2008年12月のぼやき
12月1日(月)
いよいよ、師走…。2008年は、今までのんびりと人生を過ごしてきた私に、圧縮した人生を過ごさせているような気がする。10年分の出来事を、一気に数ヶ月の間に集約させたような…。結婚、妻と同居、妊娠発覚! 慌ただしい圧縮人生である。
「圧縮成長」という言葉がある。昨年私が発表した論文では、韓国の「圧縮成長」の特徴を述べた章がある。通常、「前近代」「近代」「脱近代」の間には比較的長い時間差があり、それぞれの時代の課題を解決して次の時代へ移行する。しかし、韓国ではこれら3つの時代が共存するグロテスクな状態にある。3つの時代の課題を解決せず、それらが常に交錯するのが韓国である。今の我ら夫婦も、与えられた課題を解決していない状態のまま、次の課題を与えられている「圧縮人生」である。
…と、社会学者的な分析はこのくらいにして、今日の話に戻る。
昨夜のうちに私のお弁当を準備しておいてくれた妻であったが、今朝はさすがに体がつらそうで、「起きなくて良いからね!」と念を押して自分で朝食を調えた…とはいえ、時間がなかったので食パンをトーストしただけであるが。そして、7時過ぎに家を出て、神奈川駅までダッシュ!
湘南新宿ラインで池袋下車後、ゆっくりと西口バスターミナルへ歩く。今日は久々に朝イチで日大看護の講義がある。本来、私は月曜日1時限目に出講希望を出しているのだが、他の科目との兼ね合いから毎年、「講義の前半は火曜日で、後半から月曜日の朝で…」という時間割になる。朝イチの日大看護出講の際、気をつけなくてはならないことがある。到着が早すぎると、講師室のカギが空いていないのである! 昨年までは8:15にはカギが開けられていたので、池袋で1本バスを見送り、次のバスを待って時間調節をする。学校に到着したのは8:25のこと。学生たちもかなり教室に入って行くようで、すれ違うごとに「おはようございます!」と挨拶される。が、肝心な講師室のカギは…といえば、これが空いていない! 裏技(?)的な場所のカギさえかかっていなければ講師室に入れるのだが、そちらもカギがかかったまま…。
結局、学生たちは教室に入れるのに、私は廊下で10分以上も待つことに…。数日前、妻がマフラーを編んでくれたので、今朝はそのマフラーを首に巻いていた。それで、寒さはつらくなかったのだが、学生たちの視線が恥ずかしかった。
1時限目「社会学」は、今日でとりあえず「地位−役割セット」に関する解説を終える必要がある。来週で年内の担当が終了し、年明けは1月26日まで「社会学」の講義がないので、まとまりのあるところで話を結ぶ必要がある。さらに、知識の温かいうちに「地位−役割セット」を医療社会に応用して、具体的な解説をしておく必要もある。今日、もし時間の配分を間違えると、後で大変なことになる…と意識すればするほど、どうでもよいような話が次々に口をつく。しかし、無事に解説は終了した。
出欠状況の確認を急いで終えると、急いでバス乗り場へ。池袋から山手線で品川に出て、少しエキナカを見て回る。そして、12:07発の特急踊り子号で三島に向かう。車内でお弁当を広げ、車窓を流れる風景を眺めつつ昼食。実にウマイ! だが、途中で「前方を走行中の東海道線に遅れが出ておりまして、小田原駅にまだ停車中との連絡が入っております。しばらくこの電車は停車いたします」というアナウンスが入り、ここからダイヤが乱れ続ける。暇になったので、車内を見渡してみた。すると、オジサンやオバサンのマナーの悪さが目に入る。リクライニングを直さずに下車するだけでなく、座席を回転させてクロスシートにしたまま、それを直さず下車するグループが多数…というか、100%の確率で座席は “やられっぱなし” 状態のまま…。後片づけの出来ない大人が「今の若い者は…」などと言う資格無し!
踊り子号のダイヤは一旦戻りかけたのだが、熱海手前で再び乱れ、三島到着が4分遅れとなった。が、余裕を持っての三島入りだったため、特に問題なし!
国際関係学部に到着し、出勤簿に押印し、講義教室の確認をする。今日から4時限目「日本社会(日本人学生用)」は、月曜と水曜では講義教室が異なるコンフィギュレーションとなる。今日の講義は4号館…。えらく久々に4号館…。そして、講義内容は「日本(人)的コミュニケーション」の本論へ。今日は日本人のコミュニケーションに見られる「言語以外のコミュニケーション」について。アレコレと例を挙げながら、怒濤の90分が一気に流れた。
講義後、三島駅へ “ほぼ” 全力ダッシュ! 在来線で熱海に出て、東京行きに乗り換える。横浜で京浜急行に乗り換えず、ヨドバシ横浜へ。妻が「エアコンの風が当たると、気持ち悪い…」と言っていたので、「ならば、風の流れない暖房器具を…」と思い、小型のハロゲンヒーターを購入して帰ることにしたのである。4千円前後の価格帯で小型のものが各種揃っていた。そのうちの1つを取り、レジに持って行き、ポイントカードを提示すると、「ポイントが4800円分あります。ポイント精算しますか?」と聞かれる。「えっ、そんなにポイントが貯まっていたのか!?」と一瞬ビックリしたが、「あぁ、先月冷蔵庫を買ったからなぁ」と状況判断する。
ハロゲンヒーターを手にして横浜駅に戻る途中、妻が家でつらそうにしている姿が頭に浮かんできた。そこで方向変換して、スーパーですぐに調理できるものやヨーグルトなどを買い求め、京浜急行で帰途についた。そして、私の予想が正しかったことを知る。
初めての妊娠で不安な上に、つわりの苦しみと闘い続けている妻をいたわるため(?)、夕飯は私が支度した。独り暮らし歴14年のキャリアはダテじゃない! こういう時に、その経験が役に立つ。
そんな作業を通して、初めて自分を「夫」として自覚するようになった。これからは、夫婦でより一層「二人三脚」していかなくてはならない。より一層、私も強くならなくてはならない。そう思う。
12月2日(火)
朝、ノドの痛みを感じた。声が出ないようなこともなかったが、念のために妻が葛根湯を出してくれた。
最近、未だかつてないほどにアタフタしていて、今朝は「資源ゴミの回収日」であることを出がけに思い出してアタフタし、腕時計をするの忘れたことにも気付かなかった。電車に乗る前に気付いたが、時すでに遅し。講義時に時計がないと不便なので、湘南新宿ラインを降りた後に恵比寿駅前のコンビニで安い時計でもないかと探したが、見当たらず。バスに乗って日体大へ向かい、大学前前のコンビニも探してみたが、こちらにも見当たらず。
やむを得ず、1時限目「総合科目B」は教室に携帯電話を持ち込み、サイレントモードにし、時折ボタンを押してディスプレイを確認しながら講義を進めていったが、しばらくして教室に掛け時計があることに気付いた。何というムダな努力…!? とりあえず、今日の講義は「問題行動の誤対処」で、アノミーを中心に解説する。「今の自分が、問題行動の誤対処そのものじゃないか!?」と自分にツッコミを入れる。
講義後、急いで渋谷へ移動し、早めの昼食をとる。そして、新宿へ移動する。新宿の小田急高速バス案内所で、日曜日に電話予約した乗車券を受け取り、バスを待つ空き時間で講義用資料のコピーをとろうと思い、新宿駅周辺を歩き回る。が、コピーサービスをしている店やコンビニを見つけられないまま、12時半のバスに乗るハメになった。どうも最近、探し物が見つからないことが多い。
箱根へ向かうバス車内は、初っ端から大宴会状態! その賑やかさに、仮眠も取れない…。だが、宴会も “疲労” とともに鎮静化し、そのスキに眠ることにした。今日、妻は先週土曜日にお世話になったに産婦人科へ私の母と一緒に向い、分娩する病院について話し合うことになっていた。が、いつまで経っても結果報告がない…。「もしかして、分娩先が見つからないのでは…?」と不安になる私だったが、東名高速道路をバスが御殿場へ向けて走行中に妻から「分娩する病院が決まった!」との連絡あり。どうやら、携帯電話を持って出るのを忘れたらしい。夫婦してアタフタしている…。
おそらく、分娩先云々の話は、「TSUMAのぼやき」で述べられることだろう。
御殿場駅で下車し、駅周辺のコンビニでコピーをとる。そして、御殿場看護学校でそれらの印刷依頼するが、すでに先月中に印刷依頼済みだったことを忘れており、「先月、同じようなものを印刷しておりますが、どうしましょう?」と問い合わせを受けた。仕方なく、今日印刷されたものは処分してもらうことに…。あぁ、情けない…。
4時限目「文化人類学」は、今日から「文化(culture)」の概念・機能に関する解説が始まる。が、前回の講義から2週間も空いてしまっているため、復習を兼ねて人類学的に人間の特徴を語り、それから「文化」の話をする。多少の回り道を経てしまったが、とりあえず今日中に語っておくべき範囲については解説が終了した。
講義が16:40に終わった時、スッカリ窓の外は暗くなっていた。気温も下がって来ていたが、タクシーを呼んでもらわずに歩いて御殿場駅まで戻った。というのも、今日の帰りは18:10発のバスで横浜駅東口まで戻るつもりだったので、少しでも時間を潰したかったのである。御殿場から横浜まで、バス1本で帰れることを最近知った私は、今日から早速そのバスを利用することにした。バスは羽田空港行きだが、ほとんどが横浜駅で下車していた。時間的な都合もあるのだろう。ちなみに、今日の乗車分は電話で予約済みだったので何の問題もなかったが、横浜から御殿場へ行くバスへは予約を入れられないらしい。よって、当日の混み具合で乗れるか乗れないかの運命が決まるらしいが、「今までに、羽田方面からのバスに乗れなかったお客さんはいないですよ!」と御殿場駅前の案内所で教えられる。
時刻表によれば、バスは横浜駅東口に19:45到着の予定だった。が、東名高速が思いのほか順調に流れていて、20分も早く到着した。それで、一旦帰宅して、荷物を置いて、妻と一緒に火曜日恒例のサティ得々市へ。だが、やはり妻のつわりがひどくて、妻を気遣いながらゆっくり歩くことにした。買い物も、なるべく早め早めを心がけ、急いで帰宅する。それにしても、つらそうな妻…。妻の中で、着実に1つの新しい命が育っている証しではあるが、やはりつらそうだ!
夫としては、出来るだけ妻の “ペインケア” に努めたいと思う次第である。
12月3日(水)
私が言うのもおこがましいことなのだが、最近どうも “公共心に乏しい(または皆無な)者” をやたらと目撃する。一昨日、三島からの帰途、東海道線に乗っていた時のことだが、平塚から看護学生とおぼしき女子3人組が乗り込み、それまで私がひとりで座っていたクロスシートにドスンドスンと…。その時、私は仮眠を取っていたのだが、その振動で目が覚めたのは言うまでもない。さらに、彼女たちは車内全体に突き抜けるほどの大声で話し始めた。公と私の区別が付いていないのである。学校や自宅でなら許しても良いのだろうが、電車の中でも全くトーンを落とそうとしない彼女たちの声…。それが、横浜まで続いたのだから、たまったものじゃない! 自分たちの世界にだけ入り込み、周りの迷惑を考えないような彼女たちには、絶対に看護されたくないと思った私であった。
さて、今朝も5時過ぎにアラームが鳴り、アタフタと起きあがる。体がつらそうな妻にはそのまま寝ていてもらい、身仕度を整える。昨夜、買い物の際に購入したバームクーヘンを何切れかもらい、バッグに忍ばせて家を出た。それを東海道線のグリーン車で食して、簡単な朝食とした。
先週と同様、大船で “例のオバサン” が乗り込んできた。そして、先週と同様の動作に入っていた。恐ろしや、オバサン! そして、これまた先週と同様、熱海からは “グリーン車料金を払っていないと思われる面々” が乗り込んでくる。
沼津で浜松行きの東海道線に乗り換え、いつもと同じ時間に片浜に到着する。今朝はタクシーが駅前にちゃんと待機していてくれていた。
沼津市立看護専門学校の「文化人類学」も、今日を含めて残り2回…。(私の自己完結ながら)悔いの残らないよう、「日本(人)と文化」の関係性について、いつになく黒板いっぱいに文字を書き込んでゆく。講義後、次年度から入学する学生よりカリキュラムが変更されるため、その説明を受ける。次年度より、「文化人類学」は2年次配当科目になるという。よって、来週の講義を終えると、次の出講までに1年の間が空くことになる。今まで勤務した看護学校では、「次年度からカリキュラムが変わるので、その “相談” があるのですが…」と言われると、100%に近い確率でその “相談” は「大変申し訳ないのですが、次年度から先生にお願いする講座がなくなりまして…」などと言われる。今回は契約解除ではないものの、次年度の出講がないという、何だか中途半端な状態…。
いつもより遅く国際関係学部に到着し、すぐに講義用資料の不足分(月曜日に印刷し忘れた分)を印刷する。そして、お弁当…。昨夜、妻が調えておいてくれたのである。ありがたく、味をかみしめながら食す。
3時限目「国際社会学入門」は、先週から始めた「文化交流・接触の効果」の2回目。今回は「グローバル」と「ローカル」な現象を同時に考察する「グローカリゼーション」について考察。先週の文化変容の例を引用しつつ、文化の「翻訳」について語る。
教室を移動して4時限目「日本社会(日本人学生用)」は、一昨日の続きで「日本(人)的コミュニケーション」の「言語以外のコミュニケーション」についての続編である。頭の中には小津安二郎監督作品を思い描きつつ、日本人の熟年夫婦が何も語らず黙っていても何かが伝わっている…という風景をイメージしながら、良くありがちなB級ドラマの夫婦ケンカを思い描きつつ、解説をする。
同じ校舎の5階に移動して5時限目「日本社会(留学生用)」では、「異人」という言葉に盛られる日本人の外国人観をじっくり語ったのだが、ノドの痛みが激しくなってきたため、20分ほど早めに話をまとめ、講義を終えた。
17:55三島発のひかり号に乗り込むと、しばし夢の人…。本当は在来線で帰途に就く予定だったが、妻の様子が心配になり、新幹線に乗ることにした次第。
その頃、妻は私の用事を代わりに横浜で写真の現像を依頼しに行っていた。一旦帰宅した私は、その引換券を受け取り、再び日の暮れた街へ…。そして、出来上がった写真を引き取る。そのまま、寄り道もせずに帰宅…。
まだまだ、週の真ん中水曜日…。体力を温存しておかないと…。
12月4日(木)
はじめに…、私の門下生「ちゃっぴー」のブログと相互リンクが完成! 出産や育児に関して、彼女のブログを参考にしていきたいと思う私である。しかし…、門下生たちも続々と親になってゆき、私としても誇らしい限りであるが、それだけ自分が齢を重ねていることも思い知ることにもなる。喜ばしくもあり、切なくもあり…。
このところ、体調が思わしくない…。ノドが痛いだけではなく、鼻の奥も痛む。体のだるさが抜けない…。昨夜、つわりに苦しむ妻よりも前にベッドに入り、そのまま一気に眠りの森をさまよった私であった。だから、今日は無理しないように気をつけたのだが…。
朝、寝坊する。が、朝食を家でとらずにすぐに出かければ、遅れは取り戻せるような時間だった。それで、神奈川駅まで “ほぼ” 全力で走った。改札を抜けると、すでに横浜方面の電車が到着していた。「走れば間に合う!」と思い、ホームへ続く階段を駆け下りようとしたのだが、携帯電話でメール打ちながら(要するに周りを見ないで)上ってきた男が私の行く手を阻み、あと一歩というところで電車のドアが閉まってしまった。
幸い、次の電車が遅れずに到着したので、乗る予定だった湘南新宿ラインにもギリギリ間に合った。
それにしても…、眠い! 眠すぎる! 新宿で座席が空いたので、5分間だけ座らせてもらう。いつもなら、「あと1駅だから…」と立ち続けるところだが、今朝はとにかく眠りたかった。東武東上線でも、ずっと熟睡…。気が付けば、ふじみ野。
文京学院大学に到着すると、例の「次年度出講依頼状」が手渡された。少し落ち着く。その落ち着きのまま講義に入るとマズイので、少しテンションを上げて(しかし、ノドに負担をかけないよう気をつけながら)、1時限目「フィールドワーク論」に入る。今日で「フィールドワークの問題点」の解説が終了するのだが、今日はフィールドに入る際の注意点を中心に講義する。ノドに負担をかけてはいけないため、なるべく早く終わろうと思ったのだが、終業チャイムは教室で聴くことに…。
法学部大宮キャンパスへ移動する際、川越で乗り換えた川越線では、出発時間までに熟睡状態に入り、次に目が覚めた時は指扇…。「何だ、まだ指扇じゃないか!?」と再び睡眠…。大宮手前で地下に入るのだが、そこで微妙な音の違いがして目が覚めた。しかし、体がだるい…。
だが、大宮キャンパスに入った途端に元気を取り戻し、3〜4時限目「社会学」では “ほぼ” 時間いっぱい解説を続けてしまった。ノドへの負担がかかろうが何だろうが、とにかくいつもと “ほぼ” ノリで講義を続けた私であった。
帰りの湘南新宿ラインでも、大宮から横浜までほとんど記憶がない。寝過ごすことはなかったが、体の重さが気になった。帰宅して体調のことを妻に伝えると、「私と、お腹の赤ちゃんのために、早く病院に行って来て!」と言われ、今井医院へ行くことになった。体調は私が想定していた状態よりも悪くはなく、症状も軽かったらしい。それで、薬3種を処方してもらい、5日間様子を見ることになった。
とりあえず、明日1日を乗り切れたら…。
12月5日(金)
暖かな朝だった。「これが12月?!」と思えるほど、穏やかだった。しかし、それは昼前に急変する。強い風が吹き、枯葉が舞い、雨雲が立ちこめ、午後になると降雨…。落雷のあった場所もあったようである。それがために総武線でダイヤが乱れ、夕方に乗った総武線緩行列車は速度を “かなり” 落として運行していた。
これとは別の理由で、今朝の湘南新宿ラインはダイヤが乱れていた。いつものように京浜急行に乗り、横浜駅に向かうと、どうも様子がおかしい…。ホームにいる客の数が尋常ではないのである。いつも私がスルーする快速籠原行きが、まだ横浜に到着していないという。構内アナウンスによると、「お客様の混雑のため、8:52の籠原行きは5分ほど送れて到着予定です」とのこと。「遅延原因を客のせいにするとは何事ぞ!?」などと思いつつ、いつものように籠原行きはスルーする。そして、私がいつも利用している9:01発の宇都宮行きは、1分遅れで横浜に到着した。次の停車駅である新川崎には2分遅れで到着し、さらに西大井には3分遅れ…と、徐々に遅れの幅が広がっていた。「無事に大宮へ到達するのだろうか?」と、少々イライラ気味の私…。
結局、大宮には7分近くの遅れで到着。バス乗り場へダッシュする私…。そして、日大生の長い列を確認し、「あぁ、バスは遅れているんだなぁ。よかった!」と喜ぶ私…。電車が遅れてイライラし、バスの遅れに喜ぶ、何とも都合のよろしい私…。
法学部大宮キャンパスは、枯葉で道の表面が見えなくなるほど。教員室の窓から外を眺めたら、枯葉が窓を覆い隠していた。凄まじい(?)光景だった。2時限目「社会学」は、昨日と少々内容が異なるため、あまり前置きに時間を取られないよう気をつけながら話し始めた。昨日処方してもらった薬の効果が早速現れているらしく、ノドの調子も良く、気が付けば90分…。
講義を終え、大宮へ移動するため校舎を出た。すると、雨…。傘をさしたほうが良いくらいに降っていた。大宮駅で京浜東北線に乗り、秋葉原へ向かう。昨日処方してもらった薬の効果が早速現れているらしく、強烈な眠気が襲ってきた。とりあえず、寝過ごすこともなく秋葉原で下車し、総武線に乗り換えて水道橋へ。雨の勢いは緩んでいたが、まだまだ傘が手放せない状態…。
通信教育部4時限目「社会学」は、今日で終講。終講試験が再来週実施されるため、まだ学生たちとは顔を合わせることになるのだが、とりあえず講義そのものは終了。私が講義の基礎としてきた姿勢と概念を90分語って “まとめ” とした。
天気の優れない中、急いで家路に就く。東神奈川で下車して、妻が「これなら食べられる…」と言っていたマスカット味のゼリーを買い、急いで帰宅した。相変わらず、体がツライらしい。食事もロクにとっていなかったという。それで、簡単に食べられそうなものを作ってみた。そして、フロ洗いと洗濯…。妻の体に負担がかからないよう、仕事が終わったらなるべく早く帰宅して、出来るだけ家事は私が…と思う夫であった。
12月6日(土)
週末…、久々に寝坊が出来る! 妻の体調も、今日は安定していた。
昼、「ホットケーキが食べたい!」と妻…。冷凍のホットケーキが2枚あったのを思い出し、チョコレートクリームとバターをレンジで溶かし、ホットケーキも解凍する。その際、バナナを輪切りにしておく…。そして、チョコレートバナナホットケーキを作ってみたのだが…、今の妻はチョコレートを受け付けないことをスッカリ忘れていて、余計なことをしたと後悔する。通常の妻ならば一気に平らげてしまうハズのチョコレートバナナホットケーキだが、今の妻には「チョコの脂分がキツイ!」のだそうだ。申し訳ないことをした。
昼過ぎ、私の両親が妻の様子を見に来訪。そして、短時間ではあったが色々な話をする。この両親のためにも元気な赤ちゃんを…と、私もひたすら願うのであった。
夕方、「行かないで! 私をおいて行かないで!」とすがりつく妻を振り切り、買い物に出た。横浜で月曜日と火曜日のキップを購入し、それから妻のために水筒を見つける。寝ながらでも水分が摂れるよう、ストロー口のついたものを探した。そして、「ざるうどんみたいに、ズズ〜ッと食べられるものがいい!」という妻のリクエストに応えるため、材料をアレコレ買い求めて帰宅した。
帰宅して、妻が元気でいるのを確認し、キッチンに立つ。私の空腹具合が尋常ではなかったので、急いで夕飯を調える。とりあえず妻も食が進んだみたいで、私もホッとする。
食後は、おしゃれ着洗い。「長いこと独り暮らしを経験しておいて、本当に良かった!」と実感する。我が家にある家電は、ほとんど私の独り暮らし時代に購入したものである。妻よりも、私のほうが使い方を熟知しているワケである。
気負わず、焦らず、ゆっくりと…。
12月7日(日)
変な夢を見た。法学部三崎町キャンパスと国際関係学部、そして文理学部がごちゃ混ぜになった夢だった。私が「国際関係学部15号館」で講義をしているところから夢が始まるのだが、空間を無視したようなSFチックな夢だっただけではなく、何とも気持ち悪い夢だった。
15号館で講義を終えた私は、次の講義の教室へ向かう前に “間違って持ち出したマイク” を正しい教室に持って行くため、その教室(設定上は1つ下の階)へ寄って行くことにした。だが、階段を下りると、そこは法学部三崎町キャンパスの本館!?
やむを得ずもう一度上の階に戻り、エレベータで下りるのだが、今度はエレベータの乗り場そのものも法学部本館!?
一旦1階まで下り、それから校舎を確認し、再び階段で上へ戻ると、たしかに国際関係学部15号館…。しかし、廊下を歩いている最中に、なぜか法学部本館!?
やっとの思いでマイクを教室に置いてきた私は、エレベータで1階に下り、時間割を確認する。「次の講義は…、6号館?!」とビックリする私…。国際関係学部の講義では、6号館という校舎は使用されないのである。
が、キャンパスを歩いているうちに、文理学部1号館と2号館の間をくぐり抜け、本館と3号館の間の道を歩き、5号館前まで来ていた。それで、文理学部6号館へ到達したのだが、その時すでい講義開始から30分近くが経過していた。
6号館前で荷物が1つ足りないことに気付く私…。そこで、1階の階段にいた2人の学生のうち1人に「悪いけど、私の講義は行われるから、教室で待つように学生たちに伝えてきてくれないかな?」と依頼すると、「わかりました!」と言いながら階段を勢いよく駆け上がってく学生…。数分後、もう1人の学生が「先生、この袋じゃないですか? 先生が落とした荷物…」と、持ってきてくれた。「ありがとう! 助かった!」とお礼を言って階段を駆け上ると、さっき私の伝言を受けた学生がまだ2階にも到達していなかった…。 |
こんな内容の夢だったのだが、何かの暗示だろうか? 夢の中で空間がねじれているのだが、いずれの空間も私にとってとても関連の深い場所ばかり…。
パソコン用のプリンタが壊れた。いや、「壊れた」という表現は適切ではないかも知れない。というのも、数年前から私のプリンタは不具合が何度も生じていたのである。黒インクが漏れる…、印字がスムーズにいかない…、タテ線が何本も入る…、紙が詰まる…などなど、数え上げればキリがない。それを “だましだまし” 使用し続けたのである。今日、講義用資料を出力しようとしたのだが、何度もメンテナンスしたのにもかかわらずタテ線が入り、印字精度も落ちていた。紙を何枚もムダにした。おまけに、そろそろ年賀状の作成時期…。
この話は、また後ほど…。
今日は、日本大学フェニックスが関東大学選手権の優勝をかけて法政大学と対戦するクラッシュボウルの日であった。アメフト部員から入場券を入手した私は、昨日まで心は味の素スタジアムにあったような気がした。が、身重の妻を独り部屋に残してアメフト観戦というワケにもいかず、家にいることにした。
今は妻が「何を食べることができ、何が食べられないのか?」ということを自身でも把握できない状態のため、とりあえず妻の好きな鶏肉料理を作ってみた。ニンジンやピーマン、白菜などと一緒に鶏肉を炒め、軽く卵でとじたものをラーメンの上に載せてみたのだが…。やはり、油っぽさが残ってしまったのか、妻の体が受け付けない…。急きょ、昨日両親が持ってきてくれたカステラを妻の昼食用に調えた。
食後、明日からの1週間分の講義資料を作成しようと思ったのだが…、前述のプリンタ不具合に陥り、思い切って、新しいプリンタを購入することにした。ヨドバシ横浜に一人で出かけようとしたのだが、妻が「一緒に行く!」と言うので、気分転換を兼ねて連れて行くことにした。が、外気の濁りは、今の妻には敏感に影響を与える…。とりあえずヨドバシ横浜に到着し、あらかじめインターネットで調べておいた購入予定機種よりも多機能な上に低価格のものを見つけてしまった。それも、同一メーカーで…。妻が「何でこれは安いんですか?」と販売促進員さんに尋ねていた。「実は、これは新たな機種が出てしまったので…」と、促進員さんは安値の理由を説明してくれた。なるほど、機能に問題があるとか、いわく付きということではないのか…。おまけに、スキャナ一体型! スキャナは私も1台所有しているのだが、いちいち取り出してUSBで接続して…という作業があって、少々難があった。目の前のプリンタを購入すれば、常にスキャナにも接続していることになる…ということで、予定変更してスキャナ一体型を購入した。
先月末の冷蔵庫、今日はプリンタ…と、ヨドバシ横浜に頼りっぱなし!
12月8日(月)
妻がつらそうだ…。つわり…、またの名を悪阻(おそ)。その名が表すような猛攻撃を、今まさに妻が受けている。食事も出来ないらしい。今日、仕事から帰宅して私がキッチンで料理をしていると、その匂いに耐えられないという。出来るだけ匂いのしない食材を用意したのだが、それでもダメだと言う。私が帰宅する前、妻は気を利かせてキッチンで米を炊いておいてくれたのだが、その炊き上がりの匂いがダメだったと言う。私の大好きなキャベツの味噌汁を作ってくれたのだが、そのキャベツの煮える匂いがダメだったと言う。
結局、ベッドで寝ている妻に何の救いの手も差し伸べることが出来ず、ひとりで食事をすることになった私…。
今朝、6時半過ぎに起床。冷蔵庫から朝食をとりだして、それを食べながら身仕度をする。京浜急行と湘南新宿ラインを乗り継いで池袋へ。そこから日大病院へバスで移動するのだが、今日は “直通バス” を利用することにした。池袋駅を出発すると、次は日大病院までノンストップ! さらに、通常ルートではなく別ルート(池袋駅前でタクシーに乗ると通るルート)を走行するため、あっと言う間に日大病院に到着した。
日大看護に到着したのが、8:45ちょっと前。先週より20分も遅く到着するように湘南新宿ラインを1本遅らせたのだが、なのに今朝も講師室のカギが開いておらず、少し待つことになった。今日は、日大看護「社会学」の年内最後の出講日。気持ちよく年越ししようと気合いを入れて講師室を出たのだが、教室に私が入っても、教壇に立っても、おしゃべりの止む気配すら感じられない…。よって、20分近いお説教! 「本当は、気持ちよく講義をしたかったのに…」という想いを伏せて、ひたすら学生たちを叱責する。あぁ、ヤダヤダ…と自己嫌悪に陥りながら、頃合いを見計らって本題に入る。前回まで解説していた「地位−役割セット」を医療社会に応用し、「医師−看護師−患者に見られる関係性」を分析するのが今日のテーマだが、導入部での説教が私と学生のモチベーションを下げ、極めて淡々と話が進む…。よって、チャイムが鳴る前に講義は終了した。
講義後、急いで池袋に戻り、山手線で品川に出る。今日は弁当持参ではないので、久々に「品川丼」を食す。いわゆる「かき揚げ丼」なのだが、なぜか惹かれる味…。さらに、11・12番線のホーム上の店で食すと、スープに具が入れ邦題! 有り難い限りである。しかし、許せない輩を発見! 私が食券を購入して店内(カウンターのみの立ち食い。ちなみに、大人が5人も入れば満員)に入ろうとしたところ、「すいません、ちょっと外で待っていてもらえますか?」と言われ、肌寒いのを我慢してホーム上で待っていたのだが、店内の客は誰ひとりとして「急いで食べて、場所を譲ってあげよう!」などという危篤な思考を持ち合わせる者もなし。立ち食いそば屋は、ササッと食べてササッと出るのが基本。なのに、何が悲しくて店の前で5分も待たされるのか!?
やっとサラリーマンが1人「ごちそうさま!」という声と共に店を出たのだが、あとの客はチンタラチンタラ…。その理由を知るのに、1分とかからなかった。ほとんどの客が「お好みそば・うどん」というものを食していたのである。その商品はをオーダーすると、かけそば・うどんが客に出される。客は、目の前にある数種類の具材を、好きなだけ入れることが出来る。具がなくなりそうになると、ほとんどの客はまた具に手を伸ばす…。それで、なかなか完食に至らないのである。
が、私の横でずっとお好みそばを食していた男は、他の客と勝手が違った。具を1種類入れては麺を食し、具がなくなればまた1種類…という感じで、チビチビと食事をしていたのである。「一気に具を入れんかい!?」と、私の心は怒りまくっていたが、この男は絶対に複数の具を同時に麺の上に載せようとはしなかった。よって、私よりかなり早く入店していたハズなのに、私とほぼ同時に完食状態に到達したのである。マイペースといえば聞こえがよいが、時間帯を考えれば他の客のことも考えながら食事をするべきではなかろうか?
そんな想いを引きずりつつ(?)、特急踊り子号に乗る。平塚を過ぎたあたりから陽射しが強くなる。ポカポカ陽気にウトウトし始める…。気が付けば、熱海…。ここからは寝ないように心がけたが、気が付けば三島手前…。
国際関係学部に到着後、水曜日に使用する講義用資料の印刷をする。水曜日はおそらくドタバタしそうなので、印刷機の空いている時に一気に作業してしまおうと思った次第。だが、原稿を家に1部忘れてしまったため、とりあえず手元にある原稿だけを印刷する。そして、4時限目「日本社会(日本人学生用)」へ。今日で「日本(人)的コミュニケーション」の解説も最終回。そして、この科目で講義形態を取るのも今日で最後。それで、今までの解説内容を軽くまとめながら、日本人のコミュニケーションの特徴と読み解き方を、他国と簡単な比較をしながら述べた。なぜか、時間配分が予定以上に早まっていて、チャイムが鳴る前に講義を結べた。
帰りは新幹線利用…。出来るだけ早く帰宅してあげようと思ったのであるが、東神奈川で買い物をしていると時間が予想外に経ってしまった。そして、その後の話は冒頭の通り。
パワフルな赤ちゃんなんだろうなぁ…。
12月9日(火)
どうにも疲れが抜けない…。本当は6時過ぎに起きる予定だったのだが、「遅刻しなければいいや!」という考えが頭を過ぎり、7時前まで寝ていた。その結果、後々ずっと走るハメになるのだが…。
いつもより2本ほど遅い湘南新宿ラインで恵比寿に到着したのが7:59のこと。「たしか、バスは8:02発だったから、走れば間に合う!」と信じて全力疾走したのだが、本当に “あと一歩” のところでバスが出発してしまった!? 時刻表を見ると、バスは8:00発…。どうやら、別の駅から出るバスと記憶違いしたらしい。それで、待つこと12分、次のバスで日体大へ向かった。もちろん、遅刻が気になったが、道路は渋滞することなく、講義開始20分前に出勤と簿へ押印する。
1時限目「総合科目B」も、そろそろ結論へ話を導きつつ、今までの話と兼ね合わせて行かなくてはならない時期である。今日は「人生縮小化」について語る。体育大学生を相手に話すので、人間の人生と他の哺乳動物の一生とを照らし合わせつつ、長い一生の意味も含めて語る。
90分語り尽くして、急いで桜新町駅へ移動する。気温がかなり低く、体の動きが鈍くなる。田園都市線で渋谷に出て、昼食。そshちえ、山手線で新宿へ。先週と違って今週はすでに高速バスのチケットは発券済みなので、ゆっくりのんびり新宿へ向かう余裕が生まれる。さらに、新宿駅のみどりの窓口に出来た長蛇の列に並び、明日の出講に使用するキップも購入する余裕!
バスは、先週の喧騒とはうって変わり、空席だらけの状態で出発。途中からも乗り込む人は数名で、極めて静かな移動となった。途中、雨が降り始めたため富士山も見えず、御殿場周辺ももやが立ちこめていたが、何だか穏やかなバス旅行…。
御殿場駅で下車すると、雨が思いのほか冷たいことに気付いた。乙女口から富士山口へ移動し、路線バスの時刻を確認するために「キップ売り場&案内所」の列に並んだ。やっと私の番になった時、横からバアサンが割り込み、「えーとね、○○まで1枚…。それから、○○から1枚!」と、順番を無視してキップを購入し始めた。窓口のオバサンも「列に並んでください!」などと指示もせず、「はい、○○まで1枚ね!」などとシラッとした顔でキップを売っていた。イラッとする私…。バアサンが立ち去って、やっと私がバスの時刻を尋ねる番になったのだが、御殿場看護学校の最寄りバス停を経由するバスまであと30分以上待たなくてはならないことを知り、「雨の中、歩くのは…」とやむを得ずタクシーを利用することにした。
タクシーに乗り込み、「看護学校、お願いします!」と告げると、「はいっ? どこの看護学校ですか?」と聞かれる。「川島田の看護学校です!」と伝えると、「あっ、わかりました!」と運転手さん。しばらく走行して看護学校の入口が見えた時、「ここでよろしいですか?」と運転手さんが言ってきた。「たいていのお客さんは、ここで降りられますよ!」とも…。私は「中まで入ってください!」と学校前にタクシーをつけるよう依頼する。すると、「中まで入るの、初めてですよ! 初めてですよ、中まで乗り入れるのは!」と何度も何度も繰り返した。要するに、道路で降りてくれって言いたかったのだろうか?
4時限目「文化人類学」の講義前、どこまで話を進めたか記憶があやふやになり、ご用聞きに来た週番の学生にテキストを持ってきてもらい、アンダーラインを引いてもらった箇所を確認する。そして、「文化(culture)」について先週の復習(と触れられなかった部分の確認)を前半で行い、後半は「異文化」発生メカニズムについての解説。「異文化」いついては来週も解説が続くので、今回は「何で文化が異なって見えるのか?」という部分を中心に語る。気が付けば、90分を少々オーバー…。
雨がやんでいなかったので、タクシーを依頼する。御殿場駅まで、あっと言う間に到着。横浜への直行バス(羽田空港行き)が来るまで、1時間以上…。電話予約してあった乗車券を引き取り、暖房の入った待合室でバスを待つ。箱根方面からやって来たバスは、乗客ゼロのまま御殿場駅に到着した。そして、そのバスに乗り込んだのは、私ひとり…。途中のバス停から乗る客もなく、横浜まで貸し切り状態だった。横浜で私が降りたため、バスは羽田空港まで再び空気を運んで走っていった。
妻が「コーンフレークなら食べられるかも…。最近は、お米で作られたフレークもあるし…」と言っていたので、「ならば!」と2種類のフレークを買ってみた。帰宅して、お米のフレークに牛乳をかけて食べさせたところ、「うん、これなら食べられる!」と大喜び! 食べられるものを食べられるだけ食べて、シッカリ栄養をとって欲しいと願う夫であった。
12月10日(水)
相変わらず、疲れの抜けない朝…。往きに東海道線グリーン車で沼津へ行き、帰りは新幹線を利用するつもりだったのだが、その計画を逆にした。
起床すると、次々にダイヤ情報メールが携帯電話に届く…。京浜東北線で人身事故があったらしく、運転を見合わせているとのこと。「京浜急行や横浜線に影響が及ばなければ良いのだが…」という不安を抱えながら、夜明けの街に出た。
東神奈川に到着し、新幹線特急券を購入している最中に京浜東北線の運転が再開されたが、ダイヤは乱れたまま…。私が乗った横浜線も、遅れている京浜東北線の到着を待って発車するとの車内アナウンスが入り、2分ほど遅れて出発した。新幹線の乗り換えに多少の余裕があったからよかったものの、もしギリギリの移動時間だったら…と思うとゾッとする。
いつもの水曜日より1時間遅く家を出たのにもかかわらず、片浜駅にはいつもと同じ時間に到着! 恐るべし、新幹線!?
何気なく新幹線に乗り、マジマジと乗車券を見て驚いた。昨日、新宿駅で「東海道線の横浜から片浜まで!」と経路を告げて乗車券を購入したのだが、発券されたものは新幹線経由になっていたのである。東神奈川で自動改札を通った時に気がつくべきことなのだが、何やら運命のようなものを感じた私…。
いよいよ、沼津市立看護専門学校の「文化人類学」も今日で終講。わずか7コマという限られた時間内でアレコレ語るのには無理があるが、「これだけは知っておいてもらいたい」と思った項目については、先週のうちにプリントを配布しておいたので、語れなくても特に問題のないように手は打っておいた。それでも、最後の講義となると、無意識に力が入ってしまう。想いを込め過ぎてしまう。少しまとまりを欠いてしまったが、話すべきことは話せた。
しかし、終講の余韻を味わう暇なく、国際関係学部への移動…。到着してすぐ、試験実施調査票を提出する。そして、月曜日に印刷できなかった講義用資料を印刷する。
3時限目「国際社会学入門」の教室へ向かう途中、講師室から持って出たマイクが別の教室のものであることに気付き、急いで講師室に戻った。最初に講師室を出たのが講義開始5分前だったので、マイクを取り替えた時に始業チャイムが鳴るようなタイミングだった。急いで正しいマイクを手に取り、講師室を出ようとすると、「先生、ちょっと待ってください! (内線)電話が入ってます!」と呼び止められる。教室変更の確認だった。もし、私がマイクを間違えずに教室に向かったら、連絡を取ることが出来なかったかもしれない…と思うと、何やら運命のようなものを感じた私…。ちなみに、3時限目の講義内容は「文化交流・接触の効果」の最終回。交流の前提とキーワードを挙げて解説することで90分が経過。
4時限目「日本社会(日本人学生用)」は、「日本(人)的コミュニケーション」を中心として今までに語った内容を具体的に理解するため、今日から小田和正監督作品の『いつか どこかで』を3コマ連続で上映(再生)し、“こまめにポーズ” しながら解説を加えていくことになる。が、たまに私が映画に見入ってしまい、ポーズし忘れそうになる。その “こまめにポーズ” が、小田監督の作品鑑賞を阻害するかも知れないが、「これは講義!」と割り切って…。
5時限目「日本社会(留学生用)」は、数週続いた「日本(人)的国際観」のまとめ的な講義。日本人の欧米志向性とエスノセントリズム的な部分を中心に “ゆっくり” 語る。
往きに新幹線を利用したので、帰りは東海道線の東京行き直通電車で横浜に戻った。往きに使わなかったグリーン券を片浜駅で逆方向のものに乗変しておいたので、余裕を持って三島駅へ向かうことが出来た。朝から晩まで働いたので小腹が減り、グリーン車でおにぎりを1つとチョコレートを食す。そして、仮眠…。
途中、熟年夫婦がグリーン車に乗ってきた。どうやらこの夫婦、総武線に乗り換えて千葉方面へ向かいたいらしい。それで、グリーンアテンダントに「総武線にはどこで乗り換えれば良いですか?」と尋ねていた。グリーンアテンダントから戸塚の乗り換えを伝えられると、夫のほうが乗り換えを気にし始めて、
という会話が…。さらに、数分後…
という声が聞こえてきた。そして、いよいよ戸塚に到着する瞬間がやって来た!
という会話が再び耳に入る。何やら、嬉しそうにニコニコしながら勝ち誇ったような態度をとる夫の姿…。そこに妻がしたがって電車を降りる…。夫唱婦随ということなのだろうか?
我が家は、まだまだ妻が苦しそう…。食べ物の匂いを出来るだけ部屋に残さないよう、キッチンで食事する私…。賞味期限が危ない納豆があったのだが、そのまま食べたのでは匂いが…と思い、生玉子を入れて臭いを抑えることにした。「これぞ、正真正銘のダイニングキッチン?」んどと思いつつ、妻の体調を心配する夫であった。
それにしても…、最近「ぼやき」が長いような!?
12月11日(木)
ポカポカ陽気…。12月とは思えないほど暖かな一日だった。当然、マフラー不要。8時過ぎ、ふじみ野駅で文京学院大学のスクールバスを待っていた時も、「本当に師走なのかねぇ…」と何度も思った。
1時限目「フィールドワーク論」は、今日からいよいよ「フィールドワークの実践」における留意点がテーマ。受講学生が「社会調査論」を履修していないため、インタービュー時に問題となる「ダブルバーレル」や「キャリーオーバー」などを中心に語る。なぜか、予想以上に講義展開がスムーズで、文京での講義としては珍しく終業時間10分前に解説が終了した。
よって、いつもより早いスクールバスに乗ることになった。時間に余裕が出来たので、「川越での昼食は、ゆっくり出来そうだなぁ!」などと思ったのだが、いつもより1本早い川越線に間に合うことがわかったため、川越では昼食をとらず、大宮に出てから昼食のことを考えることにした。
大宮のエキナカでアレコレ眺めていたのだが、めぼしいものが見つからず、その上どの店も昼食時で長い列が出来ていた。それで、ふとテレビCMで見た「クォーターパウンダー」のことを思い出し、駅前のマクドナルドに駆け込んだ。そして、ダブルクォーターパウンダー・チーズを持ち帰りで注文したのだが、「待てよ! 『看板に偽りあり』ってことも考えて、保険をかけておくか…」という気持ちが芽生え、フィレオフィッシュも追加した。それを持ってバスに乗り、法学部大宮キャンパスへ向かう。果たして…、バーガーキング派の私にとっては、手応えなし! 味は良いのだが、「これを『遊びは終わりだ』などと豪語するのはどうかなぁ…」と思う。バーガーキングの「ワッパー」のほうがボリュームがあるし、バリエーションもバーガーキングの勝ち!…と思う。
3〜4時限目「社会学」は金曜日クラスより1コマ残り回数が多いので、先週の金曜日2時限目の講義と重複内容。金曜日は「人生縮小化」と「日本(人)的 “甘え”」を一気に解説したのだが、先週木曜日は「人生縮小化」のみの解説となっているため、今日は「日本(人)的 “甘え”」を解説するのみ。時間的に余裕がかなり出来たので、いくつもの具体例を挙げながら、ゆっくり説明。しかし、終業時間の10〜20分前にはシッカリ解説終了!
妻の様子が気になるので、大宮駅で湘南新宿ラインに駆け込み、横浜へ直行! 駅前の書店で妻へのお土産を買い、京浜急行で帰途に就いた。が、やはり、体がツライみたいで、何もしてあげられない自分が歯がゆく思えた夫であった。
12月12日(金)
今週の講義も、今日が最後…。通信教育部は先週で終講したので、法学部大宮キャンパスの2時限目「社会学」のみ担当。金曜日に大宮へ向かう際、かなりの確率で埼京線や高崎線、宇都宮線のダイヤが乱れたが、今日も “年内のダイヤ乱れ納め” とばかりに湘南新宿ラインのダイヤが乱れた。
とりあえず無事に大宮へ到着したが、何ともヒヤヒヤ状態…。おまけに、道路が軽い渋滞を起こしていて、バスがなかなか前に進まない…。さらに、私の乗ったバスには “乗り間違い” のお客さんが多く、出発が遅れる有様。金曜日のハプニングを、出血大サービスされているような通勤だった。
それでも、講義は無事に終了。「防衛機制」「価値判断」について語って、金曜日クラスの年内の講義が終了。木曜日クラスは来週補講があるため、大宮にはまだ出講することになるが、とりあえず、1つずつ年内の仕事をクリアできることで、心身の負担が軽くなる。
大宮で昼食後、湘南新宿ラインで仮眠…。そして、藤沢で久々にカット&パーマ! 頭が一気に軽くなったような心地がする…。シャンプー時、髪の指通りも良く、乾かすのに時間が短縮される。
20時過ぎに帰宅すると、妻が一人で食事していた。その元気な姿を見て、ホッとするような嬉しいような…。今は、食べられるものを食べられる時に、食べられるだけ食べておいて欲しい…と願う夫であった。
12月13日(土)
妻の妊婦健診に付き添った。数日来、「出血みたいな症状が…」と不安を抱えていた妻…。それで、今日は私も講義がないので、一緒に病院へ行くことにした次第。
昨日の夜の段階では「なるべく、早い時間に受診しよう!」などと話をしていたのだが、妻はなかなか眠れず、私は私で「講義のない日」という緊張感のなさ&1週間の疲れのため、夫婦して今朝はなかなか起きられず。加えて、私は夜中に「水虫が完治した祝賀会をグリルエスで設けてもらう」という内容の夢を見たり(念のため、私は水虫ではない! が、寝る前に妻に「何だか、足の裏の皮が剥けたみたい…」などと話していたのが、それがキッカケか!?)、朝は朝で夢と現実がリンクされてしまって携帯電話にダイブした私…。それを見て、この世のものとは思えぬような表情を見せた妻…。
10時半頃にタクシー会社に配車依頼をして、なるべく妻を歩かせないように病院に向かった。
昨日まで「切迫流産」の可能性を疑っていた私であったが、今日の診察とエコー撮影の結果、赤ちゃんは元気で、さらに1センチぐらいに成長していたという。ホッとする。そして、妻の出血も「そういうことは、良くあるんです」と医師から説明されたとのこと。異状ではなく、本当に良かった。
「診察室、一緒に入る?」と妻に聞かれたが、まだまだ私には一緒に説明を聞くだけの勇気(?)がなくて…。
帰りは、横浜線と京浜急行を乗り継いだ。平常時とは違い、妻は歩くのも大変そう。いつもなら「あっ、電車が来た! 走ろう!」などと言ってダッシュするところだが、今はひたすら “ゆっくり、ゆっくり” の行動…。そうすると、何だかセカセカするのがバカらしくなってくる。のんびりと、将来の家族生活に夢を馳せるのも楽しいものである。
午後、法学部大宮キャンパスから「試験問題作成依頼」が届いた。大宮で実施する最後の学年末試験である。次年度からは法学部の講義が全て三崎町キャンパスで行われるので、記憶に残る(?)試験問題を作成しなくては…!?
12月14日(日)
オフ日はオフ日らしく “のんびり” 過ごしたいと思ったので、昨夜は遅くまでテレビなど見ながら夜更かしした。「待ちに待ったNHKの『ブラタモリ』まで、あと○分!」などと思いながら夜を過ごすのも、また楽し…。
以前も述べたが、『ブラタモリ』はタモリにとっては19年ぶりのNHK出演番組である。「NHK版タモリ倶楽部」との評もある同番組も、“本来の放送日” の夜に某事件の犯人が自首してきたことで “報道特番” が組まれてしまい、3週間も放送が延期されてしまったのである。
しかし、3週間も待った甲斐があった! 『タモリ倶楽部』でも同様の企画があったが、テレビ朝日とNHKの演出の違いもあるのだろう、NHKチックでありながらもNHK的でない “ゆるさ” が、見ていて面白かった。その “ゆるさ” も、タモリならではのコメントでシッカリした流れに見えたから不思議である。見慣れた街が、より一層興味深いものとなり(我ら夫婦にも、多少の想い出がある街だったのでなおさら?)、夫婦して「面白かったねぇ!」と満足したのであった。
そして今日、朝方から雨音が聞こえてきた、昨夜、寝る前に「昼過ぎまで寝よう!」という妙な誓いを立てていた我ら夫婦は、有言実行となった。ただし、過剰睡眠は私の偏頭痛に悪影響を及ぼすので、私は13時半過ぎにベッドから出て、簡単に昼食をとって、たまっている洗濯物と格闘した。普通着(?)とおしゃれ着の2本立て! 一気に洗って、一気に部屋干し!
夜、妻の具合も落ち着いていたので、一緒に外に出てみることにした。そして、久々に近所の萬珍菜館へ! 以前は、ほぼ毎週金曜日の夕飯でお世話になっていた中華料理店…。味も値段も大満足ながら、妻の懐妊&つわりを考慮してなかなか訪ねることが出来ずにいた。その妻が、今日の夕方になって「萬珍さんのカニチャーハン、美味しかったなぁ…」とうわごとのようにつぶやき始め、「そういえば、しばらく食べてないねぇ…」という話になった。それで、なるべく店内が混雑していないタイミングと妻の体調を見ながら出かけたのである。
妻は “念願の” カニチャーハンを、私はラーメンと五目チャーハンのセット、そして餃子を1枚注文した。久々の萬珍菜館…、相変わらず美味! 妻も、美味しそうにカニチャーハンを口に運んでいた。が、平常時とは違う現在、やはり以前のようにペロリと食べるような勢いはなく、しみじみ味わいつつも完食はならず。それでも、チャーハンを4分3ほど食べていたのだから、今日はだいぶ体の状態が良かったのだろう。残った分は私が平らげたが、こうして一緒に外食するのも久々で、「次はいつ一緒に出かけられるのかな?」という思いが過ぎりながらも、妻の体調が気になる夫であった。
12月15日(月)
今朝は、9:23に横浜を経つ特急踊り子号に乗って三島へ向かう予定だった。が、頭痛が再発してきたのと、妻の体調に不安があったのとで、12時前の新幹線に乗ることにした。が、我ら夫婦の症状に改善が見られず、12:23の踊り子号に乗ることにした。勘の良い方ならおわかりかと思うが、先週まで乗っていた踊り子号と同じである。
私がいつも利用する踊り子号は15両編成で運行されるが、熱海で前方10両と後方5両とに分かれ、前方が伊豆急下田行きで後方が修善寺行きとなる。私は11号車…すなわち修善寺行きの車両に乗っていたのだが、その車両にどうやら伊豆急下田へ行くお客さんが乗っていたらしい。車掌さんが「熱海で行き先が分かれますので、前の車両に乗り換えてください」と指示していた。10両目と11両目の間は運転台があり、通り抜けが出来ない。それで、熱海で乗り換えるように指示したのだろう。その声のするほうを見てみたら、若い男性と初老の女性…、おそらく親子だろう。男性が「ご丁寧にありがとうございます」とお礼を言い、女性に「熱海で乗り換えるよ!」と教えていた。が、女性は「私はいいよ! 乗り換えたければアンタだけ乗り換えなさい!」と答えていた。「いや、そうじゃなくてね、この車両じゃダメなんだよ!」と男性が言うのだが、「私は、この車両でも快適だよ!」と要領を得ない。行き先が変わることを伝えるのに、10分以上かかっていた。日本は、まだまだ長閑だなぁ…。
予定より3時間遅く横浜を経ったが(要するに、先週と同じ時間に三島到着…である)、国際関係学部での講義は4時限目「日本社会(日本人学生用)」のみのため、余裕をもって到着。ただ、年内に配布する講義用資料を今日の講義前に全て印刷する予定だったのを、一部印刷するだけに留めた。残りは水曜日に…。
「日本社会(日本人学生用)」は、今日も小田和正監督作品の『いつか どこかで』を上映。ただし、月曜日は4号館を使用するため、DVDデッキが家庭にあるようなタイプで、普通のリモコンで操作しなくてはならない。15号館はAV卓でモニターしながらタッチパネルで操作できるので、部屋を暗くしても支障がない。が、4号館で普通のリモコン…となると、ボタンの押し間違えやボタン探しで戸惑うばかり。おまけに、リモコンの感度が良くないため、何度ボタンを押しても反応がなかったり、反応したかと思えば “指示したこと以上の作業” を勝手にやってしまう…。ボロボロになりながらも、とりあえず今日再生するべきところまでは到達した。
妻の体調を心配して、横浜を発つ前に16:49三島発のこだま号の指定席をおさえておいた。来週まで講義は続くので、ここで私が倒れるワケにもいかないし、急いで帰りたいし…という想いから新幹線&指定席を選択するに至ったのだが、三島駅に入線してきたこだま号をみてビックリ!
むしろ、指定席車のほうがコミコミだった。あれなら、発車ギリギリに駆け乗っても、十分に空席があったなぁ…。
新横浜から横浜線で東神奈川に出て、いつもなら京浜急行に乗り換えるのだが、今日は京浜東北線で横浜へ…。これから試験問題やら書類やらの作成が多くなるので、ヨドバシ横浜に寄ってプリント用紙を購入する。さらに、妻が食べられそうなコーンフレーク類をいくつか見つくろう。
帰宅して、ベッドでつらそうな表情をしている妻を見て、何か食べられそうなものを…とキッチンに立つ私。冷蔵庫に入っている卵の賞味期限が切れかけているので、おかずは卵料理に決定! だが、何だったら食べられるのか?…と考えていると、「塩辛いものが欠乏しているぅ…」とうめく妻…。それで、ハムエッグと卵スープを作ってみた。卵スープは、味覇(ウェイパー)ベースで且つ薄味にした。が、卵を常温に戻さずに溶いてしまったため、スープの中でダマになってしまった。ハムエッグは絶妙な半熟状態だったが、今の妻の口には運べず…。それでも、何とか空腹感はおさまったらしい。
独身時代を思い出して、もっと料理を…と思う夫であった。
12月16日(火)
夕方の話から…。御殿場駅の電光掲示板を見ていたら、特急あさぎり号の行き先が「松田」と表示されていた。「おやっ、時間によっては、御殿場線内で終点になるあさぎり号もあるんだなぁ…」などと感心していた私であったが、やはり時刻表には「新宿」という行き先がハッキリ書かれていた。
小田急線内で事故があり、あさぎり号が小田急線に乗り入れられないため、松田で終点にする…という構内アナウンスが聞こえてきた。そのアナウンスを聞きながら、「高速バスで横浜に戻る私には関係ない話だなぁ…」と、完全に他人事のように気にもとめず、バスの待合室へ向かった。ところが、新宿へ帰る道を1つ断たれた人たちが大挙してバスの待合室(兼バス乗車券発売所)に押しかけてきた。新宿行きのバスのキップが次々に売れてゆき、さらに町田あたりで下車する予定だった人たちは横浜駅・羽田空港行きのキップを買い求め、「もしかして、今日も先週みたいにバス貸し切り状態になるのでは!?」などと思っていた私の予想を裏切る結果となった。
先週と同様、バスは誰も乗せずに御殿場駅にやって来た。そして、いつになく大勢のお客さんを乗せて、御殿場駅を離れていった…。私以外は、急きょバスを利用することになった人々…。運転手さんの忙しなさよ!
朝は…といえば、やっぱり私が忙しない状態に…。日体大での1時限目「総合科目B」は、今回で年内最後の講義…ということで、「12月最後の講義は、DVDを再生します!」という学生たちとの約束を果たした。今から4年半前にNHKで放送された30分番組をDVDに移して、それをもとに後で私がコメントするだけなのだが…。最初、DVDデッキの電源はすぐに入ったのに、テレビの電源が…。アチコチ探しても、主電源が見当たらないのである。1人の学生が私と一緒に電源を探してくれたのだが、見つからず。すると、別の学生が、「先生、そこにありますよ! 電源、そこにあります!」と教えてくれるのだが、「そこじゃわからないよ!」という感じである。すると、「そこはそこですよ! そこですよ、そこ!」と、良くわからない説明が続く。そんなやり取りの後、「テレビの底に電源があります!」と言われ、やっと学生の説明の本意に気付いた。学生は、ずっと「底にありますよ!」「底ですよ!」「底は底です!」と言い続けていたのだ! あぁ、日本語は面倒くさい…。
正午ちょっと前、新宿に降り立った私は、まず小田急高速バス案内所で往き帰りのキップを引き替えた。バスまで30分以上余裕があったので、昼食をとることにした。久々に、万世麺店のパーコーメンが食べたくなり、迷うことなく万世に直行! 運良く、すんなり入店できたが、かなりの混雑ぶりだった。
バスは順調に東名高速を走行し、ほぼ予定通りに御殿場駅へ! いつもなら乙女口から駅構内を抜けて富士山口に出るのだが、「何だか、階段を上るのが面倒だなぁ…」などと思えてしまい(理由: バス車内でうつらうつらしているうちに中途半端な眠りに入ってしまい、体が本来の動きに戻っていなかったため)、階段を上らずに線路の向こう側に渡り、そのまま御殿場看護学校へ行く道がないものか…と、周囲を見渡した。すると、駅の先で車が行き来しているのが見えた。つまり、踏切が見えたのである! ならば…と踏切を目指すと、いつも通るホテルの裏に出た。「あぁ、こういう位置関係だったのね…」とため息をつく私…。
本日最後の講義、4時限目「文化人類学」は、やはり年内最後と言うことで「文化(culture)」の解説をまとめる必要がある。今日は特に「文化変容」を中心に話を進めた。異文化との接触を抜きに現代社会の生活が成り立たないこと、出会いは何らかの変容を伴うこと…などなど、語り尽くして時間オーバー。
1つ1つ、年内の講義を終えてゆく安堵感と、年明けの講義まで学生たちのモチベーションを維持しなくてはならない緊張感とが、何とも心地良く思えた。
心地良い…といえば、昨夜の私…。眠っている妻の横で「おさる4丁目!」と叫んでしまった私…。かごに乗って出発地(どこだったか忘れた)から「おさる4丁目」まで移動している夢を見た私。いわゆる「おさるおかご屋」さんに乗ったワケだが、おさるさんに「どちらまで?」と聞かれて発した言葉が…。急な発声に驚いた妻に、事の次第を説明する情けない夫であった。
12月17日(水)
雨が降っている上、かなり寒い一日だった。今日は午前中に印刷しなくてはならない資料がたくさんあったので、月曜日に乗るのを断念した9:23に横浜を経つ特急踊り子号に乗って三島へ向かうことにした。が、神奈川駅で京浜急行が来ない…。通過するはずの快速特急も特急も姿が見えない…。「親亀こけたら…」ではないが、京浜急行は快速特急が遅れると、後の電車が…。
とりあえず踊り子号には乗れたのだが、心臓に悪い…。
国際関係学部の周辺はアチコチで道路工事中…。ここ数週間は工事が行われていなかったのだが(少なくとも、月曜日にも工事は行われていなかった)、今日はバッチリ工事中! いつも歩いている道が閉鎖されているため、何度も信号を渡って “向こう行って、こっちに戻って” という前進方法をとるしかない。が、信号待ちの最中に何台もの車が水たまりの上を通過したため、そのたびに「バッシャ〜ン!」と水が撥ね、ズボンはビッシャビシャ…。
今日は、偶然にも担当する3コマともDVDを使用することになっていた。3時限目「国際社会学入門」では、韓国で放送された日本アニメを紹介し、日韓比較を…。4時限目「日本社会(日本人学生用)」は、『いつか どこかで』の最終回。そして、5時限目「日本社会(留学生用)」では『およげ! たいやきくん』から見た30年前の日本社会…。板書もせず、AV卓の前で講義する私…。しかし、普通に講義する方が楽だと痛感した。
「国際社会学入門」と「日本社会(留学生用)」は、今回で年内の講義が終了。少しずつ、2008年中の仕事をこなしてきた実感が…。
妻が「湯豆腐が食べたい…」と言っていたので、湯豆腐の材料を買って帰ることにした。今の妻の食欲を考え、量を考え…と、色々と頭の中で計算をしつつ、余計なものを買わないように気をつけつつ、買い物を済ませる。帰宅して、すぐに湯豆腐作りに取りかかった。久々の湯豆腐…。豆腐と鱈のバランスを考えながら作ってみた。妻には好評だった。それならいいや…と思う夫であった。
12月18日(木)
結婚して、今日で半年…。本当なら “ささやかな” お祝いディナーなどを考えるところだが、まさかこんなにも早く子供が授かるとは思ってもみなかったので(…と、隣でつわりと闘っている妻を見る)、予定は全て変更を余儀なくされている我ら夫婦である。
「記念日」という雰囲気レスのまま、今朝も早起きして仕事に出た。しかし、湘南新宿ラインの様子がちょっとおかしい…。
携帯電話にも「ダイヤ情報メール」が頻繁に届く…。その内容によると、川越線や宇都宮線が濃霧の影響で運転を見合わせたりダイヤに乱れが生じているという。湘南新宿ラインは…といえば、川越線に乗り入れている埼京線の線路を走行し、さらに宇都宮線に乗り入れるため、電車が大崎に差し掛かって徐行運転…そして、新宿で5分停車…という有様。池袋に6分遅れで到着し、一か八かで東武東上線のホームへ全力疾走したところ、いつも利用している急行に間に合った。が、満席だったので、次の準急に乗ることにした。ふじみ野到着はいつもより12分も遅かったのだが、いつものスクールバスに乗ることになり、文京学院大学にはいつもと全く同じ時間に到着した。
1時限目「フィールドワーク論」は、先週から「フィールドワークの実践」における留意点がテーマ。今回は、実際にインタビューをする際に生じる問題や、気をつけるべき点を中心に語ったが、講義の最後に授業アンケートをする必要があったので、90分のうち75分で解説を終え、あとは先週のうちに選出しておいた補助学生に全てを委ね、早々に講師室へ戻った。これで、文京学院大学の年内の講義が終了した。
本当なら、これで今日の仕事は終わりになるハズだった。しかし、10月23日に法学部大宮キャンパスの講義を休んでしまったため、今日はその補講がある…。よって、いつもの木曜日と変わらない移動をすることになる。
3〜4時限目「社会学」は、補講ではあるが通常講義と同一形態。金曜日の講義と同内容だったため、どういうテンポで話せば90分で解説できるかわかっている “心の余裕” があったため、本当に90分まるまる話し続けてしまった私…。でも、これでめでたく法学部の年内の講義も終了。そして、「社会学」という名の講義も、年内分が全て終了した。
年内、残るはあと1コマ…。そして、明日の試験監督1コマのみ。
帰りに、横浜で(妻が以前から欲しがっていた)紅茶を購入し、(妻が食べたいと言っていた)惣菜パンを買う。ご馳走を作っても妻は今あまり食べられないので、何か記念日っぽいものは…と捜していたら、とある店の惣菜コーナーが目に入ってきた。そこに、揚げたての大きな海老フライが!? 「1本99円」と書かれている! 「これだっ!」と思った私は、海老フライを2本と、49円のミニメンチを2つ買って帰った。
帰宅して、フライを妻に見せながら、したり顔の私…。期待に胸をふくらませ、海老フライにかぶりついたところ、何とも分厚い衣…。そして、思ったものより “かなり” 細めの海老…。それも、かなり短い海老が2本、タテに入っているだけであった。要するに、見かけだけ立派な、イミテーション海老フライだったのである! (`へ´)
それを見ていて、クスクス笑っている妻…。「『ぼやき』のネタが出来たね!」と、ちょっと嬉しそう。その笑顔を見て、「こういう記念日があってもいいのかな」と思う夫であった。
12月19日(金)
妻がつぶやいた。「私たちの神様、絶対関西人だよ!」と…。結婚して、しばらく別居婚状態で、やっと同居が実現したかと思ったら懐妊…と、そのせっかちな展開から、そう思ったらしい。神様に関東人も関西人もあるのか?
さて、今日は通信教育部の昼間スクーリングの終講試験日。14:40から試験監督をするだけなので、昨日はちょっと夜更かしして、今日の午前中はのんびり過ごすつもりでいた。が、軽く偏頭痛の兆しが…!? 妻が私の体のツボを何箇所も刺激してくれたので、かなり楽になる。ツボを押しながら妻が「お弁当、おいしかったの?」と聞いてきた。私が「???」と思っていると、また寝言を言い続けていたらしい。そして、どうやら夢の中で私は「ギュウカ弁当」なるものを食したらしく、何度も「ギュウカ弁当…、ギュウカ弁当…」とつぶやいていたらしい。それにしても、「ギュウカ弁当」って何だ?
正午を少し回った頃、家を出た。まっすぐ通信教育部に向かわず、横浜でいくつかの用事を済ませた。相鉄ジョイナスにあるルピシアでアレコレ買い物をした際、カード払いをした。サインをし、福引券を大量に受け取ると、店員さんに「ありがとうございました!」と言われ、「お世話様でした!」と挨拶して店を離れた。
横浜駅に戻ろうとした時、ごっついアタッシュケースを持った男性が前を歩いていた。「なんか、イヤな予感…」と思った次の瞬間、私の膝をアタッシュがしたたか殴打! それも、角! 激痛にもだえ、よろめいた私に大柄な通行人が体当たり…。福引に当たらずにアタッシュと通行人に当たるんだなぁ…と、しみじみ思った私であった。
電車で通信教育部に向けて移動していると、妻から連絡が…。「ルピシアから、カードとレシートを渡し忘れたって電話が来たよ!」のこと。そういえば、クレジットカードを返してもらってなかった…。大量の福引券に気を取られ、すっかりカードのことを忘れてしまったのである! それで、ルピシアに「夕方に取り行くって電話しておいて!」と妻に頼むべく、メールを送った。しばらくして、「6時頃に伺うって言っといて!」とメールし直したが、「あっ、5時頃って言っちゃった!」と妻…。
4時限目「社会学」の試験時間は60分…。試験監督者は私だけ…。全ての監督業務を1人でこなさなくてはならないワケだが、こういう時に限って遅刻者は出るは、学生証不携帯者が出るは…で、アタフタする。テキストの無い者、プリントのない者、何も持っていない者…などなど、もしかして「初めまして!」かもしれない学生も多く、講座担当者としてはイライラさせられる輩も…!? 当然、そういう輩は問題の意味が全く理解できず、見当違いのことを長々と書いてきたり、テキスト丸写しに終始したり…。「講義に出ないで、よく単位が取れると思うねぇ…」と呆れるやら、感嘆するやら…。一方で、1年間ずっと頑張ってきた学生たちの健闘ぶりは、称賛に値する。
夕方、“妻の発言” を裏切らないため、急いで横浜に戻り、ルピシアへ…。17時を10分ほど過ぎてしまったが、ルピシアに到着! 私がレジ前の列に並ぶと、店員さんが「あっ、お昼の…」と私に気付いてくれた。カードとレシートを受け取って用事が済んだハズなのだが、「わざわざご足労いただいたので…」と、店員さんが小さな紙袋を私に手渡してくれた。かえって申し訳なく思う私…。
その後、「年末ジャンボは買っておこうか…」と妻と話し合っていたので宝くじ売り場へ向かったが、良く当たりが出ると評判の売り場には長蛇の列…。では…と、次の売り場へ行くと、そこにも長い列…。誰も列を作らない小さな売り場で「連番10枚と、バラ10枚!」と伝えると、「すいません、バラは売り切れました!」と言われ、連番を20枚購入する。
そして、大量の福引券で運試し! そして、全て末賞…。大量のティッシュ…。
人生なんて、そんなもんさ! 人間なんてララ〜ラ〜ララララ〜ラ〜♪
…なんてくちずさむ余裕もなく、妻のリクエストされた “サラスパ” を買って帰る夫であった。
12月20日(土)
完全なオフ日なので、今日は昼前まで寝ていることにした。それで、昨日は夜更かし…。妻は “新しい命” をお腹に抱えて苦しそうだったが、私は正午前に起きて、朝刊を取りにポストに向かった。
玄関を開けると、そこに黒い毛むくじゃらな固まりが…!? ご近所中に聞こえるような大声で
と叫んだ私…。その黒い固まりは、ドクター今井と同居しているトトくんというワンちゃん(1歳♂)だった。ドクター今井とのお散歩が終わり、玄関前でドアが開くのを待っている時、私の家の玄関のほうをジ〜ッと眺めていたところ、私がドアを開け、すかさず中を覗き込んできた次第。ドクター今井が「驚かせちゃったねぇ。ごめんね!」と仰るが、いやぁ何とも恥ずかしいこと、恥ずかしいこと!
そして、私の叫び声を聞いて「何ごと?」とビックリしていた妻…。
軽い昼食をとった後、私はひとりで買い物に出かけた。懐妊した頃、妻がコンビニで「あぁ〜、今日もメガフランクが売り切れてる…」と寂しげにつぶやいているのを見て、「だったら、家で同じようなものを作ってあげる!」と約束していた私…。それで今日、メガフランクに匹敵するようなソーセージを探したのだが、どこにでも売っているようで売っていない…。以前、良く見かけたのに…と思いつつ、少し気分を変えるためにCDショップに行ってみた。すると、見てはいけないものが目に入ってしまった!? 目の前に『絶対に笑ってはいけない病院24時』のDVDが…。昨年の大晦日、妻(当時は「同行者」)と一緒にテレビで観て大笑いした番組がDVDとなり、ウズウズしていたところで現物を見て、思わず妻に電話で「DVD、買っていい?」と聞く始末。これから色々と物入りなのに…と自分にツッコミを入れようとしたところ、「どうぞ!」と快諾を得た。
東神奈川で「これこれ! これだよ!」と我が意を得たソーセージを見つけ、その他に妻が食べられそうなものを探して、とりあえず両手で持てる程度の買い物をする。
夕飯を作る際、今の妻は嗅覚が敏感なため “匂いのキツイ食材” は出来るだけ避けているのだが、賞味期限の問題や栄養のバランスを考えて、敢えて今日は普通の夕飯を作ってみた。が、炊飯器から漂ってくる微かな匂いにさえ反応し、
と言うや窓を開け、カーテンの中に首を突っ込んだ。そして、体はフトンの中…。かなり苦しそう…。もしかすると、今の妻は犬より嗅覚が優れているのかも知れない。換気扇を強レベルにし、ハンバーグを焼き、ソーセージをボイルした。妻が昨日作ったタラコのスパゲッティーをレンジで温め、それらを皿に盛る。とりあえず、お茶碗にご飯もよそう。私と全く同じものを、妻にも差し出した。あまり別メニューばかり出しても心身に良くないだろうし、食べられるものを食べられるだけ食べてもらえば、妻の食欲と可食物を知ることが出来るし…という目的もある。しかし、通常時の妻ならペロリと食べてしまったであろう量が、今はちょっとツラそう…。
匂いが少なく、胃に負担がかからないような料理を見つけておかないと…と思う夫であった。
12月21日(日)
『絶対に笑ってはいけない病院24時』のDVDをちょっとだけ見て寝ようと思ったのだが、1枚目は全て見てしまい、よせばいいのに2枚目まで再生を始めてしまい…。「もう、寝なきゃ!」と我に返ったのが4時過ぎ…。そのため、昼過ぎまで寝ていた我ら夫婦…。
昨日、妻が食べられそうな惣菜パンをたくさん買っておいたので、それを昼食代わりに食す。かなり腹にたまったのだが、なぜか “別腹” が!? ずっと柿の種をポリポリ食べながら、「キリがないなぁ…」とつぶやく私を見て、
とツッコミを入れてきた妻…。
今日は冬至…ということで、昼の長さが一年で一番短い日である。夕方、近所のスーパーまで買い物に行こうと玄関を開けると、すでに真っ暗! しかし、なぜか気温が高い! あったかいのである! ジャンパーを着て歩いたのだが、
という街の様子…。空気が澄んでいたので、ポートサイド地区からみなとみらい地区がよく見えた。大観覧車を見ながら、スーパーに入る。入口でカートを使うかどうか迷ったが、「カートを使うと、余計なものまで買ってしまう」という法則を思い出し、買い物カゴだけを手に取り、入店。ところが、ペットボトルのお茶が安かったり、お米が安かったり…で、結局はお米5kgとペットボトル2本を含め、カートを使ったのと同じくらいの買い物をしてしまった私…。家に向かって歩きつつ、「まだまだ、体力が衰えていないみたいだなぁ…」と、少し嬉しかった私…。
夕飯は、妻が「鶏飯」を作ってくれた。調子に乗ってパクパク食べて、何度もおかわりしたので、気が付けばお腹がパンパン…。やっぱり、私が作った夕飯よりも美味しい。お腹も心も満足した夫であった。
12月22日(月)
週末の夜更かしがたたったのか、とにかく昨夜はいつまで経っても眠気がこなかった。ただ、今日は国際関係学部の講義が4時限目にあるだけなので、昼過ぎに家を出れば良いから…と、特に焦ることもなく、10年ほど前に録画した「Mr.ビーン」のビデオを観ながら、「眠くなったら寝る!」的な行動に出た我ら夫婦…。
それでも全く眠気は襲ってこなかったのだが、とりあえずベッドにはいることにした。身重の妻は「寒い、寒い!」と言っていたが、私は「暑い、暑い!」を繰り返した。フトンを掛けていると、ムシムシしてくるのである。「これって、何か体調不良のサイン?」などと思い、無理やりにでも寝ようとしたのだが、夕刊を見て原因が判明。どうやら、今朝は都心で19度以上あったらしい。どうりで…。
いつの間にか寝入っていたようで、気が付くと10時…。本来なら9:23に横浜を発つ特急踊り子号に乗るところだが、「今日は12:23発でいいや!」と覚悟(?)を決めていた私…。のんびり起きて、妻と一緒に早昼をとって出かけた。
特急踊り子号の車内は、どういうワケかオバサンの大群…。そして、オバサンたちはなぜかツバ臭い…。車内に妙な臭いが立ちこめる中、みんな弁当を楽しそうに広げるものだから、もっと複雑な臭いになってしまい…。三島までの1時間15分が、いつもより長く感じられたのは言うまでもない。
さて、国際関係学部に向かって三島駅から歩いていると、かなり強い風が私を押し戻そうとする…。昨日の我が家周辺も強風が吹き荒れていたが、それと似たような風…。とりあえず、飛ばされないように重心を低くしながら大学を目指した。出勤簿に押印後、急いで講義用資料の印刷。シラバス通りだと今日からTULIPの作品を元にしながら日本(人)の感覚を解説する予定だったが、学生たちとの話し合いで内容変更。夏を過ぎた頃だったか、1992年2月に放送された「プライム10 音楽達人倶楽部 小田和正」を小林さんがDVDに焼き直してくれたのを私にくれたのだが、それが『いつか どこかで』の制作秘話的な内容を含んでいて、それで「だったら、年内は小田さんでまとめましょう!」ということになり、DVDの前後に私なりに社会学的な『いつか どこかで』観を述べて、ひたすらDVDを観て、それで年内最後の講義を終了した。
帰り、東海道線でのんびり戻る予定だったのだが、昨夜から坐骨神経痛が再発してしまい、長い時間座っているのがツライため、新幹線に乗ることにした。しかし、まっすぐ帰宅せず、相鉄ジョイナスにあるルピシアでアレコレ買い物をする。私の姿を見た店員さんたちが「あっ、いつもありがとうございます!」と挨拶する。例の事件がかえって私とお店の距離を縮めたようである。それから妻に頼まれていた封筒を買い、19時前に帰宅した。
朝から昼にかけては暖かだったが、夕方になって気温が下がり、雨も降り始めた。こんな夜は、今日買ってきた『絶対に笑ってはいけない警察24時』のDVDを観ながら夜更かしするに限る…!? そんな提案に “いとも簡単に” 乗った妻…。妻の体調が今日は落ち着いていたので、ちょっと嬉しい夫であった。
12月23日(祝)
先週金曜日の例の事件の後、大量の福引券をもらっておきながら全て末賞…という惨劇があったが、昨日も福引券をもらったため抽選会場へ行ってきた。昨日の買い物では1.5回分の福引券をゲットしたのだが、それ以前に別の店でもらった福引の補助券が数枚あったので、合わせて2回分の福引券となった。「前回、たくさんガラガラを回して全てティッシュだったのだから、今日もティッシュ2つかな?」などと思いながら、念を入れずにガランガランとヤル気のない手つきで抽選器を回した。末賞なら赤玉なのだが、2つとも緑玉…。「こちらの景品、お好きなものを2つお取りください!」と言われる。それで、サランラップとプリッツをもらって帰ったのだが、「ティッシュが欲しい時に限って…」と思う私…。本当にティッシュが欲しい時には別の景品がもらえてしまい、大物狙いでかかるとティッシュ…。
人生なんて、そんなもんさ! 人間なんてララ〜ラ〜ララララ〜ラ〜♪
21日(日)に、初めてM−1グランプリ(の生放送)をじっくり観た。私個人の感覚としては、「何で、こいつらが優勝?」といったところ。妻とも「絶対に、これはおかしい!」ということで意見が一致した。審査委員長の某氏が、「決勝まで来ると、好き嫌いの問題」というような発言をし、あるコンビを暗に批判した。まるで、「オレはお前らのこと、好きじゃない!」というような意味にも取れるようなコメントだった。審査員長が…いや、審査員が主観で、それも「好き嫌い」などで点数をつけて良いのか? だったら、同じ事務所の芸人に点を入れるのは当然では…という憶測まで飛ぶ。こんなコンテストを行う意味さえない。
審査員長の発言は、他の審査員に対するキャリーオーバー効果(この用語については、こちらを参照)になりかねない。そして、私からしてみれば大して面白くなかった(関東人の私には全く面白さが理解できなかった)コンビが優勝した。その後、今回のM−1の結果は、日本中に物議を醸している。だいたい、関西系の審査員が多くないか? 審査員は、今の芸人を審査できるほどの腕の持ち主だったのだろうか? 加えて、審査員長はたしか “ある事件” で無期限謹慎処分となり、「被害者が私に芸能界を辞めてほしいと言えば、辞めます」と発言し、「だったら、辞めてください!」と被害者に言われると、「ちょっとそれは…」と前言を覆した人物。世間からもその態度が非難されていたのにもかかわらず、たった2ヶ月の謹慎で芸能界に復帰し、その事件について誰にも触れさせないような態度で活躍し続けているのだから恐れ入る。
審査員長をはじめ、審査員すべてを公正に審査してやる必要があるのでは? 最高裁判所の裁判官への信任投票みたいに…。審査員の選ばれ方は公開されているのか? 「たかが漫才」と侮ることなかれ! 彼らにしてみれば、M−1の結果如何によって人生が変わることだってある。
昨日で年内の講義が全て終了したので、今日は仕事関係のことはせずに過ごすことにした。それで、昨日の「ぼやき」で宣言したような夜更かしをして、昼過ぎまで寝ることにした。ところが、昼を過ぎても起きられないのである!? 体が言うことを聞かない状態…。1年間、ひたすら走り続け、緊張の糸がプツッと切れた途端に体が動かなくなったのである。結局、16時前まで寝ていた我ら夫婦であった。
起きて、今日最初の食事をする。とはいえ、手の込んだものを作るような体力的な余裕もなく…。それを食べながら、今日と明日の過ごし方を夫婦で話す。今日明日はとにかく細かい作業はしない…とか、年内にやるべき諸手続は済ませる…などなど。そして、「そういえば、ここに引っ越してから、お寿司って家で食べたことがなかったよね?」という話になり、久々に銀のさらに電話した。相変わらずの人気ぶりで、「“出来上がり次第のお届け” でも、1時間から1時間半はお待ちいただくことになりますが…」と言われる。急ぎではなかったので、「なら、7時過ぎに持って来てもらえます?」と時間指定。さらに、妻が食べられそうなものへ “ネタ変更” することになり、細かな指示を電話で出すことになる。ネタが上ネタに変更されると差額を請求されるのだが、ランクが下のものへ変更しても差額が返ってくるワケでなし。う〜ん、ちょっと不可思議。
最近、妻は毎日『クッキングパパ』を読んでいる。別に、退屈しているワケではない(…と思う)。妊娠中に食べられそうな料理や、あらゆる目的別に料理を選別するために読んでいるのである。お腹が張って苦しい時に良い料理は…とか、つわりのひどい時に良い料理は…などなど。深い意味もなく全巻集めたマンガであったが、こんな形で役に立とうとは!?
とにかく、妻の心身にあまり負担をかけないように…と思う夫であった。
12月24日(水)
またしても夜更かし…。そのため、体のリズムがズレかけている。だが、「休みだし、このままでいいや!」というワケにもいかないのが今日の我ら夫婦。今日中に手続きをしておくべきことが数件あって、それで昼過ぎに横浜へ出ることにした。
妻が横浜に引っ越してきてから2ヶ月弱…。その間に色々なことがあり、私自身も忙しくて、妻の銀行口座の住所変更が出来ずにいた。年内にそれを片付けておかないとちょっと面倒なことになるのと、明日以降は銀行が混み混みになることが容易に想像できるので、今日中に済ませることにした次第。ず〜っと静岡っ子だった妻のメインバンクは、やはり静岡銀行…ということで、静銀の横浜支店へ。つわりがひどい妻に代わって私が…と思ったこともあるが、銀行口座の不正使用などを防ぐ目的もあるのだろうか、諸手続の書類は本人実筆が原則とのことで、私が代行するのは無理。横浜支店の場所のわからない妻を道案内しつつ、一緒に横浜に向かった。妻の手続きが30分程度かかるということで、その間に私も別の銀行で続きを済ませることにした。
今日するべき手続きを終えた後、買い物をする。今日はクリスマスイヴで、明日がクリスマス…ということで、何かそれっぽい料理が作れるように食材を買い込んで帰途に就いた。
が、ほんの数時間の移動でも今の妻にはキツかったらしい。腹部の痛みが再発したようで、ゆっくりゆっくり体に負担をかけないように歩いたため、いつもなら7〜8分で横浜から戻れるところ、その倍以上の時間がかかった。でも、今はそれも仕方のないこと。とにかく、新たな命が育まれていることを喜ばなくては…。
クリスマス本番は明日だが、ちょっと洋風な料理が食べたくなり、ミルクスープを作ってみた。ちゃんとしたレシピも見ずに作ってみたのだが、「たぶん、これでこんな味になるのだろう…」という予測だけで鍋と対峙。驚くほど短時間で、簡単に出来てしまった。ただし、出来上がった料理を「ミルクスープ」と言い張り続ける限りにおいて…の話。
夫婦となって初めてのクリスマスを迎えるのだが、門下生から
サンタさんからクリスマスを待たずに、素敵なプレゼントがありましたね
とのクリスマスメッセージをもらい、ご満悦の私…。
素敵なプレゼントのためにも、来年はもっと頑張ろう…と思う夫であった。
12月25日(木)
今日は世界中みんな…
メリークリスマス! Merry Christmas! 聖誕快楽! Frohe Weihnachten!
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…ということで、西方教会で言うところのイエス様の誕生日である。だが、日本人のほとんどは “イヴ” の段階で盛り上がり、本当のクリスマスには燃え尽きているような…。
我ら夫婦は、クリスマス前にすでに力尽きているような…。
我が家の周辺は、(冬休みということもあるのだろうが)人がまばら。みんな、繁華街へ繰り出しているのだろう。
とにもかくにも、みなさまメリークリスマス!
12月26日(金)
24日から25日に変わった頃、妻にクリスマスプレゼントを手渡した。妻が一番好きなアーティストのDVD付きCD(新譜!)である。まさか私がクリスマスプレゼントを用意しているとは思っていなかった妻は、驚きながらもそれを受け取り、「私、プレゼント、買ってないよ!」と切なそうにつぶやいた。
が、実はとっくにプレゼントは受け取っている私…。妻の懐妊が判明する前、私が仕事に行っている間にせっせか編んでくれたマフラーを、11月中に「ちょっと早いけれど…」と妻からもらったのである。オフの日はもちろんのこと、暖かくて気に入っているので仕事の時も首に巻いて出かけている私…。
昨夜、部屋や机の上にある「とりあえず、今夜捨ててもかまわないもの」を処分してみた。すると、スペースが倍近く広がった。私が如何に不要なものを大事に取っておくクセがあるのか良くわかる。今年1年に貯め込んでしまった “心のゴミ” も棄てなきゃ!
それにしても…、今日はメチャクチャ寒かった。起きるのがイヤになるくらい寒かった。そんな中、今井医院でインフルエンザの予防接種を受けた。本当は夫婦で一緒に受ける予定だったのだが、妻はかなりつらそうで、「この体調で予防接種を受けるのは、ちょっと無理かな…」と思い、私だけが予診票を書いて提出した。
予防接種後、私は副作用で体がだるくなったり目眩がすることがあるため、今日はもう外出しないように…と事前に買い物を済ませておいた。にも関わらず、年賀状の最後の印刷をしている最中にプリンタのインクが足りなくなりそうだったので、急いでヨドバシ横浜へ行くことになった。日が暮れて、寒さが一層厳しくなった街を歩きながら、「すっかりクリスマスは過去の話になってしまったんだなぁ…」という状態に気付く。昨日までの盛り上がりは一体何だったのだろう? このことについて詳細は国際関係学部「日本の社会」にで解説予定。
帰宅して手を洗い、うがいをして、風邪の予防。今夜は、賞味期限が今日までの鱈の切り身があったので湯豆腐に。昆布でダシをシッカリ取り、鱈と豆腐がイイ感じになったところで食卓へ…。これをポン酢でいただく。サッパリして、いくらでも食べられる。妻も、これならたくさん食べられるようで、あっと言う間に鍋の中は空っぽになる。
話はプリンタのインクに戻るが、結局インクは急いで買いに走らなくても良かったらしい…。明日以降、出かけた時に買っておけば良かっただけの話…。
私の人生、いつも空回り…。
12月27日(土)
インフルエンザ予防接種の副作用で、昨日は手元が狂ったり軽い目眩がしたり…で、思うにまかせぬ状態だった私。そして、妻は妻でつわりとの闘い…。結局、妻の書く年賀状も、その工程の半分を私が手伝うことに…。年賀状を二人分書き上げたのが、午前3時過ぎ…。
今日は妻の妊婦健診…。しかし、私は予防接種の副作用で体がだるく、起床予定時刻は夢の中…。それでも午前中に診察受付は完了。9週目に入り、赤ちゃんの形も “ヒトっぽく” なってきていた。さらに、予定日が7月23日あたりと判明。蟹座で、誕生石がルビー…というのが、現時点で我が子に与えられた運命らしい。
参考までに、妻にとって人生4度目のエコー撮影の写真を。赤ちゃんの形がハッキリしてきているのがわかる…。私が、この子の父親である。
京浜急行で神奈川から仲木戸に出て、東神奈川から横浜線で大口に行く際の話…。仲木戸駅の自動改札前で妻にSuicaを渡した時、進入禁止表示が出ている改札を妻が通ろうとしたので、「そこは通ってはいけません!」と丁寧に教えたところ、私の前を歩いて改札を抜けたおじいさんが「えっ、ダメ?」と “かなり” 驚いたようで、腰を抜かしそうになりながら改札を戻ろうとしてしまった! 明らかに、私が妻に注意した言葉を、自分が注意されたものと勘違いされたのである。「これは、マズイ!」と察した私は、妻が「あっ、ホントだ!」と私に大きな声で返事してくれるまで何度も何度も「だから…、ここに進入禁止のマークが出てるでしょ?」などとわざとらしく声をかけ続けた。こういう時、恥ずかしいという想いより、申し訳ない気持ちが優先するらしい。
「TSUMAのぼやき」をご覧の方ならご存知かと思われるが、妻は現在 “あるもの” との死闘を繰り広げている。夫である私も、見ていて切ないやら痛々しいやらで、出来れば私の状態と代わってあげたいとさえ思えてくる…。私が日に2回ほど “あるもの” と闘って軽く勝利を収めてしまうと、妻は恨めしそうに私を睨んでくる…。そんな妻が今日、“あるもの” との闘いに勝利をおさめ、満面の笑みを讃えながら私のもとに帰ってきた。私と出会った時の笑顔、結婚した時の笑顔などとは比べものにならないくらい、眩しく輝く笑顔だった。この世の栄華をすべて手中に収めたかのような、誇らしげな笑顔…。逆に、それが痛々しくもある…。さぁ、“あるもの” とは一体何でしょう? 答えは、「TSUMAのぼやき」12月21日(日)の記述を参照されたい。「TSUMAのぼやき」の「入口」は「BOYAKI」サイト内のどこかにあるので、興味のある方は根気よくお探しください。
話は昼食…。マクドナルドのハッピーセットなるものを、初めて注文した。妻がお昼に「マクドナルドのチキンマックナゲットが食べたい!」と言ったので、ナゲットのハッピーセットとてりやきマックバーガーのハッピーセットを注文した。ハッピーセットを注文すると、何やらキャラクターのグッズがもらえるらしく、今はポケモングッズがついてくる。クーポン券で注文を出すと、店員さんが「先に、シールとオモチャ、お渡ししておきますね!」と言われ、妻と私の分を手渡してくれた。それからしばしハンバーガー類の出来上がるのを待っていたのだが、「ハッピーセットでお待ちのお客様!」と呼ばれるのが恥ずかしいので、妻を席に座らせて、私がずっとカウンターの脇で出来上がりを待っていた。
そして、明らかに我ら夫婦用のハンバーガー類がトレイに載せられたのだが、注文を受けてくれた(シールとオモチャを手渡してくれた)店員さんは他の注文を受けている最中…。別の店員さんが我ら夫婦用のトレイに手をかけ、「ハッピーセットでお待ちのお客様!」とやや大きめな声で言われたものだから、私も慌てて「は、はいっ!」とトレイを受け取りに行ったのだが、その後で
あのぉ…、ポケモンのシールとオモチャは受け取って…
と大きな声で言うものだから、その声をかき消すように
と制するのがやっと…。この歳でハッピーセットを注文している客などいないし…。
ちなみに、もらったオモチャは帰宅後に夫婦でキチンと「あっ、ライトがついた!」などと言いながら、童心に戻って遊ばせてもらった。
エコーで赤ちゃんの動いているのが見えたのがよっぽど嬉しかったのか、妻の体調が今日はそこそこ良かった。妻の調えた夕飯も、とても美味しかった。それを見て、微笑ましく思う夫であった。
12月28日(日)
以前から講義中に学生たちにはよく語っていたことであるが、どうも私は掃除というものが苦手でならない。炊事や洗濯は好きで、これらは一切苦にならない。だから、「結婚するなら、部屋の掃除のできる人!」などと冗談半分、本気半分で語っていた。
そして、今年も年末になり、部屋の散乱ぶりを見て、「これは何とかしないと…」と思った我ら夫婦…。結婚して同居を始めた当初は、妻がせっせか部屋の掃除をしてくれていたのだが、懐妊判明後は妻に重労働をさせるワケにもいかず、だからといって掃除をしないワケにもいかず…ということで、片付けは “それなりに” やっていたつもりであった。
いよいよ明日で年内のゴミ収集が終わるため、今日は “大掃除” とまではいかないものの “中掃除” をすることにした。妻には部屋を中心に動いてもらい、私が部屋と玄関(我が家はメゾネットタイプなので、玄関は1階にあるのだが部屋は2階にある)を上り下りしながら拭き掃除…。さらに、資源ゴミの整理…。それも、日が暮れかかってから…の作業開始。
これで、スッキリと年越しできそうである。部屋も広々したような感じになったし…と、嬉しい夫であった。
12月29日(月)
「TSUMAのぼやき」も更新されたらしい。その更新作業中、うまくファイルがアップされない事態に陥った。どうやら、私が長い年月かけてアップしてきた大量(?)のファイルでサーバが圧迫されてしまっていたらしい。それで、背景として使用している画像類のほとんど&2006年までの「ぼやき」を、ISP(Internet Services Provider=インターネット接続業者の総称)のものに避難させてみた。無料で10MBまで提供されているので、今年の渡韓前に手続きだけしておいたのだが、韓国でそのサーバにアクセスすることもなく、放置状態だったものを “有効活用” したようなもの(?)である。
結果、夜明け前に「TSUMAのぼやき」は無事アップされた。
数年前までは、12月29日にはスーツケースの準備をしていた。韓国珍道中にあるように、しばらく年始年末は韓国の首都ソウルで迎えていたことを、ふと思い出した次第…。そのうちの1回は、妻と一緒の行程で…ただし、その当時は「同行者」だった。その年のソウルの冷え込みはシャレにならないほどで、マイナス11度にまで下がったソウルの街中を、耳がちぎれそうな想いをしながら歩いたものだった。そんな “荒行” に付き合わされたのにもかかわらず、よくもまぁ “こんな男” と結婚してくれたもんだ!
今日も妻は、“あるもの” との死闘を繰り広げ、満面の笑みを讃えながら私のもとに帰ってきた。妻は「TSUMAのぼやき」で軽く否定しているが、私には妻の表情が「この世の栄華をすべて手中に収めたかのような、誇らしげな笑顔」以外には見えないような…。
昨日は大掃除(中掃除?)で、今日は大洗濯! 今年のヨゴレは今年のうちに…と思った夫であった。
12月30日(火)
年末になると “年始の番組” を再放送することが多く、しかもそれらのほとんどを見たハズなのに「あれっ、この後どうなるんだったっけ?」というように記憶が欠落しているため、まるで新たな番組を見ているような新鮮さを感じてしまう…。そのため、テレビの前に釘付けになる時間が自ずと(?)多くなり、せっかく早めに起きたのに「気が付けば夕方!?」などという有様。
我ら夫婦(特に妻)のお気に入りは、「芸能人格付けチェック」である。そして、「ぐるナイ」の「ゴチバトル清算スペシャル」などなど…。さすがに、「ぐるナイ」のスペシャル番組の再放送はないが、再編集番組があるため、ますますテレビから…(以下略)。
それでも、買い物に出なくてはならない私は、ベッドに横たわっている妻を部屋に残して横浜へ。まず、明日某所へ持ってゆく “手土産” を購入し、それから銀行を2箇所ハシゴして、ヨドバシ横浜でDVD−RWをまとめ買い! これで、正月の特番もバンバン撮れる! そして、スーパーで食材を買い込み、両手に持ちきれるだけの荷物を抱え込んで帰宅。
今日を除けば、今年も残り1日…。今さら「悔いの残らないように…」などと言っても間に合わないが、大晦日はスッキリと迎えたいのでここで2008年最後の「ぼやき」を…。
6月に結婚し、年内に結婚式と小さな披露宴を…と思って8月に打ち合わせをしたのだが、“事情” があって式も宴も流れてしまった。これは、妻の懐妊とは関係ない理由である。実は、式場を提供してくれるハズだった教会が、我々が挙式する予定だった日に “年に一度の大バザー” をぶつけてきたのである。それで、「教会のスタッフはバザーに全員出払うから手伝いはできない」「駐車場はバザーで使用するので、車で来られては困る」などと言われ、さらに式を司ってくださる予定だった神父様には「本当は土曜日に挙式してもらいたかったのに、日曜日にされた」などと、まるで我々が駄々をこねて曜日を指定したかのような話を通してしまったり…と、散々な目に遭ったワケである。それが、式と宴を年内に行えなかった最大の理由である。
さらに、講座担当に関して私の足をいつも引っぱる人が複数名いて、「よくぞここまで生き延びた!」と自分で自分を誉めてあげたい部分もある。日本には「個人主義」よりも「間人主義」という間柄を重視する関係性があり、私に手落ちがなくても関係者によって私が責められることが多々あった。さらに、そんな私から担当講座を奪おうとする者も毎年現れ、死守するのに体力と精神力をかなり消費してしまい、自分の研究に充てる余力が…ということも。
だけど、これらのような状況の元凶は、すべて私の心の中にある邪心が招いたのだろう。来年は、もっと強い自分にならなければ…。
12月31日(水)
大晦日…2008年最後の一日である。その日に、小林さんと横浜駅のみどりの窓口で待ち合わせ、天王洲の銀河劇場へ向かった。ミュージカル「GIFT」を観るためである。原作者である篠原久美子さんから御招待を受けたのである。私にとって「GIFT」は、年末恒例行事といっても過言ではない。御招待を受ける前、妻と一緒に観に行くつもりだったのだが、安定期に入るまではあまり出歩かないほうが…ということで、私も今年の観劇は諦めたのだが…。
このミュージカルを観ていると、毎回毎回 “違う感覚” がする。同じセリフでも、その年に何があったかによって、その意味が違って聞こえるのである。しかし、いつも決まって同じ場面で泣く…。「これ(=「GIFT」)で泣かなければ人間じゃない!」という人がいたが、同感である。
幕間に、篠原さんと再会することができた。しばし、四方山話…。なぜか、想い出話が中心となる。篠原さんと初めてお会いしたのが今から17年前の3月、小林さんもその場を共有している。私のライヴの照明を担当してくれた人が、今や日本劇作家協会の理事で、「GIFT」の原作者で、その人の書いた話で泣いている私がいる。めぐり逢いは妙でもあり、味わい深いものでもある。
本編が終了し、カーテンコールの後、“あの” 沢田知可子さんのミニコンサートがあった。ミュージカル本編で使用された2曲を、その場で疲労してくれたのである。が、ここで「サプライズ企画」というものがあった。入場時に観客にサイリウムが配布されたのだが、それを曲に合わせて振る…というもの。出演者たちには内緒で進められた企画のため、「なるべく出演者に見つからないように、サイリウムを手元に出してください」という注意書きがあった。サイリウムが客席で一斉に振られると、ステージから「オォ〜ッ!」という歓声が上がった。サプライズ企画は成功したのだろう。
こうして、今年も「GIFT」で年が暮れるのであった。
帰途、小林さんと「何か軽く食べていきましょう!」という話になり、大井町で食事をする。そして、京浜東北線で横浜に戻り、駅構内で「良いお年を!」と年内最後の挨拶をした。
振り返れば、今年は初出講先も加わり、初担当科目もあり、結婚し、妻が懐妊し…と、良いことを挙げれば “それなりに” 実りある年だったかも知れない。厄年なのに厄払いもせず、よくここまで来られたと思う。もっとも、私の社会学にある「ペルソナ論」を良く知る妻(「同行者」時代)から「あなたは “教師” という役を演じるのだから、厄を落として “役” まで落としてはいけない」と言われたので、厄払いもせずに “役” を演じきったのだが…。
そして、年末は妻と一緒に部屋の掃除と大洗濯もして、キレイサッパリ安心の年越し。
とにもかくにも、2008年が幕を閉じようとしている。みなさま、良いお年を!
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