ上がっていたので、歩いてバス乗り場へ向かった。が、我々が乗り場に着いた時にはバスがちょうど出発した後で、次のバスを20分ほど待たなくてはならなかった。そのバスに乗り、妻の実家へ戻ったのだが、バスが降車バス停に近づいた瞬間に「ゴロゴロピカーッ!」「ザァ〜〜〜〜ッ!」。夕方の雷雨のこともあって「この土地にあなたがいると、雷雨が発生しやすくなるんじゃないの?」と、雷雨発生を妻のせいにした私…。
8月6日(水)
だらけきっている私…。今日も妻の実家で目が覚めたのだが、その時すでに家人の姿はなく…。
起きて、昨日買っておいたカップ麺を食べながら、今日どうするかを考えた。が、スケジュールを立てる前にカップめんをじっくり味わって感じたことがある。よく、腕の悪いラーメン屋を批判する時に「これなら、家でカップ麺(インスタントラーメン)でも食べたほうがマシ!」などと表現することがあるが(私もその一人)、最近のカップ麺(インスタントラーメン)のレベルがドンドン高くなっていて、「これなら、お店に行って食べなくてもよいのでは?」と思える商品が増えてきた。よって、「これなら、家でカップ麺(インスタントラーメン)でも食べたほうがマシ!」などと表現することは、品質向上の研究を続けているメーカーさんたちに対して失礼な言い方ではないか…と、そんなことを思った。全ての商品がその水準に達しているとは言い難いものの、「研鑽しないラーメン屋さんは、商売上がったりになっちゃうぞ!」などと思った次第。
それはそれで良いとして、午後にちょっと仕事をしようと思った途端、2匹の猫が私に擦り寄ってきて、何やら “イヤミ” を言い出した模様。「そこは私の場所!」とか「水が入ってないよ!」などと言われているような気がして、猫のご機嫌取りをしているうちに1時間が過ぎ、1時間半が過ぎ…。それで、仕事モードに入りきれなくなってしまった感もあり(猫の責任ではないのだが…)、夕飯を作って家人の帰宅を待つことにした。夕飯のメニューは昨夜のうちに聞いてあったので、勝手に冷蔵庫を開けて野菜を取り出し、包丁でザクザクと切り、肉を取り出し、一緒に炒め、鍋でグツグツ煮て…(後略)。米を研いで炊飯器をセットしておけば、みなさん帰宅してすぐご飯にありつける…という状態にしておいた。ただし、味が良ければ…の話だが。
そうこうしているうちに、夕方…。まず、妻が帰宅…。2匹の猫たちも落ち着きを取り戻したようで、そのスキに(?)230名分の答案用紙の採点に取り掛かった。私は仕事に入るまでにえらく時間がかかるのだが、一旦仕事に入れば作業は速いのである。あれよあれよという間に、130名分の採点が終了! そして、不合格者を何とか救済できないか…と、点数の見直しに入ってみた。どう考えても救済できない学生もいるが、「今後、また別の機会に顔を合わせた際に忠告できれば…」ということで平常点を最大限に活用して合格へ持ち込めた学生も…。
だが、ここまでの採点で分かったことが…。ある設問、ほとんどの学生が0点なのである。昨年も同様の傾向だったため、問題文に “わざわざ” 出題範囲(解答すべき範囲)が分かるような文章を入れておいたのにも関わらず…。講義中に配布したプリントの丸写し…それも、講義で全く触れなかった箇所ばかり写している学生が大部分。おそらく、解答している学生自身も意味が分からない文章であったに相違ない。それでも正解になると思っているのだろうか? また、最終講義で配布した「持ち込み不許可プリント」をノートに書き写し、それを丸写ししている解答もあった。「持込不許可=そこに書かれている内容を解答用紙に書いても意味がない」ということを全く把握していない学生の多いこと、多いこと。それと、「この用語を文脈に沿って正しく使用すれば20点!」というサービス専門用語でさえ、解答用紙に記入した学生が3割以下…。いつの頃からか、私の予測を遥かに超える(下回る)解答が続出するようになってきた。今後、出題方法やレベルを考え直さなくてはならないのかも…。
「単位さえ取れればいい!」的に試験を受けている学生が、「学問を究めたい!」「知識を深めたい!」という学究の徒よりも比率的に上回っている現状…。
静岡デイズは、今夜で “とりあえず” 終了! 明日は妻と横浜に戻ることになっている…が、それは夜の話。
それにしても、不安定な天候が続くものだ!
8月7日(木)
相変わらずの体たらく…。昼前まで眠り続けていた私…。
起きて、家人のいない居間で昼食をとり、答案用紙を採点する。100名分が、あっと言う間に採点終了! 今夜は妻と一緒に横浜に戻るため、妻の帰宅後、一緒に家の仕事に取りかかり、昨夜のうちに私のスーツケースにビッシリ詰め込まれた妻の荷物とともに18時半前のバスに乗って静岡駅へ。
横浜までは東海道線の東京行き直通電車に乗ることにしていたので、横浜まで3時間近く…ということで、車内でお弁当を食べることにした。だが、駅ビルでお弁当を物色(?)している最中、ふと駅のホームにある立ち食いソバ屋さんのラーメンが食べたくなり、そのことを妻に “告白” すると、「だったら、駅でラーメンを食べて、車内で軽く巻きずしでも…」という話にすぐまとまった。夫婦で立ち食いソバ屋の前に立ち、ラーメンを食す…なんて光景を想像したことがあっただろうか?
そして、東海道線の長い旅を終え、久々に(?)横浜の地に降り立った途端、一抹の不安が…。「先日の大雨で、我が家も床下浸水…なんてことはないだろうなぁ」と心配になりつつも、無事な我が家を見て心の底からホッとしたのであった。
8月8日(金)
ちょっと早起きして、夫婦揃って星美ホームを訪ねた。11月に、ここでささやかな結婚式を挙げるかもしれないのである。妻が静岡星美に15年間通っていた縁もあって紹介された施設であるが、ホーム側もそのようなリクエストを受け付けたことがないということで、今日は顔合わせと簡単な日程決めだけで終了した。
せっかく赤羽に出たのだから、帰りにどこかへ寄ろうか…という話を妻としていたのだが、あまりの暑さに「これは、寄り道しないで帰ったほうがよさそうだ!」ということになり、まっすぐ東神奈川へ戻った。
買い物をして帰ることになったのだが、その前に駅前の喫茶店でランチを食した。会計時、「(お会計は)別々ですか?」と聞かれた。「いえ、一緒でお願いします」と答えた妻がボソッと「夫婦に見えなかったんだ…」と寂しげにつぶやいた。
帰宅して、明後日までに依頼されていた原稿を書いた。先月担当したセミナーの講演内容を、私自身でまとめ直し、文章化し、提出することになっていた。まず、私の講演の同録MDをヘッドホン越しに聴き、メモをとる。自分が何をどのタイミングで話したのか、その確認である。そして、「原稿用紙10枚程度で…」と依頼された原稿をパソコンで入力する。が、どうしても言葉が捨てきれず、途中で原稿用紙10枚文の量を超えてしまった。カトリック社会問題研究所に電話をして「どの程度まで原稿量はオーバーしても良いのでしょう?」と確認をとったところ、「20枚程度までOKですが、そこに至らない程度でお願いします」と言われ、とりあえず原稿用紙14〜5枚で校了した。
そして、先日採点した答案を、採点票へ転記する。何度も平常点計算をやり直したため、驚くほど不合格者が減った。平均点についてはあえて触れないが、合格率はグンと高まった。
今夜は、北京オリンピック開会式。特に今回のオリンピックには興味関心がないのだが、とりあえず開会式だけは見よう…と、妻と一緒にテレビを観ていたが、アトラクションの規模の大きさにビックリ! そして、204カ国の選手団入場にビックリ! 何もかもがビッグサイズだった。会期中、何も起きなければ良いのだけれど…。
8月9日(土)
今日がオフ日であることを良いことに、夜更けまで北京オリンピック開会式をテレビで見て、アチコチのニュースで再度見て、気が付けば夜明け前…。結局、就寝後に目を覚ましたのは午後になってから…の話。
郵便物が届いたので昼過ぎに玄関を開けたのと、夕方になって近所のコンビニまで出掛けたのと、今日は玄関を開けたのはこの2回だけ…。
オリンピックのほうは、日本人選手も大活躍。女子の重量挙げでは2選手が入賞し、注目の女子柔道の谷亮子選手は銅メダル! 「ママでも金!」にはならなかったが、出場したオリンピックで全てメダルを獲得するという点は、おいそれと実現できるものではない。世間が言うほど、オリンピックで金メダルを獲るということが容易ではない証しであろう。ヤワラちゃんは立派だと思う。これで、日本に1つ目のメダルをもたらしたワケだし…。
それに比べて、我ら怠惰な夫婦…。
8月10日(日)
ほんの雑感から…。「内閣改造」というのなら、核(根幹)を変えなくてはダメではないか? 国民を「やかましい」と発言するような大臣を選出することになれば、何ら改造にならない…。どうして、政治の世界には「全取っ替え」が極めて稀なのだろう?
我が家の目の前にある神社から、深夜であるのにもかかわらずセミの鳴き声が聞こえてくる。それも、毎晩…。さらに、深夜2時頃になると、カラスの鳴き声も聞こえてくる。これも、毎晩…。カラスのほうは、夏に限ったことではない。神社という場所柄、カラスが寄りつくのだろうか? 夏の終わりを察したセミたちが、名残惜しそうに泣き続けているのだろうか?
なんてことを考えながら今日も夜明けを迎えたため…でもないが、昨日の「ぼやき」とほぼ同じ生活状態になってしまった。!? お日様を体に浴びることのない、昼夜逆転に近い生活…。
夜、神奈川県に大雨洪水警報発令。このところ、毎日のようにアチコチで大雨洪水警報…。偏西風の歪みが原因だとテレビで報じられていたが、それにしても頻度の高い異常気象には辟易する。そんな中、雨足が弱まった頃合いを見計らって妻を新横浜駅まで見送った。明日は仕事なので、静岡に戻らなくてはならないのである。だが、すぐに夏休みになるらしく…。
オリンピックを見ていて、日本の国歌を歌わない(歌えない?)若い選手の多さに驚いた。サッカーは、残り1試合を残して早くも予選敗退決定。試合は外見でやるものではないにせよ、茶髪やヘアバンド、そしてビッグマウスなど、年寄りの私からすれば目を覆いたくなるような選手が多いような気がした。これは、サッカーに限ったことでなく…。
柔道女子52kg級で、中村美里選手が銅メダルを獲得した。が、インタビューにも「嬉しくありません。悔しいです。自分をもっと出し切りたかったです」と、金への執着ぶりのわかるコメントをしていたが、銅メダルも大殊勲! 世界の頂点に立つことは素晴らしいことだが、その一角に食い込むことも素晴らしいことである。日本のお家芸である柔道で金メダルを逃した悔しさもわかるが、「オリンピックのメダリスト」であることに誇りを持っても良いと思う。銅メダルに甘んじない根性は立派だが、少しは笑顔があっても良かったと思う。銅メダルを取りたくても取れなかった選手もいるのだから…。これは、日本人の一人としての私感でしかないが…。
そして、柔道男子66kg級では、内柴正人選手が2大会連続で金メダル!
ガンバレニッポン! 中国語で言うなら「加油日本!」か…。Jiayou Riben!
8月11日(月)
今回の北京オリンピックも、20年前のソウルオリンピックも、日本人選手が試合している時に日本人が開催国の国民に応援されず、おそらく縁のないであろう日本の相手国ばかり応援される傾向が強い。いくら自国の選手と日本人選手が闘っているとはいえ、日本人選手の良いプレーには拍手ぐらいしても良いのではないか?…と思う場面がしばしばある。「彼らは、そんなに日本が嫌いなのかね?」と、ある人が私に聞いてきたことがある。歴史的な問題が政治的な部分でコントロールされ、国民感情に影響しているのが確かである。「政治とスポーツは切り離すべき!」などといっても、国民感情にはシッカリと政治的な感情が擦り込まれているのである。
メディアや教育現場などでも情報統制が行われ、その傾向は強まるのだろう。
日本での競技会…特にバレーボールなども「ニッポン チャチャチャ!」ばかりで、相手国に対して失礼な感じがするが…。
今回も20年前も、開催国のメディアは自国開催のオリンピックの素晴らしさを強調し、自国の選手のことばかり取り上げ、あたかも世界中から賞賛されているかのような報道をする。それはそれでショービニズム(狂信的愛国主義)を感じさせるところもあるが、逆に自国への誇り(愛?)を感じることもある。
それに引き替え日本のメディア…。日本人選手の報道をする際に、バドミントンのオグシオや卓球の愛ちゃん、柔道のヤワラちゃんなどの人気選手ばかり大々的に取り上げたり、「金メダル確実!」などと無責任な予想を立てて選手にプレッシャーをかけたり…。諸外国の実力を伏せたまま「予選リーグを順当に勝ち上がってもらいたいものです」などと、国民を妙に期待させるようなことをする。さらに、有力外国人選手にチヤホヤして、その選手の出場する競技では日本人選手よりもその選手ばかりを褒め称える日本メディア…。
オリンピックは、“アイドルのコンサート” じゃない!
そして、メディアも “アイドルのみの追っかけ” はやめよ!
それにしても…北島康介選手、平泳ぎ100mでの2連覇おめでとう! その上、世界新記録…!? 200mも頑張ってもらいたいものだ。
そして、オグシオの陰に隠れがちだったバドミントン女子ダブルスの末綱・前田ペアが、世界ランク1位の中国ペアを破ってベスト4! 失礼ながら、私は今日の試合に全く期待しておらず、「どこまで中国ペアに食らいつけるか」程度にしか観戦していなかった。第1ゲームは圧倒的に中国ペアが押していたし…。これだから、スポーツは面白い!
日本勢が頑張っているのに、ここで私は何をしているのだろう?…という焦燥感にかられ、未採点の答案用紙と格闘した。そして、北島康介ばりの “世界新記録” で採点が終了した。というのも、この採点、素点(自然数)ではなく「A」「B」「C」「D」の評価だけでよいのである。その上、2科目分あったのにも関わらず、受験者が全員合格したのである。その8割以上がA評価! もっとも、最終講義時に任意提出させたレポートの配点が終講試験の成績へしっかりリンクされたからこそ為せるワザではあったが…。もっとも、レポート提出を課さなくても全員合格は可能だったと思われる程、素晴らしい答案用紙が並んでいたので、S評価まで設定された場合はもっと高評価になったのだろう。
これで、目の前にあった答案用紙の採点は終了した。まだまだ夏休み中に手をつけなくてはならない書類はあるのだが、とりあえずここから私もしばらく夏休みに入らせてもらうことにした。
旧い友人から、ワインが2本届いた。ちょっとした連絡は取り合っているのだが、20年以上も会っていない友人である。おそらく…ではなく絶対に私の結婚を祝ってワインを送ってくれたのだ。また、あの頃の友人たちとも会わなくては…。自分を見つめ直さなきゃ…。
8月12日(火)
夜更けに頭痛の前兆が…。「寝れば鎮まるだろう」とタカをくくって寝た私に、偏頭痛が「これでもかっ!?」と痛みをお見舞いしてくれた。夜明けに鎮痛剤を飲んで、やっと安眠状態に…。
それから何時間も眠り続けたのだが、玄関のほうで「よっこらしょ!」と言う声が聞こえたような気がして目が覚めた。時計を見ると正午前…。妻が静岡から帰ってきたのである。枕元の携帯電話を見ると、8時半過ぎに妻からメールが入った形跡アリ! さらに、メールには横浜到着予定時間が書かれていて…。静岡の実家から自分の荷物をキャリーバッグに詰め込んで、一人で家まで運んできたのである。いくら頭痛で寝ていたとはいえ、横浜駅あたりまで迎えに出るべきだったハズ。メールの着信にも気が付かないほどに熟睡していた私…。
妻に買っておいてもらったマンガ本を受け取ると、妻は昨日私が買った3冊のマンガ本(これとこれとこれ)を目ざとく(?)見つけ、読みふける…。私の体調が落ち着いてきたので、マンガをひとまず閉じて、お昼を食べに出掛けることにした。我が家の近所に和洋中といろいろな店があり、選ぶのにしばし迷ったが、「一度も入ったことのない店へ…」ということになり、4月にこのサイトで紹介したお寿司屋さんに入ってみることにした。「この店は、寿司よりも別の物がお奨めらしいから…」という基礎情報をもとに、丼物を頼むことにした。二人でカツ丼と天丼を注文したのだが、絶品! 妻に「本当は、生姜焼きか漬け丼も選択肢にあったんだけど…」と食べながら言うと、「えっ、お寿司もあったの?」と驚かれてしまった。ここはお寿司屋さんだっつーの!
会計時、おかみさんに「お会計は別々?」と言われ、妻がボソッと「夫婦に見えなかったんだ…」と寂しげにつぶやいた。お会計時に、どうしたら夫婦に見えるのか、アレコレ案を出す妻…。
お寿司屋さんの丼物を堪能した我々は、横浜で買い物をすることにした。まず書店で「金田一少年の事件簿」最新刊2冊を購入し、新星堂のワゴンセールを覗いてみた。すると…、うたごころ 想い出のヤマハ名曲大全集 1973−1985という、コッキーポップ世代には涙モノのCD5枚組を発見! 定価が税込み9975円(税抜きで9500円)なので普段だったら手が出ないだろうが、な、な、何と、それを税込み525円で売っていたのである!!! 他のCDも、全て525円…。宇多田も、アンジェラも、つんくも、モー娘。も、1枚だろうが2枚組だろうが、すべて525円のセール! 「これを買わずにいられるかっ!?」と、迷いもなく1セット購入!
その後、コーヒーショップでくつろいでいる最中に「このCD、小林さんも見たら絶対に欲しがるだろうなぁ…」とつぶやく私に、「だったら、もう1セット買って帰れば?」と答える妻…。それで、急いで新星堂のワゴンセールに戻り、もう1セット残っているのを確認して購入!
横浜そごうのデパ地下を通った時、長い列ができていたので妻に「何で並んでいるのかねぇ?」と聞くと、「北島康介効果だよ!」と即答される。「???」と私が首をかしげていると、「北島康介の実家(の精肉店)はメンチカツで有名でしょ? それで、金メダルにあやかってメンチカツを買う人が並んでいるんだよ!」と教えてくれた。北島商店の各店舗では、メンチカツを求めて並ぶ人の列ができていたらしい。ただ、横浜そごうでも北島商店が出店しているという情報が私にはなかったのだが、どうやら「スタミナメニューフェア」なるもののために臨時出店しているらしい(詳細はこちら)。北島康介は、いろんな意味で親孝行息子だと思う。
夕方、暑さが和らいだところで買い物に出た。歩いて東神奈川まで向かったが、JRの線路をくぐる地下道内の空気が籠もっていて、さらに自動車の排気ガスが凄くて、息苦しさ満点! なるべく呼吸をしないように歩き続けた。
スーパー内の家電売り場から、「きゃあぁ〜っ♪」という嬉しそうな女性の声がした。そこにあったテレビでは、女子柔道63kg級の谷本歩実選手がオリンピック2連覇を達成し、歓喜する姿が映し出されていた。おれで、今回のオリンピックで日本が獲得したメダルは6個、金メダルは3個…ということになる。が、メダルのことよりも、選手が最善を尽くせるように願った私…。
家を出るがちょっと遅かったのと、買い物にじっくり時間をかけたのとでスーパーを出たところで20時半…。食材を買い込んだハズなのに「何かもう、お腹が空いちゃって、ゴハン作るの面倒かも…」という状態になってしまった。帰りは電車に1駅だけ乗り、急いで家に荷物を置いて外食しようと言うことにしたのだが、近所のレストランは「本日はご予約で満席でございます」という貼り紙が!? 完膚無きまでに打ちのめされた我々は、別の店に入るだけのモチベーションもなく、コンビニでカップ麺と弁当を買って家で食べることに…。
あぁ、この虚空感…。
8月13日(水)
今日で結婚生活8週間になるらしい…。毎日が慌ただしくて、あっと言う間に時が流れているような気がする。慌ただしさの中で、正常な判断能力も失われつつあるらしい。昨日書店でマンガ本を見ていた時、1冊の絵本が目に入った。ネコを主人公にしたマンガの絵本版だったのだが、それを見た妻が「このネコ、何だかパタリロみたいでイヤだ!」とつぶやいたのだが、「えっ、ネコなんて出てこないよ!」と妻に反論した私…。妻は「出てきたよ!」と、詳細を説明してくれたのだが、そこで私が「パタリロ」と「カリメロ」を勘違いしていることに気が付いた。あぁ、凡ミス…。
結婚8週間…新婚ホヤホヤにも関わらず、今日も私は頭痛に悩まされていた。妻は背中の痛みと闘い、夫婦して満身創痍状態…。特に私の頭痛のほうが根深く、16時過ぎまでうなされ続けた私であった。
鎮痛剤に頼るのは極力避けたかったが、やむを得ず服用…。そして、妻の手厚い看病の結果、痛みは緩和されていった。せっかくのお休み…一日を完全に棒に振るのは避けたかったので、みなとみらい地区へ出掛けることにした。3月に有名インテリア販売店「ニトリ」でチェストを購入したが、それと同じものをもう1つ購入しようと思い、ついでに(?)妻の持ってきた大量のマンガ(妻の嫁入り道具にして、私の研究資料!?)を収納するための本棚を購入しようとニトリの店内を見て回ったが、ちょうど良い値段と大きさのものが見当たらず。
それで、おなじみ(?)のセキチューに行ってみた。すると、我々が見積もってきた予算よりもえらく安く、さらにサイズも大きい本棚が販売されていた! 結局、本棚はセキチューで購入して商品の発送手続きを済ませ、チェストはニトリで購入し、キャスター(ソウルの南大門市場で購入)にチェストを載せ、歩いて帰宅。
チェストを載せたキャスターを動かし始めた時、妻が「チームピンク、出動!」と叫んだ! チームピンク? そういえば、今日は夫婦してピンクのTシャツを着ていたのである。事あるごとに「チームピンク、乗り切れるか?」「チームピンク、いよいよ終盤!」「おっと、チームピンク、ここでクラッシュか?」などと妻が実況を続けるものだから、何だか荷物を運びながらオリンピックに参加しているような心地がした!
そして、チームピンクは決勝進出!?
8月14日(木)
なぜか、今日も頭痛…。そして、夕方までは昨日と全く同じ状態に…。
夕方、体調が落ち着いてきたので、横浜まで買い物に出ることにした。明日出掛けるので、まずはその手土産を見つくろう。それからアレコレ小物を買いそろえ、「豪華なおかずを買ってみようか?」という話になったのでデパ地下へ! どこかの食堂で食べたほうが安上がりなくらいの値段はしたが、たまにはこんな夕飯も良いのかも知れない。
それにしても…、北島康介はスゴイ! 2大会連続で、平泳ぎ100mに続いて200mも金メダルとは…!? 有言実行も、ここまでくると神がかり…である。
オリンピックで日本がどんどん勢いづいていく一方で、期待過多のために潰されかけている選手も…。
8月15日(金)
富士市に行ってきた。妻の親族がお盆で集まるので、挨拶を兼ねて参加させていただいたのである。ただ、その家に行くのは初めてのことではなく、数年前にお邪魔したことがあるので、「初めまして」ではなく「御無沙汰しております」という挨拶になる。
10時過ぎに神奈川から京浜急行に乗り、横浜駅でJRに乗り換える際、連絡改札でハプニングが!? 私の定期券と乗車券を自動改札に認識させた時、「組み合わせ異常」の表示が出てしまったのである。それで、係員に事情を説明すると、「こちらで出場処理しましたので、もう一度改札口を通ってください」と言われ、指示された通りに乗車券を入れて定期券をピッとタッチした。が、「組み合わせ異常」の表示が出る。「おいおい、どういうことだ!?」と文句を言いに行こうとしたが、件の係員は別の客のクレーム受付中…。
仕方なく、もう一度だけトライしてみようと連絡改札に行ったところ、「おかしいなぁ…。出られないじゃないか!?」と改札機に文句を言っているオジサンが…。「何で通れないんだよぉ!?」とイライラしている様子だったので、オジサンの乗車券をのぞき見たところ、京浜急行内のみ有効の(JR連絡用ではない)乗車券で改札を出ようとして、その度に「キンコンキンコン!」と改札口に止められていることがわかった。それで、お節介だと思いつつ「ここは出口ではありませんよ!」と私がオジサンに教えると、「じゃあ、どこから出ればいいの?」と聞き返された。出口を指さしながら、「あの改札が出口です!」と教えると、「じゃあ、相鉄線はどう行けばいいの?」と聞き返された。出口を指さしながら、「あの改札を出て、右に進んで、階段を上って、左に曲がると、相鉄線の乗り場に出ます」と教えると、「ホント? ありがとう」とお礼を言われた。
私は…というと、連絡改札を通るのは諦め、出口から定期券で出て、乗車券をJRの改札に通して入札した。先に連絡改札からJR構内に入っていた妻がキオスクでミネラルウォーターを買っているのを見つけ、一緒に東海道線のホームへ向かった。ホームに上ったところで熱海行きの東海道線が入線。だが、車内は軽い混雑…。大船で2人分の席が空いたので妻と移動したところ、大船で乗り込んできたオバサンが必死の形相で猛ダッシュして、我々が座ろうとしていた席の1つに座ってしまった。勝負の世界は厳しいモノだ。これを現実として受け入れなくてはならない。まずは妻を座らせ、どこで席が空くかを伺っていた私だったが、件のオバサンは次の藤沢でしらっとした顔で降りていった。
熱海で沼津行きの東海道線に乗り換え、沼津から島田行きの東海道線に乗り継いだ。幸い我々は座ることができたのだが、車内は(3両編成ということもあってか)えらく混雑していた。さすが、夏休み…。
妻の親類の家には、12時半過ぎに到着した。それから続々と家に集まってきて、まず昼食…。お寿司をいただいたのだが、みなさん今日は小食のようで、我ら夫婦が3人前ずつ食べてしまった。
食後、しばしの団らんがあり、それから御墓参りに出掛けた。初めてのお墓参りのため、「これからよろしくお願いいたします」と念じつつお参りした。お墓参りの後、近くのホームセンターで買い物タイム! 横浜で買うよりもメチャクチャ安く、「見てはいけないモノを見てしまったねぇ…」と妻がつぶやいた。
夕方、まだまだお寿司でお腹がパンパンの状態であったが、「食事に行こう!」と言われ、焼き肉屋さんへ。「食べられる?」と妻が私に聞く。「さぁ…? でも、目の前に料理が来たら、それはそれで食べられるんじゃない?」と答える私…。そして、その場にいた人のほとんどが「まだお昼のお寿司がお腹に…」などと言っていたのだが、誰ひとりとしてギブアップせずにお肉を平らげた。恐るべし、焼肉!
今夜は泊まってゆくよう勧められていたらしいのだが、明日もいろいろと部屋の改造(?)があるため、帰途についた。東海道線で熱海に出るまで、全く座れず。熱海から横浜までの間は、ほとんど意識不明の我ら夫婦…。
結婚したら親族が増えるのだから、しばらく新しい人間関係に慣れるための “試練” を夫婦して乗り越えなくてはならないのである。
8月16日(土)
昨夜は、長旅(?)の疲れからか、グッタリ状態での帰宅…。なのに、北京オリンピックのテレビ観戦やら何やらで、気が付けば明け方…。体の疲労は最高潮に達し、ベッドに入った後の記憶がほとんどない。
8時半過ぎ、セキチューから電話が入り、ここで一旦眠りから覚める。「ご購入の本棚ですが、10時から12時の間での配達になります!」とのことだったので、「わかりました」と言って電話を切り、再び就寝…。そして、10時10分前にインターホンが反応! 寝ぼけ眼で玄関を開けると、目の前に本棚(2梱包)が…。「こちら、梱包が2つになります。では、こちらに受取印を…」と配達員のオニイサンが明るく促す。ハンコを押すと、「では、これで。ありがとうございました!」と、荷物を置いたままトラックのほうへ戻ってしまった。1つの本棚が2分割されているとはいえ、それぞれが相当な重さなのである。「アイツ、持ち上げるのがイヤで、急いで逃げたな!?」と思わずにいられなかった私であった。
寝ている妻を起こすワケにもいかず、1つずつエッチラオッチラ言いながら、ズルズルと玄関に引きずり込む。出入りの邪魔になってはならないと思い、人が通れるくらいのスペースを確保するのに手間がかかる。腰に鈍い痛みを感じつつ、何とか作業を終える。部屋まで階段を上がって運ぶ気力&体力は無いので、そのままにしておいて再び就寝…。
こうして、夕方まで眠り続けたのであった。
起床(?)後、とりあえず何か食べなくては…という話になったが、何かを作る気力がない。それで、近所の中華料理屋さんまで行き、オリンピックをテレビ観戦しながら美味しい中華に舌鼓! 女子レスリングで、日本人選手が金メダルと銀メダルを獲得し、満足しながら店を出た。
帰宅して、いよいよ本棚の組み立てに取りかかる。1人だとちょっと大変かもしれないが、2人で組み立てるとあっと言う間に作業が終わる。だが、その後が大変だった…。もともと置いてある本棚を移動させたり取り払ったりし、空いたスペースに組み立てたばかりの本棚を置いたのだが、そこに収めるマンガ本の配置で妻が大いに悩み続けた。大きな本棚を前にして悩み続ける妻の顔に、何となく鬼気迫るものを感じた。だが、口をついて出てくる言葉には、何の緊張感もなく、「『クレヨンしんちゃん』はどこに置くかねぇ?」「あっ、金田一君のスペースが!?」などと、表情とは裏腹なコメントが続く…。かくして、本来なら太陽の昇っているうちにやらねばならなかったであろう作業を、とっぷりと夜も更けてから始めた我々に、新たな疲労感が襲ってきたのであった。
今夜も、よく眠れそうだ!
8月17日(日)
「今夜も、よく眠れそうだ!」なんて昨日の「ぼやき」で書いてしまったものだから、スッカリ熟睡…いや、爆睡状態に入ってしまった。そんな状態の中、ハッキリと記憶に残る夢を見た。
夢の内容は、私が “ある学校” から補講を頼まれたことに始まる。その学校はかつて実在したものであり、その学校で私も9年間教鞭を執ったことがある。だが、不本意な形で講座を奪われ、追い出された過去がある。その恨みが夢となって現れたのかどうか知らないが…。夢の中では、その学校から補講を頼まれたのは私ひとりではなく、なぜか友人(実在の人物)も同日程で補講を頼まれたということで、一緒に学校へ向かうことにした。
現実ではその学校へは駅から徒歩12分程度で、バスに乗ることはほとんどなかったが、夢の中ではバスに乗って学校へ行こうという話になり…。だが、バスは行ったばかり。それで、別のバスを…と降り場を移動すると、そこにはミニバスが停車中。「高島平方面」などと書かれているバスなのだが、それに乗ることにした。現実なら、それが自動車教習所の送迎バスであることぐらいすぐにわかるところだが、夢ではその事実にしばらく気付かない…という設定。
学校の近くを通りかかったので「あのぉ、ここで降ろしてもらえません?」と小太りな運転手に聞く我々…。しかし、「ダメです! 教習所まで着かなければ降ろせません!」と頑なな小太りな運転手…。それで、「じゃあ、ちょっとだけ、職場に連絡を入れたいので学校に寄ってもらえません?」と頼み込み、学校前に寄り道してもらう。そこで、我々の到着を待っていた事務員さんに事情を話すと、「わかりました! では、私が代わりに教習所に行きますから、先生方を降ろしてください!」と、ここで “人質” と身代わりに講義に入ることになる。
が、何の補講なのか、全く聞かされていないことに気付き、教務部長にそのことを尋ねると、「卒業対象学年の補講です。1年次の単位を取りこぼしている学生に、集中講義をしてもらいたいのです。では、今日一日、よろしくお願いします!」と頼まれ、1年生用の「社会学」の補講に入ったのだが、講義用プリントも何もなく、学生も学生で「これが卒業を控えた学生の態度かね?」というほどの劣悪ぶり。最初はマイク無しで講義していた私も、マイクの電源を入れざるを得なくなり、「お前ら、ウルサイッ!」と一喝する有様。
1時限目と2時限目の間にプリントを急いで作成しようとするのだが、どうしてもコピー機がいうことを聞いてくれない…。縮小や拡大の指示を、コピー機がことごとく無視するのである。不本意な出来のプリントを使用して、教室に戻るのだが…
夢の話だけでかなりの量を割いてしまいそうなので、このくらいで。それにしても、この夢は何かの暗示だろうか?
夢でハッとして目を何度か覚ましたが、そのたびに二度寝、三度寝を繰り返し、気が付けばまたしても夕方まで寝ていた、そんな我ら夫婦…。
とりあえず、夏休み中に部屋の模様替え(整理)をある程度まで終えておこうということになっていたので、簡単に食事をとり、部屋に散乱していた書類の整理に取りかかった。いらない書類は引越時に処分したハズなのに、それでもなお「これでもかっ!?」と言わんばかりに書類が出るは出るは!?
アレコレと書類を収納していた場所を移し替え、とりあえず現時点で出来るだけのことはやり遂げた…ハズ。だが、私が実際に作業したのは、全工程の1割程度。あとは全て妻のおかげ。
8月18日(月)
今日から、妻は仕事で静岡に戻らなくてはならない。家を6時過ぎに出なくてはならないので、昨夜は早寝しなくては…と思っていたものの、夕方まで寝ていたため、いつまで経っても眠くならず、すごく困った。そして、「だったら、このまま寝ないで仕事に行こうかなぁ…?」と言い出す妻…。それでは体に悪いと、とりあえず眠れなくても良いからベッドで横になるよう妻に言い聞かせ(?)、私は妻が持ってきた『金田一少年の事件簿』のDVDを朝までずっと見続けた。そして、新横浜駅まで妻を見送り、7時半前に帰宅した。
特別な用事があるワケでもないのだから、帰宅して直ぐに寝ればよいものを、明日の古紙回収の準備をしたり、いろいろな調べものをしたり、講義用資料を作成したり、テレビでオリンピックの予定を確認したり…と、体に悪いことばかりしていた私…。
だが、16時頃になって強烈な睡魔が襲ってきて…、それで “ちょっと” ベッドに入ることにした。が、その “ちょっと” は6時間以上に達した。このまま寝ていても問題ないように思えたが、夕飯を買っておいたことを思い出し、とりあえず起きて食事をする。オリンピックでは、各競技で日本チームが苦戦を強いられていた。「ここ一番!」という時に攻め込まれる日本チームに、自分自身の状況(情況)を見たような気がした。
頑張らなければ…。
8月19日(火)
来月、1年半ぶりに「韓国珍道中」のため(?)渡韓するので、久々にそちらのサイトに手を加えてみた。だが、今回はパソコンを持たずに韓国入りするかもしれないので、リアルタイムで珍道中を実況できるかどうか…。
それはさておき、昨日は中途半端な時間に寝てしまったため(ついでに言えば、中途半端な時間に起きてしまったため)、夜中になっても全く眠れず、あけぼのを迎えてから眠りに就くことに…。このままだと、またしても昼夜逆転状態になるところであった。が、11時半過ぎに実家から電話があり、それで怠惰な生活に陥らずに済んだ。
電話で父が、「宮内庁のお菓子、欲しいか?」と尋ねてきた。「なぜ宮内庁?」と思う人もいるかも知れないが、私は別に驚きもせず…。というのも、かつて宮内庁書陵部陵墓課の研究員を永年務めたイトコがおり(現在は大学の教員)、その関連であることを直ぐに察したからである。それで、昼過ぎに横浜駅で父と会う約束をした。相鉄線の改札前で父と待ち合わせ、件のお菓子を受け取ったのだが、父の手にはもう1つ同じものが…。弟夫婦の家にも届けるのだという。暑さの厳しい中、父の元気な姿を見て「自分も頑張らなければ!」と気合いを入れ直した。
帰宅して、遅い昼食をとり、それからパソコンに向かって一心不乱に “書類” を作成する。この書類で運命が変わるかも知れないし、変わらないかも知れない…という意味合いがあり、いつになく(?)真剣にキーボードを叩き続けた。ひな形はパソコンにデータベース化してあるため、文章を改めて打ち込むことはあまりなかったが、それでもかなりの時間を費やして、外で雨が降っているのにも気が付かず、とにかく集中してパソコンと対峙して、やっと書類が完成した。が、この書類に添付しなくてはならない資料があるため、それは明日にでも…。
この作業を終えたら、あとは渡韓準備を…。
8月20日(水)
今月は、頭痛に悩まされる頻度が高い。偏頭痛が再び群発頭痛になってしまったのかも知れない。今朝、「またか!?」という状態で激しい頭痛との闘いが始まったが、あえなくノックアウト負け! だが、こういう頭痛は「寝れば治る!」というものではなく、寝ることさえ出来ないほどツライものなのである。この痛みは、このつらさは、実際にその状態に陥った者でなければわからないであろう。やむを得ず、今日一日をベッドで過ごす覚悟を決めた。幸い、妻が設置した本棚によって窓が一部ふさがれたため、光の刺激による痛みは軽減された。
しかし、痛みは激しく私に襲いかかってくる。のたうち回りながら、「今日の『ぼやき』は更新できないだろうなぁ…」と思いながら、とりあえず痛みが鎮まるのを静かに(?)待った。
そのため、今日行う予定だった資料作りは断念。渡韓準備になかなか入れない私…。
18時を過ぎた頃、ちょっと体調が落ち着いた気がしたので、思い切って起きてみた。そして、玄関前のポストに行き、新聞と郵便を取り出し、部屋に戻った。痛みが完全に鎮まったワケではないが、何とか体が動かせることを確認した後、妻に電話して症状を伝えた。そして、お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。カフェインで頭痛がかなり緩和されてきたので、もう1杯コーヒーを淹れた。
かなり体調が落ち着いたので、アメリカンエキスプレスの家族カード(妻のカード)に暗証番号を電話で登録した。以前、妻に「家族カードには、まだ暗証番号を設定してないよ!」と伝えるのを忘れたため、妻が新幹線の自動券売機にカードを入れた時に「暗証番号が違います」と何度も表示され、結局は現金で特急券を購入した…とプンプンしながら言ってきたことがあったが、これで自動券売機でも乗車券類の購入が可能になるので、妻がみどりの窓口の長い列に並ばなくても済むだろう。
コーヒーで体調が整ったところで、パソコンのメンテナンスに取りかかった。最近、インターネットのアクセスに時間がかかり、「???」といった状態であった。ADSLの速度は問題ないのだが…。それで、メーカーのサイトにアクセスしてサポート情報を確認したところ、WindowsXP のSP3を適用したら、ネットワークデバイスに不具合が起きる症状が何件も出たらしく、それで私のパソコンもネットワークの “能力” が低下したらしい。それで、更新されていたLANドライバをインストールすることにした。すると、アクセスの時間が短縮された(ような気がした)。これで、しばらく快適な環境でネットアクセスが…。本当は「フレッツ」のほうがサクサクなのだろうが、我が家の構造上それが可能ではないことは2月に述べた通り。せめて、ADSLのグレードを上げるくらいか…。
そういえば、朝から何も食べてなかったなぁ…ということを思い出し、かといって外に買い物に出る気力もなく、「こういう時は、CoCo壱番屋(ココイチ)の宅配かなぁ…」と、インターネットで注文する。1月まで住んでいた旧宅はココイチの宅配エリアからギリギリ外れていたのだが、その隣町にある現在の家ではバッチリ宅配エリアに入っているため、それで今年に入って頻繁に注文している次第。したがって、最近私はココイチの店舗でカレーを食べていない…。
「今日の『ぼやき』は更新できないだろうなぁ…」と思っていたわりには、結構長い文章になっているような…。
8月21日(木)
朝を “半徹夜状態” で迎えた。昨日は頭痛のため夜まで寝ていたこともあり、夜が更けても全く眠くならず、ベッドで横になってみたものの、夜はドンドン明けてゆく…。
「ここは、中途半端に寝てはならぬ!」と心に決めて、9時半前に家を出た。京浜急行で横浜に出て、まず写真屋さんへフロッピーディスクを提出する。そのディスクには、私の証明写真のデータが収められている。渡韓の際の不測の事態に備えて、パスポートサイズの写真を用意しておかなくてはならないと思っての焼き増しである。その現像が2時間ほどかかるというので、ダイヤモンド地下街の隣にあるトーヨー街のコピーショップへ行き、家から持ってきた文献や論文集や資料を “しこたま” 複写した。
コピー終了後、文房具店でホチキスを購入し、11時を過ぎたので “早めの昼食” をとることにした。昨日は晩ご飯一食のみだったので、ちょっと奮発してみようという気分になり、崎陽軒中華食堂に入った。ご飯はおかわり自由だったので、とりあえず1回はおかわりしないと損したような気分になるのは、私の小市民さ故か? とりあえず、1回だけおかわりし、ゴハンを食べるリズムに合わせておかずを平らげた。満腹感が久々のように感じた。幸せ気分に浸りつつ、お会計…。すると、「お客様、こちらのお荷物は?」と、コピーがつまった私の荷物を店員さんが届けてくれた。頭がボ〜ッとしていたので、こういうウッカリが起きてしまう。何とも情けない話である。
「これは、寄り道しないで帰宅しないと…」と思い、駅の改札へ向かって歩こうとするのだが、まっすぐ歩けず、何度も何度も通行人とぶつかりそうになる。やっとの思いで京浜急行の改札口に到達したものの、ズボンのポケットから定期入れが出てこない…。いつもならスッと取り出せるのだが、手が引っかかるのである。自動改札の前で一旦立ち止まり、心を落ち着けて定期入れに手を触れる…、そして…、何とか改札を通過する。
帰宅して、少し昼寝でもすればよいものを、テレビでドラマの再放送などを見てしまい、どんどん頭が動かなくなってゆく…。さらに、体力低下が原因なのか、声が出なくなってしまった。仕事のことで電話をしたのだが、こんなに声を出すのに力を振り絞ったのも久々のこと…。
15時過ぎ、今井医院へ通院。このところの頭痛の酷さを伝え、鎮痛剤を少し多めに処方してもらった。渡韓前に、何とかベストに近い体調に戻さなくては…などと、オリンピックの影響とも思えるコメントを!?
話は全く違うところに飛ぶが…先日、妻と一緒に本棚を設置した時に、要らないものを片付けようということになり、アチコチの紙袋に入っているガラクタを整理したのだが、「あっ、こんなところにあったのか!?」という感動の再会があった。ラジオである。ラジオが出てきたのである。そのラジオを購入したのは、今から16年前の1月だったと思う。その年、つまり1992年の3月15日午前9時、日本初のAMステレオ放送が始まったが、そのラジオはAMステレオ対応なのである! AMステレオ放送開始の瞬間、私は同僚たち(その当時は、大学院の博士後期課程に在籍しながら中学・高校の講師をしていた)と車に乗っていた。レンタカーを借り、マザー牧場へ行く途中だった。9時ちょうどにステレオになるのを確かめるため、少し前から電源を入れてその時を待ったのを覚えている。AMだけではなくFMも受信できるため、重宝したものだった。が、いつしかラジオへの興味関心が薄くなり、そのラジオの存在をも忘れ去ってしまったのである。そのラジオが、捨てられずにちゃんと私と共に生きていたのである! ラジオを購入した後、3度の引越をしたが、その度に私の意識にないところで帯同していたのである! ただし、乾電池が入れっぱなし状態であったため、多少の液漏れがあり(発見した時点でキレイに拭き取ったが)、キチンと作動するのかどうか不安があった。今日、新しい乾電池を入れたところ、インジケータが反応した。そして…、キチンと電波をキャッチした! まだまだ、見た目は新品同様。もしかすると、この先も現役続行できるのではないかという状態であった。
だが、日本ではAMのステレオ放送が思ったほど普及しなかったため、ゾクゾクとAMステレオを打ち切る放送局や基地局が出て、AMステレオ対応ラジオも生産量が激減しているという。この放送システムが浸透しなかったため、機種も驚くほど少ない。よって、このラジオは貴重なのかも知れない。大事にしなくては…。
そして、自分の体も大事にしなくては…。
8月22日(金)
このところ日本相撲協会は不祥事が続き、さらに日本列島は雷雨が続き、「明るいニュースが少ないなぁ…」と思っていたところ、昨夜のオリンピックは久々に明るい話題と感動を与えてくれた。サッカーのなでしこジャパンは3位決定戦でドイツに敗れ、惜しくもメダルを逃したものの、それでも堂々の4位! 闘いぶりも立派だった。口先と見てくれだけの男子チームとは全く違い、最後まで攻める意識がみなぎっていた。そして、次のオリンピックで正式競技から外れるソフトボールで、日本がアメリカを破って金メダル! ソフトボールにとっては今回が「最後の五輪」となるが、8年後の復活を願ってやまない。
昨夜の雷よりも、日本人女子選手たちの活躍のほうが力強かった。
昨日は半徹夜の影響で、何度も意識朦朧状態に…。それで、22時半過ぎにベッドに潜り込み、長めに睡眠をとることにした。が、数日間ずっと徹夜を続けた後に睡眠をとっても、結局いつもと同じくらいの睡眠時間を過ぎると目が覚めてしまう…と、以前何かの本で読んだことがある。昨夜の私は、目を閉じてからちょうど4時間後に「パチッ」と目が覚めてしまった。それからは、ムリに寝ようと意識すればするほど眠れなくなり…。それでも何度かウトウトしてきたものの、外で鳴いているカラスが気になったり、新聞配達のバイク(カブ)のギア音にビックリしたりして、「寝るのやめたっ!」と思い切って起きたのが5時過ぎ…。
たった4時間の睡眠時間の中で、妙な夢を見た。「なでしこジャパン」や「さくらジャパン」など女性選手たちが活躍した今回のオリンピックであるが、夢の中では「建築」(construction)という競技が繰り広げられた。男女別に開催される競技なのだが、とにかく鉄骨類を組み立てて時にはその鉄骨やボルトなどで敵陣に攻め込んで建築の邪魔をしたり、相手の建築物の一部を自分の建築物の一部として取り込んで…と、どうやったら勝負がつくのかわからないが(夢での話なので)、とにかく日本の女子チームが健闘していた。その女子チームにつけられた愛称が「はがねジャパン」で、観客席からは「は・が・ねっ! は・が・ね!」という声がこだまする…という内容だった。こんな競技は、運営上の安全性や管理責任を考えれば不可能なのだが、なぜか夢の中では「はがねジャパン」が…。
ちなみに、鉄骨を運びながら敵陣を攻めるのがフォワード、ボルト(組み立て)担当がディフェンダー、全体の構成を概観しながら組み立てや攻撃に回るのがミッドフィールダー…、そして、敵の攻撃から自分たちの建築物を守り続けるのがキーパー…だったような。
ちなみに(その2)、与えられたテーマと食材に応じてパンを焼く「Baking」という競技があったとしたら、チームの愛称は「焼きたて!!ジャぱん」か…って、設定もそのままか…。
かなり早めの朝食をとりながら、テレビでニュースを見る。オリンピック…とりわけソフトボールの快挙のニュースが多い。民放各局は、アナウンサーやキャスターも興奮気味!
しかし、どうしてこうもオリンピックは商業主義的になってしまったのだろう? 純粋な「スポーツの祭典」ではなくなっている。さらに、日本の民放局は、ギャーギャー騒ぎ立てる女子アナや不倫アナを起用するだけでなく、スポーツの知識がほとんど無いに等しいタレントにキャスターを務めさせ、オリンピックを俗っぽいイベント化してしまっている。以前も述べたと思うが、冬季オリンピックの中継でアナウンサーが「○○選手が勝つために必要なことは何だと思いますか、△△さん?」とタレントキャスターに尋ねたところ、その△△というタレントが「そうですねぇ…、負けないことです!」と馬鹿げたことを答えたのには参ったが、「そうですね。○○選手には、負けないで頑張ってもらいたいものです!」とコメントを拾ってしまったアナウンサーにも呆れたものである。結果、○○選手は惨敗し、「敗因は何でしょうか、△△さん?」と(よせば良いものを)アナウンサーが△△さんにコメントを振ってしまい、「そうですねぇ…、負けてしまったからではないでしょうか?」と、またしても馬鹿げたことを答えてしまった。さすがに、この時はアナウンサーもコメントをスルーし、「気を取り直して、次に備えてもらいたいものです」などとコメントしてコーナーを締めていたのが印象的だった。
ただ、「そうですねぇ…、負けないことです!」というのは、勝つための絶対条件ではないような気がする…。「負けるが勝ち!」ということもあるのだ! ソフトボールの日本チームは今回、アメリカに2度も負けている。「ページシステム」を活かしてよって金メダルを獲得したのである!
テレビの過剰演出にイライラしていたら、太陽が顔を出してきた。それに反して再び眠気に襲われた私…。そして、気が付けば16時過ぎ…。あぁ、何と怠惰な生活!
それに引き替え、男子400mリレーの日本チームはスゴイ! 激闘の末の銅メダル! この銅メダルは、金メダルに匹敵する価値がある…と私は思う。
夜、いつものように(?)静岡から妻が戻ってきた。日付の変わる頃、門下生と電話で久々に話をする。
朝からひんやりとした一日だったが、日が暮れてから熱くなることばかり…。
8月24日(日)
まず、昨日の話から…。昨夜は弟夫婦と一緒に食事をすることになり、17時半過ぎに横浜駅で待ち合わせ、弟が贔屓にしている「お月見だいにんぐ まる山」へ。店長さんのお人柄も、お店の雰囲気も、料理も、お酒も、すべてがマル! さすが、店名表記が「○山」というのも自信の表れか?…などと思いつつ、ここで2時間ちょっとを過ごした。大満足である。
まる山で食事をしている最中に「行きつけの店」が話題となり、私が以前から入ってみたいと思っていたお寿司屋さんが弟夫婦の行きつけであることを知り、二次会(?)はそのお寿司屋さんへ…。ここで、握りをいただく。
楽しい時を過ごしつつ、久々の酩酊…。こういう時、妻が一緒にいてくれると、帰りも心配がなくて気分が大きくなる。その分、妻にはえらく迷惑をかけたような気がするが…。
帰宅して、どうやらそのまま居眠りしてしまったらしい。気が付くと、日付が変わって数時間…。妻に起こされ、風呂に促された。そして、フラフラになりながらベッドに入る…。
こういった事情で、昨日の「ぼやき」更新が滞った次第である。
今日は…といえば、またしても天気が悪く、起きて外に出る気力もなく、夕方近くまで寝ていた我ら夫婦であった。が、家の中でゴロゴロするだけで一日を終えるのは避けたかった(?)ので、18時過ぎに出掛けることにした。
明日は妻の誕生日…なのに、プレゼントの用意もなく、それも調達しなくてはならないのである。アレコレ見て回り、何度も葛藤と闘い、ニンテンドーDS Liteをプレゼントした。が、妻から色の好みも聞かずに勝手に「クリスタルホワイト」の引換券をレジに持って行ってしまったため、「えっ、白? ヨゴレが目立つよ!」と言われ、店員さんが卓球の試合を観ているかの如く我々の会話を目で追っていた。結果、「メタリックロゼ」に落ち着いた。
買い物を終え、食事をして、雨降る中を家に戻った。それにしても、体感温度がえらく低い…。8月に長袖を着て出かけることになろうとは、思いも寄らなかった。このまま秋らしくなるのか、はたまた夏日に戻るのか、とにかく今日は寒かった。
寒い…といえば、北京オリンピックの閉会式も(いろんな意味で)寒かった。どうして、こうも「光」を使いたがるのか? ディ○ニーランドの「エ○クトリカル○レード」をパクっているのではないか…と思わせるような演出! 開会式同様、事あるごとに宙づり人間! 相変わらず “わざとらしさ” が目立つような気がした。
それはそうと、渡韓まであと8日…。早く準備を進めなくてはならないのに…。
8月25日(月)
今日は、私の妻の誕生日! 昨年の今日は昼から夜中まで(?)映画三昧で、一昨年と3年前は広島市内で…。だが、今年の8月25日は波瀾万丈であった。
昨日は夕方まで寝ていたので夜になっても眠れず、それで妻にはベッドで横になっていてもらい、私は寝ずに妻を起こす役目に徹した。窓の外では雨が降ったりやんだり…。昨日、東海道線が小田原〜熱海間で運転を見合わせ、東海道新幹線のダイヤも大幅に乱れたらしい。いつものように妻は仕事で静岡へ戻らなくてはならないので、「新幹線が止まらなければ良いのだけれど…」と願いつつ、6時前に家を出て、新横浜へ向かった。
とにかく、早め早めの移動に徹したが、新横浜の新幹線改札前の様子がちょっとおかしい…。どうやら、ダイヤがまだ回復していないらしい。有人改札で「6:50のこだま号、動きますかね?」と聞いてみたところ、「どのくらい遅れるかわかりませんが、新幹線そのものは動いてますので…」という返事だったので、“とりあえず” ホームで並んでおくことにした。
が、6:20を過ぎても、品川始発のぞみ号(新横浜6:11発)が来ていない! 駅のアナウンスで「新幹線、10分から15分ほど遅れて運行されております」とのことだったが、のぞみ号は15分過ぎても来ない…。20分近く経ってやっと入線してきたのぞみ号は、乗車率150%以上…といったところ。「現在、次の新幹線の在線がありません! 新大阪方面は、到着の列車にお乗りください!」と、駅のアナウンスが追い打ちをかける。
イライラするお客さんたちを唯一和ませたのは、電光掲示板だった。「あっ、“遅れて” の字が間違ってる!」と言いながら、ケータイ電話やデジカメで撮影する人、人、人…。
このまま6:50のこだま号を待っても、いつ来るのかわからない上、「どうせ、新幹線は “のぞみ号優先” だし、おそらく座れないだろうし、そんな状態で静岡まで一人で行くのはツライし…」という妻は、仕事を休む覚悟を決めた。それで、特急券を再使用できるよう手続きをとり、駅を一旦出た。駅前の吉野家が7時から営業開始なので、開店前から並び、特朝定食を食べて帰途につく。
横浜線の改札へ向かう途中、妻が急に目を輝かせ、お土産売り場へ向かって走り始めた。そして、「あった!」と叫ぶ…。以前から食べたがっていた「東京ばな奈 黒ベエ」を見つけたのである! いくつかある種類の中から「どれにしようかなぁ…」と2つに候補を絞り込んだところまでは良かったが、その2つのどちらにするかえらく悩んでいた。「だったら、2つとも買って帰れば?」と妻の手から2種類の黒ベエを取り、勝手に会計を済ませた私…。
帰宅して、買ったばかりの黒ベエを食し、昨夜寝ていないので睡眠をとることにした。10時過ぎにベッドに入り、爆睡…。そして、私が起きたのが18時…。新幹線の運行状態が気になったのでJR東海のサイトにアクセスしたが、
東海道新幹線(東京〜新大阪) 18時00分現在
09時16分頃より、小田原駅〜熱海駅間の上下線にて、大雨のため上下線の運転を見合わせていましたが、現在は運転を再開しています。そのため、列車に運休や遅れが発生しています。 |
という情報しかわからない。ところが、静岡第一テレビのサイトにアクセスしたところ、
■新幹線の運行状況 (08月25日 15:41) 午後3時現在、雨の影響でJR静岡駅での新幹線の遅れは上り線の一部で30分、下り線で30〜1時間40分となっている。 |
という詳細情報が載っていた。どうして、新幹線を運行しているJR東海よりも静岡第一テレビのほうが詳細な情報を流しているのか? どうも、JRの体制に難あり…。
「せっかくの誕生日なのに、散々だよ…」と、寂しそうに妻がつぶやいた。
夜、「せっかくだから、ちゃんとした誕生祝いを…」ということで、我が家の近所にあるフレンチレストランへ。入店すると、マスターが「おや、こんばんは!」と久々に入店した我々をにこやかに迎え入れてくれた。「今日は(妻の)誕生日なので…」と挨拶して席に着く。カウンターで一人座っていたオバサンが、うつむいたまま動かずにいたのが気になった。そのオバサン、とにかくひたすら水を飲みまくっていたらしく、空になったグラスが…。
アラカルトで注文しても良かったが、「おまかせ」のコースがいくつかあるので、それをオーダーした。コースの場合、「本日のおすすめ」から選ばれたものが少しずつ出されるのだが、その「おすすめ」の中には妻が苦手としている食材が2品…。そして、最初に「地ダコのジェノベーゼです!」と運ばれてきた時、妻の顔が一気に曇った。妻は、タコが苦手なのである。それで、私が食べ終えた器を妻に渡し、妻が手をつけなかったジェノベーゼを私が食べた。誰にも気付かれないようにそっと差し渡したはずなのに、「あの、今さら聞くのもなんですが、苦手なもの、ありますか?」と妻に店員さんが聞いていた。その後、本来の「コース」メニューから外れた、妻のための別コースが作られる。申し訳ない…と思いつつ、出てくる料理全てに舌鼓を打つ。
どのお客さんにも供された「夏野菜炒めのスイートチリソース」(たしか、そんな感じのメニュー)に、緑の野菜が盛りつけられていた。オクラ、ししとう、そして青唐辛子! 「さっき、ここ(カウンター)に座っていたお客さんがね、それ(青唐辛子)をかじったら黙り込んじゃってね。ずっと水を飲んでいたんだけれど、辛くて味がわからなくなっちゃったらしくて…」と、マスターが教えてくれた。そして、私に向かって「でも、こういうの、慣れてるでしょ?」と促す。私がよく渡韓することを知っているマスターは、私に青唐辛子を試させたいらしい。唐辛子の(辛みをあまり感じずに)食べる方法は良く知っているのだが、やはり今日の青唐辛子は辛かった。が、何もしゃべれなくなるほどではなく、ただ口がピリピリする程度でおさまった。隣のテーブルのお客さんも青唐辛子にチャレンジしたが、こちらは撃沈!? 青唐辛子1本を平らげた私に、「ししとう、食べる?」と妻が言う。それで、パクッと口に入れたところ、それは紛れもなく青唐辛子! 口の中で大爆発が起きたり、しゃっくりが止まらなくなったり、体中の温度が一気にひいていったりして、一時はどうなることかと…。しかし、さっきのオバサンとは違い、この手の辛さに慣れていた私の口は、ほんの数分で正常に近い状態にまで回復する。
「お会計を!」と言って支払いの準備をしていたところ、急に店の電気が全て消えた。そして、店員さんが「ハッピーバースデー トゥーユー♪」と歌いながら小さなケーキを持って来てくれた。お店のお客さんも手を叩きながら合唱する。いきなりのことで、驚く我ら夫婦…。そして、記念写真…。
最後の最後で、素敵な誕生日になったことを喜んでくれた妻であった。
が、お店からの祝福を受けているうちに静岡へ戻るタイムリミットが過ぎていて、結局明日も朝イチの新幹線…。
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【おしらせ】
近日、「TSUMAのぼやき」というサイトを公開します。どこかのページに “隠し扉” ならぬ “隠れ入口” を作っておきます。サイトそのもののフレームワークは、すでにサーバ上にアップされています。勘の良い方はURLをご想像いただき、アクセスしてみてください。気まぐれに更新される予定です。
8月26日(火)
来週渡韓するのにもかかわらず、まだ準備が終わっておらず、その上なぜか未明から胃腸に激痛が…。今朝早く静岡に帰る予定だった妻が仕事を休んで付き添ってくれて、とりあえず私は一日中ベッドにいることが出来た。
が、本当なら今夜は小林さんと18時半からお会いして、有名天ぷら店(某有名ミュージシャンの実家)で食事する予定だったのだが、これもキャンセル。
妻は明日、何としても仕事に行かなくてはならないので(それと、新幹線特急券の有効期限が今日までだったので)、22時前に妻は静岡へ戻っていった。それを玄関前で見送る私の、何とも情けないこと…。
ここでこうして夫婦して膿を吐き出して、これから先の人生が多幸であるといいなぁ…と、そんなことを想いながら、自分を慰めるしかない今日一日であった。
8月27日(水)
妻が静岡に戻り、部屋に一人でいるとなると、またちょっとした寂寥感が…というのはちょっと大袈裟か。しかし、誰もいないという状態になると “自己管理” がシッカリできるようになるのか、あるいは “危機管理” ができるようになるのか、日付が変わってすぐに胃腸の調子がだいぶ落ち着いてきた。まだ違和感というか圧迫感というか、「まだまだ正常ではないなぁ…」という状態ではあるものの、とりあえず日常生活を送る上での支障は軽減された。
が、昨日一日ずっと寝ていたようなものなので、夜中になっても全く眠れず。それならば…と、パソコンに向かって渡韓前の情報整理などをしてみたが、体調がいつもとは違うので、思うに任せぬ状態に…。
それで、朝が来てから眠ることにしたのだが、「このままだと、いつまで経っても “昼夜逆転” から逃れられない!」という相反する意識も生じ、その板挟みに悩まされたが、いつの間にか熟睡…。そして、携帯電話の着信で目が覚めた。妻からだった。お願いしておいた小包のことで、いくつかの確認…、それが12時半前だった。この電話がなければ、昼夜逆転から逃れられなかったに違いない。
起きて、テレビやネット、新聞に目を通し、それから郵便局で公共料金を納め、横浜で買い物をして、食事をして帰宅する。今日は『よつばと!』最新刊の発売日。1年近く待っただけに、何としても発売日に手に入れたいと思っていた次第。
韓国に2件、電話をかけた。これで、ソウルにある協力機関との連絡の全てが終了し、ホテルの予約確認も終了したことになる。そして、全日空から「ご出発5日前のお知らせ」という件名のメールが届いた。「いよいよご出発は5日後となりました。もう準備はお済みですか? ご予約の内容をご案内します。お客様のご搭乗をお待ちしております」と書かれたメールを読み、本来ならばちょっとくらい焦るのだろうが、根がノンキでチャランポランな私には、このメールにも動じず…。
渡韓準備と並行して、韓国珍道中も細々と更新してみた。ただ、今回はパソコンを持たずに渡韓することに決めたので、今までのような “濃い更新” は出来ない。その代わり、以前から非常時用に用意してある「ぼやき別館」にいろんな情報をアップしてゆくつもりである。
8月28日(木)
昨日、せっかく妻がアフタヌーンコール(?)してくれて “昼夜逆転” から逃れられたハズだったのに、どういうワケか昨夜は一睡も出来ず。眠くならないのなら…と、渡韓のための情報蒐集のためにパソコンとにらめっこして朝を迎えた。小雨が降っていたが、朝焼けのように真っ赤な空…。部屋も赤く染められ、火事になったかと思うほどであった。
7時になるとすぐ、近所のコンビニへ向かった。近所のコンビニは24時間営業ではなく、営業時間は7時から23時までなのである。決してマイナーなコンビニではなく、かなりメジャーなコンビニなのだが…。まぁ、そういう契約でフランチャイズになったのだろう。朝食と昼食を買い、家に戻った。
話は全く違う方向へ…。横浜駅東口にある “夜は完璧な飲み屋さんになるお店”(昼でも飲めるのだが…ランチビールは200円也!)で昼食をとっていた昨日の昼、店内にどこか懐かしい曲が流れ続けていた。ちょうど私の注文した「まぐろ山かけ定食」が運ばれてきた時、「♪チャカチャァ〜〜〜〜〜ン、ンチャラチャラチャラチャ(以下、歌)」というイントロが流れ始めた。「これは!? 食事をして、元気をつけて、ドラゴンボールを探しに行けというのか!?」という、何か使命のようなものを感じ、
店内のみんな!!! 頼む!!! 頼むから元気を分けてくれ!!!
と、そう心の中で叫びながら食事をした。すると、私の隣に座っていた男性が天井に向けて手を挙げたのである! 「げ、元気玉?」と思ったが、「あのぉ〜、すいません! おかわり下さ〜い!」と言いながら男性は店員さんにお茶碗を差し出した。
しかし、FIELD OF VIEW…、懐かしかったなぁ。
9時半を過ぎた頃、満腹状態と徹夜が相まってかなり眠たくなってきた…。「ここで寝たら元の木阿弥!」とばかりに眠気を忘れさせるような作業に取りかかる。渡韓準備のためのメモ書きをするが、ハングルばかり書いていたので目が回り、集中力も欠けてきて、「だったら、仮眠でも…」と覚悟(?)を決めた。
そう…、仮眠…。今日の仮眠は10時間! 10時間も寝れば、立派な睡眠時間じゃないか!? これで、今日は完全に “昼夜逆転” である。昼食用に…と早朝のコンビニで購入したものが、夕飯に化けた。その分、食費が浮いたから良しとするか…。
今日も1件、韓国とメールで打ち合わせ。さらに、渡韓中のイベント類をチェック(決して遊ぶためではなく…)。「そうだ! こんな大イベントがあることをスッカリ忘れてた!?」ということを思い出し、急いでイベント公式サイトにアクセスする。「大衆文化研究のための渡韓なのに、なぜ忘れた?」という自分の情けなさもあり、とにかく2時間以上、韓国語と日本語で情報蒐集。「あとは、あちらの協力機関の方に聞いてみよう」というほど、情報が掴みにくかったりもするが…。
しかし、今日は横浜辺りは大雨洪水警報が発令されていたらしいから、外出することも出来なかっただろう。寝ていたので、全くわからなかったのだが…。
8月29日(金)
テレビを見ていて違和感を覚えた。キン肉マンは吉野家じゃなかったのかな? キン肉マンがすき家やなか卯とコラボ(こちらも参照)するのは、どうも合点がいかない。が、調べてみたら、どうやら『キン肉マン』の作中に出てくる牛丼は、なか卯のものがモデルとなっているとか…。しかし、以前テレビで、ゆでたまご先生が “吉野家の発展に寄与した人にのみ贈与される特製どんぶり” を持って吉野家に行く企画を見たことがあるが…。
CMにも、これと似たような違和感がある。織田裕二がドコモからauに “移籍” したり、妻夫木聡や浅野忠信がauからドコモに “移籍” したり…。これら移籍者の出演するCM見ていて、「えっ!?」という想いはぬぐい去れなかった私…。競合他社とCM出演契約する時って、どんな気分になるのだろう? プロ野球やJリーグで、選手や監督が移籍する時のようなものだろうか?
このところ、おかしな天候続き…。昨夜も東海から東北にかけて大雨と洪水…、加えて雷まで猛威を奮っていた。我が家の場合、雷が夜中の2時半頃から朝の5時くらいまでずっとゴロゴロピカピカ状態で、雷が鳴るたびに部屋が軽く揺れた。カーテンのかかっていない窓から、雷の光が入り込み、その度に昼間のような明るさに…。こんな雷のスゴイ時にパソコンの電源を入れたままにしていたのだが(メンテが終わらなかったので)、
パソコンは被害を受けずに済んだ。
メンテが済んだのが6時半…、雷も雨もおさまっていた。昨日と同様に、7時を待って近所のコンビニへ。買い物とコピーと小包の配送をして帰り、朝食。食後、夕飯用に米をといでおく。そして、メンテの終わったパソコンに向かい、渡韓のための情報蒐集…。
今日も徹夜だが、昨日は10時間に亘る仮眠を取ったので、特にフラフラになることもなく…。しかし、少しは寝ないといけないかも…と思えてきたので、本当の仮眠を取るためにベッドへ潜り込んだ。が、いろんなこと(詳細は割愛)がありすぎて、眠れず。妙に心拍が激しくなったり、意識が昂ったり…。それで、眠るのは諦め、買い物に出ることにした。昨夜の出来事がウソのように、ものすごく晴れ渡っていた。買い物…とはいえ、渡韓とは関係のないものがほとんどだが、日常生活には必要な洗濯用の柔軟剤や漂白剤、簡易着火装置などをいくつも購入し、急いで帰宅した。
気が付けば、14時半…。まだ昼食をとっていないことを思い出し、帰りにコンビニに寄った。すると、そこには「おでん」が! 9月1日まで全品80円なのだとか。それで、昼食用の弁当とは別に、大根と玉子そして餅きんちゃくを買ってみた。昼食にしては少々お高くついてしまったが、「満腹になれば、イヤなことも考えなくなるだろう」という期待を込めて食べまくった。
お腹いっぱいになれば、眠気が心配になってくる。しかし、今日は何とか持ちこたえたようである。
携帯電話に、韓国からの着信が…。タクシー運転手の金光哲(キム・グワンチョル)さんからだった。「9月1日にソウルに来るでしょ? 連絡がないから私から電話しました!」と楽しそうだった。
そして夜、再び激しい雷雨が襲ってきた! あっと言う間(?)に大雨洪水警報発令!!!
激しい雨音と轟音をBGMにして、テレビドラマを見た。妻と一緒に全巻そろえているマンガを原作とするドラマである。妻は以前から「(テレビドラマ版は)見ない!」と宣言していたが、私はちょっと気になって(かといって、期待していたワケではないが)見ることにした。ドラマの出来不出来はともかくとして、“原作への想い入れ” が強すぎると、設定や配役が原作と異なっているところが気になったり(これは実写の宿命ではあるが)、大食いタレントが実名で登場してしまうあたりは「これは、原作への冒涜では?」と思えたりもしたが、でも最後までシッカリ見た私…。
明日も雷雨…と、天気予報が言っていた。明日は出掛ける予定があるので、出来れば雨は降らないで欲しいのだが…。
8月30日(土)
地震にゲリラ豪雨に…と、この国は大丈夫なのだろうか?
いくら徹夜しても、寝られない時には寝られない…ということを実感した。昨日は徹夜だったワケであるが、仮眠も取っていないのにもかかわらず、十分な睡眠状態に入れなかった私…。日付が変わって寝る支度をし、1時前にはベッドに潜り込んだのだが、どういうワケか1時間おきに目が覚めた。それも、妙な夢(悪夢)で目が覚めた。
5時過ぎに目が覚めた後は眠ることが出来なくなり、かなり早めの朝食をとった。食後、テレビで「梨狩り」の話題が出ていたので、「そういえば、ウチにも…」と、冷蔵庫に眠っていた梨を見つけ出した。ペティナイフで梨を剥きながら、「午前中、何をしようか?」とスケジュールを立ててみた。今日も激しい雨に注意が必要…との天気予報なので、出歩くのは極力避けることにした。
午後、横浜駅周辺で渡韓のための軽い準備を済ませ、16時に横浜駅のみどりの窓口前で小林さんと待ち合わせ…という予定があった。が、昼食後に少し眠くなり、軽い仮眠をとった。が、入睡後1時間ほどで呼び鈴が…!? 着払いの小包が届いたのである!! それで、中途半端なところで起きてしまったため、体のバランスが完全に狂ってしまった。そのため、「横浜駅周辺で軽く渡韓前の準備を…」という部分は諦めて、とりあえず小林さんとの待ち合わせに遅刻しないことを基準に体を休めることにした。
そして16時、小林さんに事情を話し、カレンシーショップに付き合っていただき、韓国ウォンを購入した。ショップ前の電光レート表示板には、ウォンの売りレートが「11.55」とあった。ということは、1000ウォン購入するのに1155円払わなくてはならない…ということになる。今日利用したカレンシーショップでは、韓国ウォンに関してはパック売りしか扱われておらず、バラ売りはない。パックは20万ウォンのみなので、23100円を支払った。会計時、「ちなみに、本日の韓国ウォンの買いレートはいくらですか?」と尋ねると、「8.55ですね!」と返答が…。こちらのレートが、実際に韓国でウォンを使用する際のレートとなるワケである。要するに、韓国で1000ウォン支払っても、855円分にしかならないのである。以前のような「1000ウォン=100円」時代が、どうしてか懐かしく思える。
今夜は、私の門下生である松井彩香さんが出演するミュージカルを鑑賞するのである! 松井さん出演の舞台は昨年7月にも鑑賞しているが、前回はミュージカルではなかったため、また新たな「松井彩香」が確認できるものと楽しみにしていた。公演は28日から明日までで、本当は初日か楽日に鑑賞したいと思っていたのだが、渡韓と相まってそうもいかなくなり、今日の夜公演を選択した次第。さらに、今日は昼公演もあったのだが、偶然にも小林さんが今日の午後に急な仕事が入った関係で、夜公演を選択したのが正しかったことを実感する。
雨の具合が “かなり” 気になったので、早々にミュージカルの劇場のある恵比寿へ移動した。開場時間まで時間がかなりあったのでお茶を飲むことにしたのだが、恵比寿駅ビルのティーラウンジはどこも満席…。最初、スターバックスに入るかどうか迷ったのだが、「スタバは混みそうですから、駅ビルの中にしませんか?」と私が提案したのが間違いのもとだったのである。結局、最初に避けたスタバに落ち着くことに…。
キャラメルマキアートを飲みつつ携帯電話でミュージカルの情報を調べたところ、開演は19時であることを再確認したものの、入場に当たっての整理券が開演1時間前に配布されるという情報を得て、急いで劇場へ向かうことにした。劇場前の階段には、すでに5人ほど並んでいた。当初、「お客さんの平均年齢は低いのではないか!?」とか「どんなノリのミュージカルなのか、覚悟が出来ていない!」などと話をしていた我々だったのだが、18時の段階で並んでいたお客さんは、とりあえず我々より年上の方だけだった。整理券ナンバー6と7をゲットし、開場時間が18時半であることを確認し、恵比寿の街をブラブラしてみることにした。普段、恵比寿に来ても駅周辺くらいしか歩かないので、明治通りを中心に探索を開始した。渋めの店、明るい店、食指を動かされるような匂いが漂う店…などなど、新しい発見に感激することしきり。
18時半に劇場へ戻り、「整理券番号が1から10までの方、ご入場下さい!」という係員の指示にしたがって入場する。そして、最前列(かぶりつき)以外は目に入らないような状態でダッシュ! そして、定時でミュージカルはスタートした。パワー全開で、ものすごく楽しいステージだったが、最後に大どんでん返しがあったり、今の若者が抱えている悩みなどを要所要所に入れ込んでいて、シッカリ流れを追っていくとものすごいメッセージが見えてきた。
終演後、松井さんと受付前で歓談する。そして、購入したパンフレットにサインしてもらう…というよりも、「ここに(私の)名前を書いておいてね!」「今日の日付も入れておこうか?」などとアレコレ指示! 何て客だ!?
強い雨の降る中を恵比寿駅へ戻る途中、「夕飯はどうしましょう?」という話になった。「雨で電車が止まってしまうと大変なことになるから…」ということで、まず横浜まで戻ることにした。横浜到着が22時ちょっと前だったので、駅からあまり歩かないで済む居酒屋を狙うことにした。が、みんな考えていることは同じらしい。「これは、終電までに入店できるのかどうか?」というくらいの人だかりを見た。それで、同じビルの下の階にある焼き肉屋で、ミュージカルの話で熱く盛り上がる。
渡韓前に、元気をもらったような気がする…。
8月31日(日)
元気をもらいすぎたような…。
昨夜帰宅して、パソコンを起動させたところ、セキュリティソフトがハードディスクのチューンアップを自動開始してしまった。キャンセルしても良かったのだが、パソコンを安全に使いたいという想いから、ただひたすらセキュリティソフトの “言いつけ” に従った。「夜更けに一体、何をしているんだろう…?」という想いも募ったが、とりあえず未明まで頑張ってパソコンのメンテをした。
昨日は妙な仮眠のために体のバランスが完全に狂っていたハズなのに、なぜか未明まで頑張ることができた私…。が、そのツケは大きかった。今朝は体中が思いっきり痛み、起きあがることが出来なかった。さらに、痛みが取れた後は怠さが全身を包み込んでいた。さらに、体のバランスが落ち着き始めた時、窓の外では大雨が…!? 今日中に渡韓前の準備を全て終えなくてはならなかったのに…。
明日、横浜駅周辺で最後の準備をして、それから羽田に向かうことにするか…。
…ということで、明日から韓国珍道中! 5日の帰国までは、珍道中のサイトをご覧あれ!
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