2006年12月のぼやき



12月1日(金)

さて、師走! いよいよ、「今年もあと○日」というカウントダウンを街中が始めた。が、このサイトでは、1月からずっと残り日数をカウントダウンしていたのだから、私のほうが “先駆け” である!

今日、新語・流行語大賞が発表された。対象の1つは、私も予想していた「イナバウアー」。トリノオリンピック前後から騒がれていたので、絶対に大賞を獲ると信じていた。しかし、この「イナバウアー」というのは、荒川静香の技の名前である以前に、その技を開発した人物の名前(イナ・バウアー)なのだが、日本では(文化変容論的に言えば)新解釈されてしまったらしい。

それにしても…、毎年思うことなのだが、新語・流行語大賞にノミネートされ、ベスト10に入った言葉の中で、「これって、本当に流行ったの?」と、首をかしげたくなるようなものが多い。昨年だったか、「小泉劇場」なんて言葉があったが、誰が日常で使用したのだろう? 今回もそう、マスコミだけで盛り上がった言葉が如何に多いことか!? こんなのは、「内輪ウケ語対象」とでもしておけ!…と言いたくなる。

今朝は今朝とて…またもやワイドビュー東海号には乗れず。体が言うことをきいてくれない。それで、在来線特急券に差額を払って新幹線特急券に替えて三島入り。が、今日は国際関係学部で印刷するべき資料がないので、講義までゆったり待機。2時限目「日本社会(留学生用)」では、先週の「外国人」「ガイジン」の話に「異人」という概念を付け加え、日本社会に浸透している誤った平等感と排外性について解説。「異人」という間隔は、諸外国にはないらしい。昼休みを挟んで3時限目「日本社会(日本人学生用)」では、水曜日に引き続いてコミュニケーションの解説。今日は、コミュニケーションの構造について具体例を挙げつつ、特にコンテキストの部分を強調しながら講義する。比較的、学生のノリが良かったような…。

国際関係学部での講義後、いつもより講師室で長い時間を過ごした(とはいえ、お茶を飲む時間がちょっと長かっただけだが…)。このところ、水曜日以降の講義後、なぜか控室に戻ってもすぐに帰途に就けるような状況(情況)ではなく、なかなか大学を出られない…。ただ、木曜日の法学部大宮キャンパスは、一緒にタクシーで大宮駅へ戻る仲の良い先生がいるので、すぐに大学を離れるが…。

15時半のひかり号で東京に出て、中央線を乗り継ぎ、水道橋へ。ここで16時半! ひかり号利用が如何に “威力” を発揮しているのか、良くわかる。このところ、金曜日は16時半過ぎに天下一品で早めの夕飯をとるのが “私の習慣” と化している。いつもはカレーセットを頼んでいたが、今日はエビフライ定食をオーダー。天下一品は “こってりスープ” に自信を持っているそうだが、私の好みはあっさりスープ。ホームページで調べてみると、やはり(?)こってりスープ派よりあっさりスープ派のほうが多いようである。

お腹が膨れたところで、法学部へ移動。講義の準備をしているところに某言語ののネイティヴスピーカーが現れ、某言語で長時間グチられる。おかげで、難なく時間潰しができた上、ヒアリングのトレーニングにもなったので良かった。その流れ(?)で、本日最後&今週最後の「社会学」へ突入! ネタバレ防止のために具体的な講義内容は書けないが、遂に最後のテーマに入ってしまった。が、いつものノリで講義が終了。

教員控室に戻るも、なかなか立ち上がれず、「疲れていますねぇ…」と声をかけられる。疲れた体でカレンダーを見ていたら、大宮キャンパスの残り講義回数の計算を誤っていたことが発覚した。「このままだと、木曜日の講義は解説を全て終わらせることが出来ない!」ということに気付き、先ほど声をかけてくださった教員に「今日は、帰宅したら講義用プリントを作らなければならないですねぇ…」と話しかけると、「先生(=私)、今夜は何もせずに体を休めたほうがいいですよ!」と諭される。そうだ、今の私には疲労を取り除くことが先決である(その証拠に、帰りに秋葉原から乗った京浜東北線で久々に意識不明に陥り、東神奈川でうっかり乗り過ごしそうになってしまった)。プリントの元は出来ているので、作業は明日以降でいいか…。

2006年最後の1ヶ月を、何とか有意義に過ごしたいのだが…。


12月2日(土)

体が悲鳴を上げていたので、午前中はずっとフトンの中…。今日はどうしても早稲田(大学ではなく、駅名)に行きたかったので、13時過ぎに起きた。が、それからアレコレ片づけなくてはならないことに手をつけ、昼食をとっていると、予想外に時間が過ぎていた!

早稲田駅に行くのは5年ぶり…。先月21日から今日まで、フォーラム・スリーというスペースにて「輝く色の三人展」というパステル画の個展(?)が開かれており、その3人のおひとりである川上博子先生からお知らせをいただいていたのである。パステル画は好きなので、一度伺おうと思っていたのであるが、平日はなかなか忙しく、最終日になってやっと時間が取れた次第である。横浜でシフォンケーキやクッキーを買い求め、早稲田の画廊に向かった。昔、早稲田駅から徒歩5〜6分のところにある学校で8年間講義を担当したことがあり、その頃と同じように横須賀線で東京に出て、大手町まで地下通路を歩き、東西線で早稲田に出てみた。この経路を使用するのも5年ぶりなのだが、結構覚えているものである。

早稲田駅を出て、夏目坂に向かって歩き、5分もすると、フォーラム・スリーに到着する。入口を開けると、「どうぞ! あっ、川上さんのお知り合いの方ですか?」と言われる。川上先生は今日、午前中に1つ、夕方に1つ講義が入っており、その間にフォーラム・スリーで私を待っていてくださったらしいのだが、私が自宅でアタフタしている間に時間が過ぎてしまい…。大変申し訳ないことをしてしまった。しかし、パステル画に囲まれて、しばし幸せな時を過ごさせていただいた。その時、「よかったら、お茶をどうぞ! せっかくお会いできたのですから…」と、お茶のお誘いをいただく。そこで、1時間ちょっとお話に加わった。

その後、早稲田から九段下まで東西線に乗り、半蔵門線で表参道に行った。そこから明治神宮方面へ歩き、キディランドに寄った。が、欲しいものが陳列されていなかったので、すぐに横浜へ戻ることにした。原宿から山手線で品川まで出て、横須賀線で横浜へ。そこで、「同行者」と約1ヶ月ぶりに再会。が、「同行者」が合流してすぐ、「荷物を1つ、電車の中に置き忘れてきた!」と言い出した。聞けば、静岡から東海道線で熱海に出て、そこで東京行きに乗り換える時、カバンを1つ持って降りるのを忘れてしまったいう。それで、すぐに横浜駅の駅事務室に駆け込み、事情を話した。しかし、「同行者」がカバンを忘れた東海道線はJR東海管轄車両…。とりあえず、熱海駅へ確認を入れてもらうことにしたのだが、熱海で車内の確認がされていなかったらしく、置き忘れのカバンを載せた(乗せた)まま電車が折り返していったことになる。それで、熱海からの行き先を確認してもらうと、「豊橋行き」になっているということまで判明。と、豊橋? 愛知県かよ? 次に車内の確認がされるのは、終着の豊橋まで待たねばならない。しかし、横浜駅の駅員さんが丁寧かつ親切に対応してくれたおかげで、落ち着きを取り戻した「同行者」であった。

結果からいうと、22時過ぎに豊橋駅から「同行者」の携帯電話に連絡が入り、豊橋で荷物を確保したしたということだった。

私も今年、やたらと電車に荷物を置き忘れたが、最近は注意深くなっていた…。が、今度は「同行者」か…!? やれやれ。


12月3日(日)

遅く起きた朝…どころか、昼過ぎまでグースカ寝ていた「同行者」と私。理由は、深夜遅くまで「FNS地球特捜隊ダイバスター」のDVDを見ていたため。昨年秋からフジテレビの深夜枠で放送されていたアニメ(?)だが、内容があまりにもくだらなくて、それなのにしばらくは毎週見ていた番組のDVDを昨日購入したのである(もっとも、購入に積極的だったのは「同行者」であるが…)。そして、DVDを見ながら、あまりのくだらなさに時を忘れ、寝不足に…。さらに、今日もダイバスターのDVDをもう1枚購入してしまった我々…。

夕方、「のだめカフェ」に行くことにした。が、その前に私が銀座で寄りたいところがあったので、東神奈川から京浜東北線で新橋に出て、徒歩で銀座7丁目へ。その後、銀座から銀座線で表参道に出て、千代田線に乗り換えて明治神宮前に出た。だが、のだめカフェへ直行せず、ひとまずユニクロへ。昨日「同行者」が東海道線に置き忘れた荷物の中には、“着替え類” が入っており、明日の仕事に着て行く服を調達したい…ということになった。幸い、我が家に「同行者」が置いていったままの衣類が少しあったので、今日はそれでしのげたのだが、「これは仕事場には着て行けないだろう?」ということで、急きょ買い物。しかし、さすがユニクロ! 「同行者」は予定をはるかに下回る低予算で調達に成功! そのまま、信号を渡った向かい側にあるビルの地下へ。そこに、のだめカフェはある。

実はこのカフェ…正式名称は「CAFE DE のだめ」という。店の前で初めて気が付いた。ここは、「のだめカンタービレ」をモチーフにした(というより、「のだめ〜」ドラマ内で登場した料理を食べられる)スペースである。今年は講義でマンガやアニメ、ドラマなどをたくさん利用しているが、「のだめカンタービレ」にもお世話になっているので、そのお礼(?)も兼ねて訪ねてみた次第。今日は幸いにも「CAFE DE のだめ」のメニューのみの営業だった。料金も量も味も満足状態で、さらに店内には「のだめの部屋」を再現したコーナーもある。ドリンク類のコースターは、「のだめ〜」に登場する「プリごろ太」のキャラクター! お腹も視覚も満足して店を出た。

「CAFE DE のだめ」のポスター
プリごろ太のコースター
のだめの部屋(再現)

さて、明日からまた、新しい1週間の講義が始まる。ちゃんと準備しておかないと…と思いつつ、DVDを再生しようとする私がいる。


12月4日(月)

「同行者」は、朝イチで静岡へ。私は午後イチで今週の仕事がスタート! だが、何だか体が思うように動かない。にもかかわらず、気分は悪くない…というより、爽快な感じさえした。不思議な感覚だった。

3時限目、日大看護の「社会学」も気が付けば今年は来週で一旦講義終了。話が途中で終わって年越ししてはならない…という焦りもあって、先週解説できなかった部分および補足に45分もかかっていた。完全に、時間配分のミスである。だが、その後、「地位−役割セット」の「地位」の解説がテンポ良く進んだので、ちょっと時間オーバーしてしまったものの、予定していた内容は全て解説終了! これで、来週の講義が少し楽になる…。

今日も先週に引き続き)どうしても「品川丼」が食べたかったので、講義後に急いでバス乗り場へ向かい、池袋で銀行に立ち寄ってすぐに山手線に乗り込み、東海道線ホームの常磐軒へ! そして、今日も大盛り500円…。何ということのない丼なのに、なぜかウマイ! 私のツボにハマりまくりである。おまけに、食べ終わったらすぐに16:07発のワイドビュー東海号に乗り込めるロケーションがいい!

三島に到着すると、思いっきり空気がシンとしていた。「冬だなぁ…」という感じになる。私は、夏なら夏でアツアツで、冬なら冬でヒエヒエで…というのが好きなのである。中途半端な気候は大嫌い! 例えば、朝起きて「何を来て行けば良いのやら!?」というのが嫌いなのである。

だが、寒さを味わうのも変なので、国際関係学部まで早足で(“足早” ではない!)向かった。秋期エクステンション講座も、今日と来週で終了してしまう。あっと言う間にここまで来たんだなぁ…と思うと、虚しいような切ないような感じがする。なのに、今日の内容は「帰納法と演繹法」そして「疑似因果関係的解釈」などなど。虚しさも切なさも吹き飛ぶような内容である。途中でマジックを披露したりして(これも、疑似因果関係に関連するのだが)、あっと言う間に90分が過ぎた。

今夜は在来線で帰ろう…、そんな気分だった。もっとも、例の「同行者」が荷物を電車に置き忘れた際に、横浜駅の駅員さんがとても丁寧に対応してくれたので、そのお礼を言いに行くことにしていたので、「新幹線で新横浜に出てしまうと、きっと東神奈川で降りたくなってしまうだろう」ということもあり、東海道線を乗り継いで帰途に就いた。2006年の残りは、1日1日を大切に生きていこうと思った。


12月5日(火)

今日を一言で表すなら、「アノミー(anomie)」もしくは「アノモス(anomos)」である。午前中も午後も、夕方も、講義内容は偶然にも全て「アノミー論」。だが、それ以上に「アノミー」だった一日…。

午前中、講義に入ってすぐ、学生の私語を6回注意した。最初の注意から次の注意まで、その間およそ1分…。そして、講義中もダレた雰囲気の学生が教室の半分を占めていた。どういうわけか、今日は教室に “しまり” がなかった。黒板に「問題行動の…」と書いたところでまた、学生の半分がダレる。板書を消して、7回目いの注意。そして、先週まで解説していた「問題行動の根源」の話を繰り返し、「まさに講義内容の通りのことを、みんながしているじゃないか!?」と警告するも、効果なし。ダレた学生を無視して講義を再開しようと思い、「問題行動の誤対処…」と書いたところで、またダレる。そして、8回目の注意。さらに、「この状態が続くなら、講義を放棄する!」と宣言するが、改善の兆しなし。そこで、暴言を吐く私…。そして、退場。その後、心ある学生が(泣きながら)控室にいる私を呼びに来たが、「今日はもう、教室には戻るつもりはないから…」と言い返す。すると、「教室で、みんなで話し合います」とのことだった。どうやら、いつも真剣に講義を聴いている学生たちが中心になり、今後の講義への向き合い方を話し合ったらしい。しかし、本来 “反省するべき学生たち” は不真面目で、ある意味 “被害者である学生たちが” 反省文を書いてきた。そして、「来週も講義してください。お願いします」と20名近くの学生たちに懇願される。「いや、君たちじゃなくて、ふざけた態度の学生たちから、その言葉を聞きたいんだ!」と心で叫びつつ、冷たく「じゃあ、来週…」と大学を離れた。

私が暴言を吐いた理由と、教室を出て行った理由は…と聞かれたら、ちゃんと説明できる。暴言の理由は、(1)学生たちの私語が、私の教員生命を殺しにかかっていたこと、(2)学生たちの私語が如何に私を不愉快にさせていたのか、疑似体験させるため、(3)教員の注意を受け入れないことによる不利益を理解させたいため、(4)学生たちの私語が、教員やマジメな学生へ如何に迷惑をかけていたのかを自覚させるため…という理由(最後の理由は、“いじめ” の構造とも似ている現象への対処)。だが、これらは見事なまでに空振りしたらしい。教室を出て行った理由は、ただ1つ。今日の講義内容は、極めて重要なファクターを含んでいた。だから、半分の学生はマジメに解説を聞いて理解し、半分の学生は私語に勤しんで講義内容を理解せず…という状況に陥ること必至である。そうなると、教室にいる学生の半分しか単位認定されないことになる。講義を進める危険性を感じた私は、退出する方法を選んだのである。

しかし、わかっていない学生の何と多いことか!? 今日は、アチコチでアノミー化した学生集団を見た。なぜか、妙に目についた。

今年もあとわずか…というところで、この有様。私の人生は、いつも「あと一歩」というところで何かが狂う。


12月6日(水)

心身ともに、限界状態に達しそうな感じである。三島へ向かう新幹線で、そんなことを感じた。三島駅から見た富士山は、きれいな白い雪を戴いていて、その勇姿が誰にも邪魔されずハッキリしていた。そして、ちっぽけな私…。

国際関係学部の講義は、そろそろラストスパートに入る準備に差し掛かってきた。1時限目「日本社会(日本人学生用)」では、「そろそろ、日本人の解説に戻らないと…」ということで、以心伝心を中心に解説した。この、日本人的なコミュニケーションの構造を説明しながら、ふと「現代の日本で、この以心伝心がちゃんと伝承されているのだろうか?」という不安が募った。それに加えて、昨日の悪夢…。無理やり自分を盛り上げ、かなり明るく講義し続けた。おかげで、講義後は脱力状態…。

講師室で経済学の教員から「どうして、現代の若者は公共性がないのか?」ということで質問を受ける。まさに、アノミーの世の中で、「公」と「私」の比重が逆転してしまっている若者の行動パターンについて、いくつかの例を挙げて説明させていただいた。

そして、最近お気に入り(?)の、在来線と踊り子号との乗り継ぎで、品川に出た。今日はいつもとは違い、目黒で山手線を降りず、渋谷に出た。そして、田園都市線に乗り換えて桜新町へ。目黒からバスに乗って日体大和泉キャンパスへ行くよりも歩く距離は長くなるが、いつもより早く到着した。来週も、この方法で移動しよう!…と思いきや、来週は国際関係学部が休校で、自宅から直で日体大入りすればよいというオチがついた。

さて、4時限目「社会学」は、今日から最後のテーマ。年内の講義は、今日を入れて3回。そして年明けに1回なのだが、この1回で終講試験を実施するので、実質残り講義回数は3回。テーマを「基本的人間関係の再考」としたが、社会学的「恋愛論」である。学生は女子だけなのと、以前こんな内容の話が聞きたいというリクエストもあったので、それで最後に “サービス” のような講義を実施する次第。だが、社会学の講義であるが故、彼女たちの期待に100%応えられるものではないのも事実。それでも、今日の講義は異様な盛り上がりだった。私も含めて…。昨日の悪夢と同じキャンパスでの講義なので、それを払拭する目的もあってのことである。

今日の仕事を全て終えた後、気分転換に新橋へ行った。そこで、以前から入ろうと思っていた牛めし屋に行き、看板メニューの牛めしを食す。すき焼きがご飯の上にのったようなものなのだが、なかなか私の好みに合っていた。そして、駅界隈をブラブラ歩き、東海道線で横浜に戻った。

電車内にいる時は、「横浜に着いたら、寄り道しないでまっすぐ帰ろう!」と決めていたのだが、横浜駅のホームに降り立った瞬間、書店に寄りたくなった。それで、書店のマンガ売り場へ行き、『ドクタースランプ完全版』の最新刊を購入した。これで4巻目…。まだまだ、先は長そうだ。

いろんな意味で…。


12月7日(木)

起きていても妙なことばかり考えるし、蓄積された疲労も取れない…ということで、昨夜は22時前にはフトンの中にいた。これだけ早寝すれば、明日(=今日)は早起きできて、通勤ラッシュ前の空いた列車に乗って…などと思ったのだが、夜中に何度も目が覚めたり、携帯電話に着信があったりして、結果的にはいつもと同じ。疲労の抜けない朝を迎えた。

いつもと同じ時間に文京学院大学に到着したところで、朝食を買い忘れたことに気が付いた。まだ、脳が眠っていたらしい。そういえば、文京学院大学までどうやって来たのか、一部記憶がない。仕方がなく、バッグの中から非常用(?)のカロリーメイトの箱を取り出し、食す。そして、とりあえず講義の出来る体勢になる。1時限目「フィールドワーク論」では、実際にフィールドに出た時に起こり得る諸問題について解説しつつ、コミュニケーション上の問題を指摘する。諸問題の1つは、実際に私がやって見せたほうが良さそうだったので、手品(!?)で説明した。最初、学生は私の手品に感心していたが、タネあかしをしたところで講義内容と一致することに気付いた模様。中には、タネあかししたのにもかかわらず「ぽわ〜ん」としたままの学生も…。

定時で講義を終え、大宮キャンパスへ向かう。が、カロリーメイトだけでは腹がもたず、ふじみ野駅前で豚丼とサラダを食べて東武東上線に乗り、川越経由で大宮に出た。川越線内で、公共心のないJK中学校の生徒たちと出くわし、不愉快になる。奴らは、自分の食べたお菓子の屑を座席のと背もたれの間に押し込んだり、座席の下に放り込んだり、大声で話しまくったり…と、やりたい放題。私が結婚して子供が出来ても、こんな生活指導しかできないJKには絶対入学させたくないな…と思った。JKは、“ファスナーの詰襟” という特徴的な制服の上、スクールバッグにもJKと書かれているので、黙っていてもJKの生徒だとわかってしまう。制服には、集団意識を高める目的と、学校の宣伝という2つの側面があると思われるが、こんな奴らは学校としてもマイナスイメージを煽る以外の何ものでもない。

法学部大宮キャンパスでの3〜4時限目「社会学」は、火曜日のクラスで先月実施した実験演習を行った。実験そのものは盛り上がったようであるが、果たして学生たちはどんな感じでこの実験をとらえたのだろう? 4時限目の最中、韓国人留学生が韓国語問題で悩んでいた。韓国ではあまり漢字を使用しないため、なかなか手こずっていたようで、私が他の日本人学生にわからないよう韓国で説明をすると、「えっ? こんな漢字を書くんですか? 初めて知りました」と驚いていた。そういう意味では、この実験は面白かったと思う。しかし、木曜日のクラスに残された講義時間は、今日を入れて3回しかない。本来なら、今日も講義を行うべきだったのだが、やはり全学生に同じような経験をしてもらう必要があると思い(この件で、昨晩まで悩み続けた)、今日の実施と相成った。

講義後、いつものようにタクシーに便乗させていただき、大宮駅へ。今日は高崎線で上野に出て、山手線で品川に出た。そこで東海道線ホームに移動し、またもや品川丼を食べ、そのまま東海道線で横浜に戻った。最近、品川丼中毒にかかっているようである。

さて、今夜も早寝しよう。でないと、倒れてしまう…。


12月8日(金)

また今年も、この日がやって来た。26年前の12月8日…、ジョン・レノンの暗殺された日である。あの時、中学2年生だった私も、あと2ヶ月足らずで四十路に入る…。そして、65年前の12月8日は、真珠湾攻撃の日。いずれにせよ、12月8日というのは歴史上あまり明るい話題が思い当たらない日である。

昨夜、早寝しようと心に決めたのに、なかなか講義の準備が終わらず、結局フトンに入れたのは日付の変わる寸前…。当然、朝は起きることが出来ず、相も変わらず新幹線通勤となった。しかし、講義の準備が終わったワケではなかったので、半ば “ぶっつけ本番” 的な状態に…!?

国際関係学部に着くと、まずは昨夜の準備の続きをする。が、なぜかこういう時に限って(?)様々な書類に目を通さなくてはならなくなる。結局、大した準備も出来ないままに2時限目「日本社会(留学生用)」に突入! 今日から次の(最後の)テーマに入るため、いつもよりも緊張しつつ教室に入る。教室の様子を伺いながら、結果的には日本人の「国際」という言葉に関する感覚を解説して終了する。

昼食時、「次年度の講座担当依頼がメールボックスに入っていますよ!」と教えられ、急いで中に入っていた封筒を取り出す。開封すると…、昨年と担当講義に変更がないことを知る。が、開講時期に変更があり、時間割にも変動があることが容易に想像できた。それで、教務課に確認すると…。詳述はしないが、ある出講先の講義を断る覚悟を決めた。

3時限目「日本社会(日本人学生用)」では、小田和正監督作品の『いつか どこかで』を使って、映画のシーンにおける日本人的なコミュニケーションについて解説する。この映画、小田和正の経歴などをシッカリ知っている人であれば楽しめるのだが、何にも基礎知識がない人が見ると、最初の40分は退屈らしい。今日は、その退屈な部分から盛り上がりの部分への入口までを上映。社会学的に映画を鑑賞するとこうなる…という方法を指示しただけで講義は終了。

講義後は、いつものようにひかり号で法学部へ向かった。いつものことながら、あっと言う間に到着してしまうひかり号の中では、仮眠するのもタイミング的に難しい。出来るだけ寝ないようにしているのだが、今日は小田原を過ぎたあたりから品川までの記憶がない。

法学部の講義は、今日から出欠調査をしないことにした。以前から、名前を書いて教室を抜け出す者(体育系女子)がいたり、仲間の名前を書く者(体育系女子)がいたりして腹立たしく思っていたので、黒板に「講義を聴く目的の学生だけ出席してください」と書いておいた。が、教室にハッキリした変化はなかったような…。しかし、今日の場合、「せっかく大学に来たんだし、次の時間も講義があるし…」ということで教室に残っていた可能性もあるし、よくあるパターンとして「今週はお前、来週はオレ」的に順番に出席する可能性もある。この時期になると、“最後の出席稼ぎ” や “試験情報目当て” の学生が多発する。最近、その悪質度が増すばかりで、虚しい。

「一喜一憂」「一難去ってまた一難」という一週間だったような…。


12月9日(土)

愛知県に住む難病の少女が、アメリカでの臓器移植手術に成功したというニュースが入ってきた。実は、某掲示板サイトで、この少女の支援者たちを誹謗中傷している書き込みを読んだことがある。「募金を何に使うか不明」「うさんくさい」などというのは序の口で、「身銭を切れ」「募金で豪遊」というようなものまであった。もし、自分の子供が難病で、日本では手術が受けられず、渡航費や滞在費、治療費などに膨大な資金が必要で、支援者が現れたのにもかかわらず、“匿名でしか物が言えない哀しい人たち” から攻撃されたら、どう思うのだろう? いや、哀しい人たちは “人間関係を持つスキル” に乏しい者が多いだろうから、そんなこともわからないのだろう。自分がそういう目に遭って、初めて気付くのだろう。義憤を覚える。

今日の天気は、一日中ハッキリしなかった。雨が降ったりやんだり、何度も地震がきたりして、今の私の心情を表しているかのようであった。しかし。クヨクヨしていたって、運勢が変わるワケではない! 気持ちを入れ換えて(現実をキチンと受け入れて)歩いて行かなくてはならない…。わかっちゃいるけど…♪

夕方、横浜に出かけた。好きこのんで雨降る寒い中を出かけたワケではなく、食料のストックもなく、書店にも行きたかったので、それで思い切って外に出たのである。「そろそろ、ダウンコートが…」と思ったのだが、見当たらない。それもそのはず。「同行者」宅で預かってもらっていたのである!

横浜に着いて、横浜ポルタへ。まずは書店で買い物。かなり空腹感があるので、急いで食事に行こうと思ったところ、ポイントが500以上になっていたので(昨日から、ポイント3倍フェアが始まっていたらしい)、500円分の金券に引き替えてから食事をすることにした。が、金券発券機にポイントカードを入れたところ、機械がウンともスンとも言わず、カードを飲み込んだまま。やがて、「カードが詰まりました。カードインフォメーションセンターへ連絡してください」と書かれた画面と電話番号が出てきた。「機械の不具合なのに、私が電話代を払って連絡しなくてはならないのかね?」と “ちょっと” ムッとしたが、「現実をキチンと受け入れ、全てを許すところから道が切り開けるのではないか?」と思い、文句も言わず、係員の来るのを待った。3分ほどして、係員(というより警備員)が現れ、「さっきも1件、こういうことがあったんですよねぇ…」と事も無げに言い放った。「オイオイ、それって、機械の不具合を知っていて放置したってことかい?」と心で叫んだが、成り行きを眺めることにした。しかし…この警備員、機械のカギも持たずに現れた。アチコチいじった(たたいた)後、警備員は無線で営業部に連絡を入れ、そこで営業の人間が現れ、機械を開け、まずカードを救出した。エラーメッセージが現れ、カードジャムを起こしたことを知る。機械を元に戻して、もう一度カードを入れてみるが…。それで、別の金券発券機を利用することにしたが、不具合を起こした発券機は目指すお店に近くて、これから向かう発券機はちょっと離れていて…。

500円分の金券を入手した後、よく利用する中華料理店に向かった。ここで麻辣麻婆豆腐定食を注文…というか、最近はずっとこればかり。麻辣麻婆豆腐は、普通の麻婆豆腐より辛さが強く(大からレベル!)、山椒が心地良く効いている。おまけに、ご飯はおかわり自由なので、唐辛子と山椒の刺激でご飯が何杯でも食べられる。が、今夜は3杯でやめておいた。麻辣麻婆豆腐を食べている最中、頭の毛穴がバァ〜ッと開くのが良くわかった。そして、大量の汗…。「こんな状態で洗髪すると、サッパリするんだろうなぁ…」などと思いつつも、とりあえず「おかわり、お願いします!」と店員さんをつかまえることに必死な私…。

食後、汗がひくまで外に出るのは危険と判断した私は、しばらく暖房の効いた地下街をアチコチウロウロ…。そして、適当な頃合いをみて、京浜急行に乗り込んだ。雨の勢いが若干ではあるが弱まっていた。

何だか、パッとしない週末だなぁ…。


12月10日(日)

昨夜から、頭痛が気になっていた。「また、群発性頭痛?」などと不安になったが、私の経験上 “群発期” に入りかけているらしいことはわかる。ただ、軽度だったので「寝れば治るかな?」程度にしか考えていなかった。

が、未明に激しい頭痛で目が覚めた。明らかに、群発性頭痛の症状である。目の奥が片方ずつ激しくえぐられるように痛む…。通常、片目ずつのハズなのだが、私の場合は両目いっぺんに襲われることもしばしば。そして、光の刺激が痛い。しばらくフトンの中でうずくまっていたが、とても耐えられそうもないので、起きていつもの薬と鎮痛剤を服用して様子を見た。それで午前中は終了。ただ、11時半過ぎに復活の兆しが見えてきた。そして、午後に突入。

すっかり(?)復活した私は、パソコンを起ち上げつつ、洗濯をし、某学部で実施された卒業試験の答案用紙を宅急便で受け取り、メールチェックをし…と、日曜日らしいような日曜日らしくないような過ごし方をしていた。ここ数日、忙しかったのと天気が悪かったのとで、なかなか洗濯が出来なかった。今日やらねば、大変なことになる…。が、全自動洗濯機の威力は凄まじく、あっと言う間に作業完了!

天気がそこそこ良かったので、気分転換に出かけることにした。昨日の寒い雨の一日とは違い、今日は “やや” 暖かな一日だった。だが、昨日と変わり映えのない行動パターン…。横浜に出て、とりあえずアチコチ見て回り、早めの夕飯をとり、運動不足をちょっとでも解消するべく家まで歩いて帰った。

せっかくの休日である。日頃の疲労を取り除いて、残りわずかの2006年を元気に乗り切りたいものだ。


12月11日(月)

今日で、日大看護の年内の講義が終了。そして、国際関係学部のエクステンション講座が終講した。看護のほうは、年明けにまだ3コマ(うち1コマは終講試験)あるのだが、エクステンション講座はこれで2006年度の講座担当を全て終えたことになる。春期10コマ、後期10コマ…、それぞれにテーマを変えて語ったのだが、最初は「社会人を相手に10コマ、語れるのだろうか?」と思いつつ過ごした90分も、今ではあっと言う間に過ぎたような感じがする。

ところが…、昨日に引き続き今朝も群発性頭痛の症状が!? 今日は絶対に仕事を休むワケにはいかないのだ! それで、昨日と同様の処置をして、寝ていられるギリギリの時間までフトンの中にいた。そして、痛みが鎮まったところで身仕度を調え、いつもの湘南新宿ラインに乗って、いつものように池袋に…と思いきや、京浜東北線の線路内に人が立ち入ったため、あたりの列車がすべて緊急停止…。どうせ、誰か身勝手な輩が遮断機の下りている踏切を渡ってしまったのだろう。おかげで、池袋にはいつもより遅れて到着。いつものバスには乗り遅れた。

年内最後の看護の「社会学」に入る前、列車の一件以外にもいろいろあり、講義を担当できるほどの精神状態ではなかったような気がする。が、“年内最後” という言葉の響きが私を後押ししてくれたようである。そして、とりあえず区切りの良いところで講義終了!

池袋に戻り、遅い昼食をとる。「今の自分に打ち勝つために…」という目的で、カツを食すことにした。が、カツ丼がいいか、カツカレーがいいか…と悩んだが、「今の自分の弱さ(チキンぶり)に勝つ!」という意味も込めて(かなりいい加減なこじつけだが)、チキンカツカレーにした。

食後、湘南新宿ラインで横浜に戻り、ワイドビュー東海号で三島へ。私が三島に到着するころには、とっぷり日が暮れていて、国際関係学部へ向かう道すがら、何人もの学生に挨拶をされるが、最初は誰か気が付かないほど。

そして18時半、今期最後のエクステンション講座に入った。今日は最終回なので、「今まで解説してきた内容の実践」ということで、実験演習をした。段取りから実験の開始、流れまで、受講生に(今までの講義内容の実践のために)任せることにした。そして、その流れを要所要所でコントロールするのが私の務め。結果的には、予想を遥かに超えたレベル(?)で実験演習が終了。その後、修了書を授与。ちょっと切ない感じがした。

講義中は楽しく展開してきたが、帰宅後はいつもより首を念入りに洗った私であった。


12月12日(火)

いつもよりも早く起き、いつもより早い電車に乗り、いつもより早く日体大和泉キャンパス入りした。「今日は、昼に一時雨が降る…」という予報だったのだが、朝から雨の降りそうな雲行き…。おまけに、私の心も雲行き怪しい…。ちなみに、昨日から私は大きなバッグを持つことをやめ、かなり小さめなバッグで移動することにした。このところ、群発性頭痛が再発しているため(土曜の晩から、激しい痛みに苦しめられているので)、出来るだけ肩に負担をかけないようにしているのである。昨日、それで具合が良く、今日も朝は頭痛に悩まされることなく済んだのだが、講義開始時から夜までずっと激しい痛み…。おまけに、その小さなバッグから折りたたみ傘を出したりしまったり…。

1時限目「総合科目B」は、進度と展開をちょっと変更することにした。話すことがたくさんあったので、先週のうちに板書事項をプリントしておき、それを配布して延々と語ったが、激しい痛みが私を襲いだし、ペースが狂う。早めに教室を出る予定だったが、チャイムが鳴るまで話は終わらず。

桜新町へ歩いている最中、ポツポツと雨が降り出した。ただでさえ寒いのに、それに激しい痛み…。とりあえず、傘をささずに走って桜新町駅へ向かうことにした。そして、いつもの電車に乗り、いつものように大宮へ移動した。そこで見た光景は…傘、傘、傘!? 遂に、傘なしでは歩くのがツライような降雨となってしまった。どうして私は、いつも火曜日の大宮で雨に降られるのだろう?

3時限目「社会学」は、話を短くまとめようと思えば簡単にまとめられるハズだった。が、激しい痛みのために思考回線がショートしっぱなしで、規定時間をほとんど使ってしまった。結果、バスで移動するような余裕もなくなり、タクシー利用。あぁ、せっかく朝はタクシーに乗らずに済んだのに…。

しかし、タクシーはお金がかかる分、乗り心地と移動効率は優れている。それで通信教育部に遅刻せずに到着したので、まぁいいか…と思うことにした。

5時限目「社会学」、この時間は本来先週で終講するハズだったのだが、9月に1回休講してしまっているので、実は今回は補講扱い。しかし、昼間スクーリングの終講であることに変わりはない。今までの「まとめ」として日本社会の特徴を語り、論文やレポートのまとめ方について伝授する。25回の講義で何を伝えられたのか、今年度は不安だらけであった。「移動」を理由にしてはいけないが、あっちで1コマ講義をしたかと思えば、次はこっち…というように、慌ただしく動き回っていたので(仕事があることは、とってもありがたいことである。それは良くわかっている)、息切れ状態で講義していた感がある。来年度は、時間割をもっと吟味して、移動を極力減らさなくては…と思った。自分の体力を過信してはならないと思った。それでも、4月からずっと私の講義に向き合ってくれた通信教育部生には、心から感謝したい…と思うが、来週は終講試験!? まだ、緊張と移動の日々が続く。

結局、帰宅する直前まで激しい痛みが抜けきれず、帰りの京浜東北線は痛みを忘れるためにずっと寝ていることにした。車内が暖かかったこともあって肩がポカポカ温まり、少しではあるが痛みが緩和されたのだが、「あとわずかで家…」というところで踏切につかまってしまった。過密ダイヤのせいで電車がチンタラ走行しているため、遮断機が下がっているのに電車が見えない…という状態が何分も続いた。せっかく温まった肩が冷えてしまい、再び激しい痛みに…。


12月13日(水)

今日は、国際関係学部が(附属高校の面接日のため)休校である。そのため、いつもの水曜日より睡眠時間がタップリとれたのだが、なぜか再び群発性頭痛…。やはり、群発期に入ってしまったのだろう。いつもの薬に、とっておきの薬を久々に同時服用するが、痛みの激しさは増すばかり。

だが、今日はどうしても仕事を休めない。簡単に昼食をとった後、まずは日体大深沢キャンパスへ出向き、「書類」を提出してきた。そして、和泉キャンパスへ。いつもより早めの到着である。講義の準備時間が十分にとれたので、万全の態勢で講義にのぞめた。そして4時限目「社会学」は、先週から始めた「基本的人間関係の再考」…社会学的「恋愛論」の続き。こういう話題だと、全員とは言わないが大部分の学生が盛り上がる。そのノリの良さのまま、あっと言う間に90分が過ぎた。

講義中から雨が降っていた。ただでさえ寒いのに、雨まで…。朝から「講義後は、渋谷へ行こう!」と決めていたのに…。が、雨が降ったくらいで予定を変更する私ではない! 桜新町駅まで傘をさして歩き、田園都市線で渋谷へ行き、ヤマハ渋谷店へ。この店には、私の高校・大学時代の輩が勤務しているのである。この後輩とは長いこと会っていない…。ちょうどアコースティックギターとエレキギターの弦を張り替えなくてはならないので、「だったら渋谷で…」と思い立った次第である。さて、ヤマハの店内に入り、ギター売り場を目指すと、そこに…見覚えのある男が!? 私が弦を見ていると、昔のノリで私に話しかけてきてくれた。その後、弦をネタに話が弾み、「こんなに話していて、いいのかい?」と私が心配になるほど話し続けていた。再会はとても嬉しかったが、ギターの弦の価格が下がっていることにも驚き、ギターに関して浦島太郎状態になっていたことを思い知った。この後輩は、小林さんと大学卒業後もずっと連絡を取り合っていたということもあり、今回の情報も小林さん経由であった。「今度、3人で会おう!」という約束をして、再び雨降る渋谷の街へ。

今すぐギターの弦を張り替えることは出来るのだが、今夜はちょっと我慢して、週末に “あの頃” を思い出しながら張り替えることにしよう。


12月14日(木)

ここ1ヶ月ほど、デーバッグで仕事に行っていた私であるが、今週はちょっと小さなバッグを持って、肩や腰への負担を軽減している。デーバッグや小さなバッグ…と書くと、「何だかふざけているのでは?」という誤解をされそうだが、荷物が多い時はデーバッグがいちばん楽なのである。だが、今は体調を考えて…。それに、デーバッグと現在使用しているバッグは以前から所有しているもので、両方の値段を合わせると相当の額になる…って、これは仕事と関係ない話。

小さなバッグで仕事に向かうと、「これで十分に事足りるとしたら、今までの “あの” 荷物は一体何だったんだろう?」という気分になってくる。もっとも、極力荷物を減らす努力(講義用ファイルから、当日必要分のみをクリアケースに差し替えておく…など)をして小さなバッグに押し込んでいるのであるが。でも、やはり今使っているバッグにも限界はある。デーバッグの前に使用していた仕事用バッグも現役としてまだまだバリバリ活躍できるものであるが、大きさが中途半端で、今の私が使い続けると肩と腰に “くる” のである。だから、中ぐらいのバッグが欲しいところであるが、先立つものが…という問題がある。とりあえず、節制することにしよう。今年も、残りわずかだし…。

さて、今週からアチコチの出講先で授業アンケートが本格化する。匿名性なので、好き勝手書かれることもしばしば。私が学生時代には、授業アンケートなんてものは存在しなかったし、大学の教員が絶対だった。しかし…。

1時限目、文京学院大学の「フィールドワーク論」では実験演習を行い、残り時間でアンケート。人数が少ないせいか、あっと言う間に回収が終わる。そして、3〜4時限目、法学部大宮キャンパスの「社会学」では最初にアンケートを回収し、(他の曜日と比べると)数週間遅れでアノミー論の解説に入った。

アンケートの自由記入欄…いつも、「一部の学生の記述こそが、アノミーじゃないか!?」と思う。まるで、掲示板サイト。あと、4科目…。

帰途、今井医院で受診。血圧は落ち着いているものの、まだまだ予断を許さぬ(?)状態である。


12月15日(金)

今朝は、どういうワケか「早く出かけなくては!?」という気持ちが強く、久々にワイドビュー東海号で三島入りした。担当は2時限目からだが、国際関係学部に到着したのは9時過ぎのこと。講義用の配布物の印刷をするが、10分と経たないうちに終わってしまった。講義開始まで、ひたすら講義ノートとにらめっこ。

2時限目「日本社会(留学生用)」で、最初に中国人留学生から「ふかし芋」をもらった。何だか、妙な気分である。講義内容は、前回から始めた「日本(人)的国際観」で、今日はグローカリゼーションglocalizationの日本的特徴の解説。ついでに(?)、「マクドナルド」の英語・中国語・韓国語・日本語の比較もした。お国変われば表現変わる…という例を示した。学生のウケは上々…だったと思う。

3時限目「日本社会(日本人学生用)」では、先週金曜日に『いつか どこかで』を使用して日本(人)的コミュニケーションについて解説したが、「最後まで、作品を鑑賞したい」という雰囲気が教室の大部分を占めているのを確認していた私は、「今日、そして来週の水曜日に分けて、『いつか どこかで』をすべて上映します!」と学生に伝え(ここで、若干ではあったが「おぉ〜っ!」という声が上がる)、要所要所で再生を止めながら解説を入れ、とりあえず講義の体裁を整えた。

三島駅からひかり号で法学部へ向けて移動するのも、年内は今日が最後。じっくり、その移動を味わおう…と思ったが、夜の講義前に疲れを取り除こうと思い、仮眠を取ることにした。が、ひかり号は速い! アッと言う間に東京到着! だが、少しでも眠っておけば、それで疲労の抜け方も幾分異なる。ちょっと体が軽くなったような感覚で中央線ホームへ移動。そして、これまたアッと言う間に水道橋に到着! 明日、静岡へ行くことになっていたので、乗車券と特急券を購入する。

いつもの金曜日は、水道橋で早めの夕飯をとって、それから法学部へ向かうことにしているが、今日は三島でもらった「ふかし芋」の腹持ちがよく、寄り道せずに法学部入り。よって、かなり講義の準備時間を確保することになった。18時になり、教室へ入ると、先週と変わらぬ人数の学生…。出欠をとらないと言ってあるのに、多くの学生がそこに集まっていた。有り難い限りである。そして、年内最後の講義は、日本人の「甘え」に関する諸現象だった。

今日は、全ての講義で授業アンケートを実施した。昨日もそうだったが、科目によっては「お前、自分がこんなこと書かれたら平静でいられるか?」というような腹立たしい記述も数件あったが、全体的には私の講義を好意的に評価してくれているようであった。

講義後、明日の静岡行きが取りやめになることが判明した。帰り、横浜で明日使用するつもりだったキップを乗変し、水曜日の三島勤務用のものにする。さらに(?)、「人志松本のすべらない話 其ノ弐」のDVDを購入。静岡に行ったつもりで購入…である。第1弾も持っているので、おそらく今後ずっとリリースされるごとに買ってしまうんだろうなぁ…などと思いつつ、家路に就いた。このDVD、講義で使えないものか?…無理かな。


12月16日(土)

久々に、カット&パーマ! 10時過ぎ、藤沢でカット開始。いろんな意味で、バッサリと! そして、じっくり時間をかけてパーマ。夕方には帰途に就いたが、「頭が軽くなると、こうも体が機敏に動くものかねぇ…」と思えるほど。思い切って(?)バッサリ髪を切って良かった。

帰宅して、洗濯をする。今週も多忙につき、洗濯を平日に行うことが出来なかった。とはいえ、一人住まいの洗濯物は、全自動洗濯機が1回で洗い上げてくれる(かなり洗濯槽に負担がかかっていたと思うが…)

洗濯物が多かったので、洗剤もその分だけ多めに使わなくてはならない。その結果、洗剤を使い切ってしまった。「明日、買いに行くか…」と思っていたところへ新聞屋さんが!? 「新聞の継続、お願いします」と言うので、「洗濯洗剤、ある?」と聞くと、「ございます」と…。これで、わざわざ洗剤を買いに行く手間と費用を節約することが出来た。それにしても、いいタイミングで来てくれたものだ!?


12月18日(月)

無茶したい時もある…。その無茶が楽しければ「無茶」とは言わないのかも知れない。昨日、小林さんのお宅に伺い、夕方から飲み続けた。スーパーでアルコール類とつまみ類を買い、それを持って帰って宴会開始! アッと言う間に時は過ぎ、宴会は5時間以上に及んでいた。そして帰途、地下鉄で横浜まで出たのは覚えているのだが、その後どのように家までたどり着いたのか、ハッキリとした記憶が無かったりする。もっとも、パスネットの記録によれば、地下鉄を降りた後、京浜急行に乗り換えているのだが…。

昨日から肩がパンパンに張っていて、今日もそれがバシバシと私に襲いかかってきた。今日は仕事がなかったので、無理して起きる必要もなく、しばらくフトンの中で過ごすことにした。が、肩のパンパンは頭痛まで引き起こし、ガリバーのように(?)フトンにがんじがらめ状態!? それでも夕方前には体調を取り戻し、何か食べようと思ったが…何もない!? まだちょっとヨロヨロの体で近くのコンビニまで行き、「消化によいものを…」とアレコレ見て回り、コンロで(直火で)作るうどんを数個購入。うどんのおかげで、こうしてサイトの更新が出来るまでに回復した。

その後、勢い余って(?)赤飯おむすびを食べたところ、しゃっくりが止まらなくなってしまった。横隔膜までおかしくなっているのか?

すでに年内の講義(または今年度の講義)が終了したところもあるが、だいたい年内の講義が終わるのは今週である。まだまだ、気が抜けない状態が続く…。

体調が完全復活したワケではないので、気の利いたコメントもつけられない…。こういう時は、無理せず慌てず…で!


12月19日(火)

朝、机のファイル類が雪崩を起こした音で目が覚めた。時計は点5時半!? もう起きてしまっても良かったが、昨日の不調ぶりを考えると、体を休ませられるだけ休ませておいたほうが良いのではないか…と考え、雪崩を簡単に片づけた後、1時間ほど再睡眠。おかげで、寝起きはスッキリしたものだったが、鏡を見てビックリ! 私の両目が二重になっていたのである。私はふだん一重だが、疲労がピークに達すると二重になる。一重が二重になるだけで、人間の顔は雰囲気が著しく変貌する。「まだ年内の仕事が残っているのに…」と心でつぶやき、身仕度を調えた。

家を出る前に、もう一度だけ鏡を覗いた。まだ、二重…。しかし、「両目とも二重になっているので、今日の講義を休ませてください!」などと電話するワケにもいかず、意を決して(?)家を出た。反町駅で東横線の時刻表を見ると、次の各停は自由が丘まで急行にも特急にも連絡がない…ということは、反町で座れなかったら、いつまで経っても座れないということを意味する。案の定、満員ではないものの座席は全て占拠されており、その席が空く気配もなかった。「たしか、元住吉まで行けば始発電車があったハズ!」という記憶が過ぎってきたが、一刻も早く席に座りたかった私は、菊名で北千住行き始発列車に乗り換えた。そのせいで、都立大学駅でバスを10分以上待つハメになったが。

8時半過ぎ、日体大和泉キャンパスに到着。校舎内がまだ暖まっておらず、みんな「寒い、寒い!」を連発していた。しかし、本当に我慢できないほどの寒さなら、「寒い」などと口にすることも出来ないのだろう…と思うことで、寒さ緩和を考えた私であった。そして1時限目「総合科目B」に突入。年内最後の講義は「問題行動の誤対処」として「防衛機制」「価値判断からの自由」などについて語った。余計な話をせずに展開したので “かなり” 早く話が終わるハズだったのが、時間いっぱいかかって講義終了。

何だかんだ言いながらも外は寒いので、なるべく早めに移動することにした。が、この後ひかえている2つの講義に入るのには、それなりの気合いが必要なので、渋谷駅でカツ丼を食して元気をつけた。

3時限目、法学部大宮キャンパスの「社会学」は、補講があるので年内最後ではないものの、授業アンケートを取らねばならないので、顔では平然を装っておきながら、精神的にかなり追い込まれた状態…。その後の講義など、生きた心地がしない。先週金曜日にも今日と同内容の講義をしたが、その時は90分丸々かかっている。しかし今日は、講義時間を20分も残したところで話がまとまってしまった。生きた心地がしなかったことが、こんな風に私の講義を縮小化してしまったのだろう。

3時限目終了後、より一層のドキドキ感が襲ってきた。というのも、5時限目の通信教育部の「社会学」は早くも終講試験なのである。そして、その試験監督者は私ひとり…。72名の登録者のうち、いつも講義に参加していたのがその半数程度で、その全員が合格する保証もない中、試験の時だけ現れる輩がいたら、合格率は下降してしまう。そして、その悪い予感が当たってしまった。試験は、テキストにプリント、自筆のノートの持ち込みを許可したが、試験開始時間になって平然と教室に入ってきた輩数名…その手にはテキストが1冊しかない! 要するに、講義には来ていなかったことを物語っている。「持ち込み許可なんだろ? チョロい、チョロい!」などと思っていたに相違ない。が、講義に参加していなければ試験問題(2問)の意味さえわからないのである。講義中に、「問題は2問で、傾向としては…」というリファレンスをしてあるので、マジメな学生は「あっ、これは○○について述べればいいんだな!」という表情で問題に取り組んでいたが、テキスト1冊の輩は「どうやって、問題と解答をこじつけるか」ということばかり考え、講義で触れてもいない箇所の丸写しを始めた。一生懸命に丸写し、持論を展開しているのだが、「君ね、もう無理! 帰って寝たほうがいいよ!」と心の中でつぶやく私…というより、講義に参加しないは、合格率を下げるためにだけ現れるは…と、存在そのものが私に迷惑をかけていることに気付かないその図太い神経が信じられなかった。虚しいものである。

全ての答案用紙を回収した後、廊下から「試験、難しかったろ? 全然、わからなかった!」などという会話を聞く。あの程度の試験を「難しい」と感じたり「わからなかった」のは、全て正しくない努力をしてきた輩たちの自業自得。来年度の講義は、問題行動を中心におこう…と心に決めた。

虚しさを引きずりながら、帰途に就く。気分転換に “駅ソバ” のカツカレーを大盛で注文した。それはそれでおいしく食したのだが、ストレス性の胃痛らしきものを感じた。心身ともに疲労困憊…。あとちょっとで冬休みだ…頑張ろう!


12月20日(水)

昨夜、某出講先の門下生からメールが届いた。今流行の「ぁぃぅぇぉ」というように所々の平仮名が小さくなっている文面で…。こんなのは日本語ではないし、ましてや教師に対して送る文章ではない!…ということを返信した。これで逆ギレでもされたらたまったものではないのだが、指摘せずにはいられなかった。ましてや、自分の責任で私に不義理を働くことになったことへの謝罪メールだったのだ。そして、返信もない。苛立ちが私を支配し、なかなか寝つけなくなってしまった。

ついでに言えば、文字の途中で「ぁぃぅぇぉ」と小文字が出てくると、かなり読みづらい。「この文章が失礼だなんて、若い感覚について行けてないんだよね!」などと、仲間内で盛り上がるのだろうか? いや、悪い想像はしないほうがいい。

最近、学生と教師との関係性が取り沙汰されているが、何か問題が起きると(半ば一方的に)教師の責任が問われる。いじめの問題にしてもそう。“いじめられた子” の数以上に “いじめっ子” が存在するのに、世間は “いじめられた子” ばかりをいじる。どうして、両方を同時にとらえようとしないのか?

話はいきなり夕方に。今日は、“あの” 寺尾聰の新譜発売日なのである! その名も、『Re-Cool Reflections』という! 今から18年前にリリースされた『Reflections』を再レコーディングしたものである。これを入手せずにいられるか!?…ということで、今日の講義を終えてすぐに横浜へ向かい、横浜ポルタ新星堂へ。ポイントカードがいっぱいになっているので、2000円分の割引が受けられる…ということで、新譜を1000円で購入した。このアルバム、曲名の頭にすべて “Re-Cool” と付いている。たとえば、かの名曲「ルビーの指輪」なら「Re-Cool ルビーの指輪」というように。その徹底ぶりが心地良い!

さて、今朝は “予想通り” 早起きできず、新幹線通勤を決め込んだ。それで体に負担がかからないなら、楽なものである。新幹線さまさま…という感じである。今日の国際関係学部の講義は、1コマ目のみ。1時限目「日本社会(日本人学生用)」は、ようやく『いつか どこかで』のラストシーンを上映する。だが、やはり大学の講義…ということで、要所要所で解説を入れる。今回の上映部分は、クライマックスへ一気に向かうところである。学生はどうだったかわからないが、私はものすごく盛り上がりながら解説する。が、一部、私を含め、誰もがシーンと静かになったシーン(シャレ!)があった。それがどこであったかは述べないが、何度見ても私を惹きつけるシーンである。

どういうワケか、水曜日の移動に踊り子号を利用するということにハマってしまった私…。今日も、在来線で三島から熱海に出て、そこから踊り子号で品川へ。そして、山手線で渋谷に出て、ちょっとみずほ銀行に寄る。渋谷駅の改札を出てから、「たしか、こっちのほうに出れば良かったよなぁ…」と記憶をたぐり寄せ、歩いてみた。すると…、これが的中! 「う〜ん、私もなかなかの渋谷通?」などと、一人で悦に入ってしまうあたりが渋谷通ではない証拠か…。とりあえず銀行で用事を済ませ、田園都市線で桜新町を目指した。

桜新町からサザエさん通りを歩いている時に、あまり寒くないことに気付いた。それは、気温のせいではなく、この街の人情の為せる技なのかもしれない。

さて、日体大和泉キャンパスに到着し、年内最後となる「社会学」の講義の準備にとりかかる…とはいえ、プリントはすでに配布済み。年明けすぐに終講試験となるので、何としても今日のうちに講義をまとめなくてはならない。しかし、そんなプレッシャーを感じながらの講義は、するほうも聴くほうも面白くない。だが、講義の展開上、『ロミオとジュリエット』のストーリーを説明するのにえらく時間がかかる。ほとんどの学生が、「えっ? ロミオもジュリエットも死ぬんですか?」と驚いていた。モンターギュ家とキャピュレット家の関係から説明したので、それが原因だろう。しかし、シッカリ知識として身に付けてもらったので、「ロミオとジュリエット効果」の解説も何とか思い通りに展開できた。講義の最後に、今まで解説してきた内容を再確認し、私の「社会学」観を語り、終講した。私がいちばん思いを込めて語っている時、いつも温度差を感じる。まるで、見せ場で噛んでしまった芸人のよう。

さぁ、年内の講義も、残りあと2日。明日は講義後に楽しみが待っている!

本日、女優の岸田今日子氏、そして前東京都知事の青島幸男氏の訃報が、次々に飛び込んできた。私が子供の頃、お二人は日本中の人気者だった。その威光は、晩年まで衰えることなく輝いていた。ご冥福をお祈りする次第である。


12月21日(木)

訃報ばかりの昨日だった。急性リンパ球性白血病と闘っていたお笑いコンビ「カンニング」の中島忠幸氏まで死去…まだ35歳という若さ。カンニング竹山はコンビ復活を心から願っていたようだが、その願いも虚しく…。

最近、自分の「約束」に責任を持たない学生が多い。いとも簡単に「約束」を反故にする。本人には悪気がなさそうなので、それがまた私を苦しめる。「こんな学生に単位を出してしまったのか?!」「私の教育技術は、この程度なのか!?」というような嫌悪感に苛まれ、このところ頭痛が取れない。昔、缶コーヒーでしたたか殴られた頭部もうずき出した。

そこで、気分転換に昨日購入した寺尾聰の新譜『Re-Cool Reflections』を何度も聴き込んだ。25年前のアルバム『Reflections』と全く同じラインナップに、「ルビーの指輪」の1981年版アレンジで演奏されたスタジオライヴ音源を加え、全11曲…約55分の寺尾ワールドが堪能できる。アレンジは25年前のものとはかなり異なっているが、雰囲気は1981年そのものという感じ。相変わらず、寺尾聰のヴォーカルが心地良い。さらに、裏ジャケでタバコがを持った手(腕)が映っているのが、これまた1981年と関連づけられているようで、とても良い。そして、21世紀だからという気負いもない演奏が、自然と25年前にタイムスリップさせてくれる。それが「Re-Cool」と名付けられた所以なのだろうか。とにかく昨夜は、このアルバムを何度も何度も聴き込んだ。ちょっとだけ、あの頃に帰りたくなった。25年前に戻ったら、私は14歳…いや、15歳直前。高校入試を控えて勉強中…という遡及をしていたら、「やっぱり、今のほうがいいや!」という気持ちになった次第。

しかし、あの高校受験の勉強の成果を持って、現在の私があるワケだから、過去を変えてしまったら、きっと私の人生も変わってしまうのだろう。25年前の生き方をいじったら、おそらく私は大学院進学など考えなかったろうし、当然現在の職業にも就いていないハズ。それもまた、面白い。もしかすると、そちらの人生のほうが私に向いていたのかも知れない。

SPAMメールというのは、本当に鬱陶しい。私の複数のメールアドレスに、毎日数え切れないほどのSPAMメールが届く。比率的には、受信メールの9割以上がSPAMメールとなってしまった。ソフトでサーバのSPAMメールを削除している最中に、また新しいSPAMメールが届く…ということもザラ。SPAMメールを全て削除したのでメーラーで受信を開始すると、その間にまた新しいSPAMメール…ということもザラ。今年の夏、「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」というSPAMメールが何度も届いた。これは日本全国で話題になり、「オオアリクイが人間に危害を加えるシチュエーション」についてあれやこれやマジメに分析したサイトが多数出現した。これは面白い現象だったが、概してSPAMメールは鬱陶しい!

木曜日の講義も、年内は今日で終了。文京学院大学の「フィールドワーク論」は、偶然にもちょうどキリの良いところ(テーマ)で年越しをすることになった。よって、話を急ぐ必要もなく、板書に明け暮れる必要もなく…。ただ、学年末提出のレポート用の表紙作成がなかなかうまくゆかず、教室に入るのが10分遅れた。年内最後のテーマは「参与観察」だった。

講義の後で教務グループに立ち寄り、次年度の時間割のことで話し合いを持つ。一応「これでいきましょう!」という時間帯に落ち着いたが、果たして次年度は学生が集まるのやら!?

教員室でコーヒーを1杯だけ飲み、スクールバスでふじみ野駅へ向かい、いつものように東武東上線で川越に出て、川越線で大宮へ。今日の法学部大宮キャンパスでの講義は、2コマとも “補講” である。9月に胃腸炎のために休講したことがあり、それでレギュラー講義は年内分が終了しているのに、まだ出講義務が…。しかし、寂しいキャンパス…。今日の午後は “あまり” 補講が入っていなかったらしい。その上、私の補講は「質問受付」を完全に決め込み、「質問したい人だけ、自由入室で自由退出!」をうたい上げていた。が、3時限目に教室に入ると…、そこには大入満員で立見が出るほどの盛況ぶり! 実は、補講を本当は3コマ実施しなくてはならないのだが、3コマ分を2コマにまとめてしまったため、「3時限目でも4時限目でも、好きなほうに出てください」というシステムを利用して、「さっさと補講に出て、さっさと帰る」という魂胆の輩が多発してしまったのである。そこで、「今日は出席もとらないし、質問の必要がないと思ったら帰っていいです。時間をずらしてくれる人がいるなら、後でまた教室に戻ってください」とアナウンスする。すると、「コイツらは絶対に帰るだろうなぁ…」と思われた一団が、何のためらいもなく教室を出て行き、二度と戻っては来なかった。ヤル気のある学生だけが残ったことを確認し、終講試験の問題数と傾向性、持込参照許可物の説明をする。

しかし、マジメな学生も多いことは事実である。質問は個別に受け付けたのだが、長蛇の列が途切れることなく、休み時間になっても質問は続き、2コマ連続で教室にいた学生もいたほど。同じ学生が、何度も何度も質問をしている姿は、好感が持てる。また、「自分ではどのように質問したらいいのかわからない」という学生たちが、最前列を陣取って、他の学生の質問と私の解答に耳を傾けている姿もあった。2コマまるまる質問に答え続けた私であった。どんな質問が飛び出してくるのかわからないのだが、自分で実施してきた講義である、サッと答えを出す私の姿に、感嘆の声が上がることも。

それで全てが終了していれば、こんなに素晴らしいことはない! だが、現実は違う。補講中、私の著書内の記述にケチをつけてきた学生がいた。「この部分はこのままで良いが、これは不要」だとか「私は試験でも、この不要な部分は引用しない」、「英語の授業でも似た内容の話が出たから、この部分は認める」などと、決して学術的ではない根拠と自信で批判を始めた。今日は質問受付日なのに、この輩は私を批判するために教室にいたのである。あまりに腹が立ったので怒鳴りつけてやろうかと思ったが、先日とある大学で暴言を吐いた後ということもあり、「試験の時がどうのこうの…というのは、今ここで言うべきことか? 自分が(記述内容に関して)そんなことを言われたら、どう思うんだ?」と言い返すにとどめた。ちなみに、大宮キャンパスには1年生しか在籍していない。近年、「勘違い学生」が多過ぎるのが頭痛のタネ。こういう輩が、授業アンケートで酷評を書き連ねるんだろうなぁ…。

豪華な出演者と…大宮から一路、六本木に向かった。六本木交差点すぐそばにある俳優座劇場で、劇作家である友人の篠原久美子さん原作のミュージカル『GIFT』が再演されているのである! 今回は劇団も演出も一新してあるため、出演陣も豪華ラインナップである上、劇中の楽曲も新しいもの有り、アレンジや歌詞の変更されているもの有り…と、新鮮な雰囲気の中でミュージカルを楽しめるという情報もあって、数ヶ月前からワクワクしていたのだが…。数日前、事務局にFAXで今日のチケット1枚を予約しておいたのだが、確認の電話が来ないまま当日を迎えてしまった。朝から「劇場に行ったら、『チケットはありません!』なんて言われるんじゃないかなぁ…」などとネガティヴなことばかり考えていたが、その予感は的中してしまった!? さらに、関係者同士の会話が耳に入ってくる…「今日はね、全席売り切れているんですよ〜!」。数年前、この俳優座に『GIFT』を観に来た時は、もらっていた上演予定表に間違いがあって、開場時間に俳優座へ向かうと…そこは真っ暗な状態。さらに、篠原さんと数名のスタッフの「お疲れ様でした!」という声が…。そこで篠原さんをつかまえて、上演予定表を見せ、翌日に横浜で上演される分を「御招待」扱いで観させてもらったこともある。どうも、私と六本木は相性が良くないらしい。今回、もし「お席の用意が出来ません」と言われたら、差し入れだけを言付けて帰る覚悟もなきにしもあらずであったが、「諦めるな! 念ずれば叶う!」と自分に言い聞かせ、スタッフの動向を見守った。その結果、補助席ではあったが、観劇が叶った。前売り6500円、当日7千円のところ、補助席ということで6千円で入場。補助席は通路(階段)に置かれているため、通常席より場合によってはステージが見やすかったりする。浮いた500円で、パンフレットを購入(もともと購入するつもりだったのだが)
豪華な出演者と…
上演中やその他の施設を撮影すると肖像権などが絡むので、当たり障りのないものを2枚紹介。いずれも、携帯電話のカメラで撮影したものなので、多少ブレが生じているのをお許しいただければ…。

さて、大宮から続くイヤな流れを忘れるため、ステージに集中! 笑い、泣き、考え、喜び…と、喜怒哀楽とはちょっと違う感覚を覚えつつ、いつもこのミュージカルを鑑賞している。そして、いつも同じ所で目頭が熱くなる。演技者を通して送り出される篠原さんの “言葉” が心に響く…。

今回は、サンタ役として “あの” 岸田敏志氏が登場! 岸田敏志という名を聞くと、「きみの朝」や「渡る世間は鬼ばかり」などを条件反射的に思い出すのは私だけではあるまい。あっ、あと「1年B組 新八先生」も…。

せっかくの六本木ではあったが(目前に、六本木ヒルズも見えていたが)、明日も朝が早いので寄り道もせず、地下鉄で恵比寿に出て、山手線と京浜東北線で帰途に就いた。恵比寿で地下鉄を降りる時、車内でケンカが発生した。“有事” に備えてケンカしている両名の真横に立った私…。が、何ともバカバカしい光景…。オッサンが若者に「コノヤロウ! オレをどれだけ馬鹿にすりゃ気が済むんだ!」と言いながら電車を降り、ホームに出た。若者は「だから、謝ってるじゃないですか!?」と言い返すが、どうもオッサンは収まりがつかないようで、何人かで間に割って入ったが、オッサンは余計に興奮するばかり。さらに若者が「じゃあ、何だって言うんだよ!?」と反撃に出た時、電車の扉が閉まった。「おいっ! 電車のドア、閉まっちゃったじゃねぇか!?」と、オッサンが若者にイチャモンをつけ始めた。その瞬間、若者も周囲の我々も「えっ?」という顔に…。そして、誰もオッサンの相手をしようと思わなくなった。可愛そうなのは、若者…。しばらくオッサンに絡まれていた。

さらに、京浜東北線内では、ひたすらチョコレートを食べ続けている女性に遭遇した。この女性、モデル体型で、足など折れそうに細い。私が京浜東北線に乗っていた25分ほど、コンビニ袋から板チョコや「○○の実」の類を絶え間なく食べ続けていた。何があったのだろう? やけ食いという感じではない。チョコ好きなのだろうか? とはいえ、コンビニ袋いっぱいに各種チョコレートを買い込んで電車に乗り込む心情は理解に苦しむところがある。私が東神奈川で下車した時、その女性はまだ降りる気配もなく、ひたすらチョコレートを口にほおばっていたので、おそらく彼女が下車することにはほとんどのチョコレートが消費されたものと推察される。

こんな具合に、年の瀬の慌ただしい一日が過ぎていった。今日は、久々の大作…という感じ。


12月22日(金)

昨日は “超” 大作「ぼやき」だったので、今日はあっさりと…。

今日、国際関係学部での2コマをもって、年内の講義がすべて終了した。終講したワケではないので、何も特別なイベントもなく…。だが、とりあえず明後日がクリスマスイヴで、冬休みも近くて…ということで、教室は妙に活気づいていた。

朝、起きようと思えば起きられたのかも知れないが(大好きなワイドビュー東海号に乗ることも出来たのだが)、あえて新幹線通勤を決め込んだ。が、三島駅に到着して大学へ向かう道のりで、体がかなり重く感じていることを知る。昨日のダメージが残っているのかも知れない。しかし、今日は気分を入れ換えてかからなくてはならない。

2時限目「日本社会(留学生用)」は、年末実験演習を行った。テーマは、

Talk about the things in Japan relating on the culture of your country (or region) that may be arranged to the Japanese style.
日本にあるあなたの国(または地域)の文化に関連する事物で、日本式にアレンジされていると思われるものについて、話し合いなさい。

という内容。中国人留学生たちの「普通、餃子といえば水餃子なのに、日本では焼き餃子が普通」「担々麺がスープに入っている」「全体的に、日本の中華料理は甘い味付け」という意見を聞き、「あっ、そういえばそうだなぁ…」と、その観察力の鋭さに感嘆する。焼き餃子は、水餃子に出来なくなった古い餃子を焼くのだが、日本ではそんなことは流布されていないし…。なかなか面白い演習であった。

3時限目「日本社会(日本人学生用)」では、久々にDVDを使用しない通常講義に戻った。日本人と非日本人の、親密度と「話す」ことへの関連性を語って、その解説をもって年内の講義終了。ホッとする。

今日は “掛け持ち” がないので、東海道線でゆっくり横浜に戻った。銀行で預金を下ろし、買い物をする。街はクリスマス一色! BGMもクリスマス! 「包装をお願いします」と言えば、見本として出されるのは「クリスマス柄」のもの。年内の仕事を終えた後ということもあってか、今日は私も浮かれ気分で、街に同化しようと思ったりして…!?

夜、Amazon.co.jpで注文しておいた本が2冊、無事に届いた。1冊は韓国映画に関する洋書で、もう1冊はマンガ…。その洋書は New York University Press刊…。韓流研究は、アメリカでも定着しているのだろうか? それだけでもスゴイ発見だと思い、注文してしまったのである。これは、年末年始で読むことにしよう。1つ、楽しみが増えた。

さて…、明日は大変な1日になりそうだ。


12月23日(祝)

午前中、ミュージカル『GIFT』の原作者である篠原久美子さんから電話をいただいた。予約のFAXがキチンと送信できていなかったのだろうか、やはり篠原さんの所にも私がいつ観劇するのかが伝わっていなかったという。そして、差し入れなどで私の名前を発見し、それで電話をくださったのだという。しばし、GIFT談議に花が咲いた。

午後、久々にスーツケースのパッキング。例によって、静岡へ向かうために…である。この年末年始は、久々に日本で過ごすことになりそうなので、これが年内最後のパッキングになるものと思われる。が、これが海外渡航する時なみに重い! いろいろ詰め込んだものだ。

パッキングを終えて、家を出る、が、静岡へは直行しない。21時半に東京駅を出発するひかり号に乗ることにしたので、それまでは…。今日は、帝京大学の佐藤光宣先生と私、そして現在・過去の門下生たちと、総勢19名の大忘年会の開催日である! そして、幹事は私!

17:45にJR秋葉原駅の電気街口で待ち合わせ、会場となった北海道 秋葉原店へ。18時過ぎ、私の発声で会はスタート! 実は、このお店(のグループ)に “ツテ” があり、店長さんを始め、店員さんたちには丁寧に対応していただき、サービスも満点であった。最初に店長さん直々に私の元に挨拶に来られ、お店の熱意と誠意を十分すぎるくらいに感じ取った。しかし、それ以上に熱意と誠意にあふれていた我ら19名! 揃いも揃ったり、19名! お店のご厚意で、通常なら宴会は2時間で終了となるところ、「時間は気にしないでください」というお計らい。嬉しいではないか! 飲み物も料理も、参加者に好評だったようで(その分、会計時にちょっと予想外の金額が!?)、「またこのお店で、このメンバーで集まりましょう!」などと声をかけられ、「幹事冥利に尽きる」といった思いがした。だが、私は21時半の新幹線に乗らねばならないのだ! 後ろ髪を引かれるような想いがあったが(宴会でそういう想いになるのは、本当に盛り上がった証拠である)、予定を変更するワケにもいかず、20:45で一旦お開きとした。お店のほうは「まだいらして結構です!」ということだったので、お店の移動なしの二次会に入る者も…。

幹事である私が一次会のみでお店を後にした形になり、何だか中座したような心地もしたが、一次会だけでも十分に楽しめたので、その想いを胸にしまい込んで秋葉原駅へ向かった。そして、東京駅のコインロッカーに預けておいた荷物を引き取り、急いで新幹線乗り場へ。ホームに着くと、ちょうど私が乗る新幹線が入線してきたところだった。

そして、予定通りに新幹線は出発! 車内で一眠りして、55分後の静岡到着に備えた。静岡県には東海道新幹線の駅が6つもあるのだが、のぞみ号が停まる駅は1つもない。が、ひかり号があるのなら…と、そんなことを思った。

22:25、静岡到着。本当に(?)久々の静岡…。


12月24日(日)
チョコで出来たサンタさん!
右の写真は、チョコレートで出来たサンタクロースである。先日、某出講先で助手さんからいただいたもの。食べてしまう前に、その雄姿(?)を写真におさめておいた。

今年のクリスマス・イヴも、静岡で過ごした。昨年のクリスマス期にクツを購入したが、今年もなぜかこの時期にクツを購入…。どうやら、この時期の静岡は、靴が安くなるらしい。横浜からクリスマスプレゼントを持ち込んでおいたのだが、まだ足りないので、「同行者」と一緒に探しに行くことにした。静岡に限ったことかどうかはわからないが、街が思ったほど賑わっていなかった。街に出たのが15時頃だったせいもあるのだろうか、ビックリするような混雑もなく、いつもの日曜日という感じであった。もっとも、どこかへ旅行したり、二人きりの空間にいるカップルなどもいるだろうから、目に見えないところでは盛り上がっているのかも知れない。

練り切り「赤い靴」静岡…というと、どうしても茶空間に寄りたくなる。この店でよく上生菓子を注文するのだが、この時期の生菓子は「クリスマス仕様」になっていて、目で見て楽しく、口の中でおいしい…という状態となる。練り切りも、黄身時雨も…何もかもがクリスマス仕様! それで、「行ってみよう!」ということになった。「クリスマス・イヴで混んでいるかな?」と思いきや、意外にも空いていて、すぐに入店できた。そして、真っ先に上菓子の見本を見つける。「うぉ〜っ!」と心で叫んでしまいたいほど可愛い生菓子の数々。その中で私は、「赤い靴」という練り切りを注文した。それが左の写真のものである。見て可し、食べて可し! 年末のせわしなさを忘れさせてくれる一時を過ごすことが出来た。

クリスマスは、明日が本番…ということで、今夜は特に(クリスマスプレゼントの交換以外は)クリスマスを意識しないように過ごした。夕飯は、以前から私のために「同行者」宅で準備しておいてくれた牡蠣鍋! だが、何もしないで食べるばかりでは申し訳ないので、私も牡蠣を粗塩でもみ洗いしたり、鍋にスープをはったり、具材を入れてダシをとる…などの作業は手伝わせてもらった。昨日の忘年会も楽しかったが、こういう鍋もまた楽し…である。


12月25日(月)

Merry Christmas!!!


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静岡「茶空間」の上生菓子(クリスマス仕様)
数年前にも、左のメッセージと同じものを掲載したことがある。反応は今ひとつ…だった!?

今日の私は、これといって特に用事があるワケでもなく、かといって「同行者」宅でずっと留守番をしているワケでもなく…という感じであった。昨夜の牡蠣鍋がまだ余っていたので、お昼にいただくことにした。しかし、ただ温めても面白みがないので、近所で玉うどんを買い、一緒に煮込んでみた。すると…既に姿のないハズの牡蠣や鱈の味まで麺に染みこみ、深い味を堪能することが出来た。

食後、テレビで「結婚できない男」の再放送が始まる。このドラマ、なぜか途中からハマってしまったもので、最近では阿部寛をテレビで見るたびにこのドラマを思い出すようになっている。ドラマDVD−BOXが発売されたのだが、これがなかなか高価…。DVDプレゼントに応募したが、外れてしまったのだろう。何としても入手したいと思っている。出来たら、講義でも使用したいと…。今日から再放送開始…それも3本連続で放送(14:00〜17:00)ということで、見逃していた回をこうして見ることの出来る喜びをかみしめていたが、銀行だの何だのと済ませなくてはならない用事があったので、3本目を見ている途中で出かけることにした。

バスに乗り、静岡市街地に出て、銀行を3つ回った。今日が「クリスマス本番!」なのに、テレビも街中も、どういうワケか昨日のほうがクリスマスモード全開という日本的な感覚! イヴで体力を使い果たした日本列島の、何となくあっさりした一日を過ごす…というのが、例年の12月25日である。が、ジワジワとクリスマスの “影響” というものを実感することになる。数日前から肩から首にかけて調子が悪いので、新静岡にある歩゜っ歩゜(ぽっぽ)に寄ってみた。いつもお店には施術待ちの人がいるのだが、今日は誰もいない…。「もしかして、今日はお休み?」と思ったが、店員さんはいる。ドアを開けると、単に客がいないだけで営業はしていることがわかった(クリスマス夕方という時間柄、仕方がないのだろう)。さらに、店員さんたちは、クリスマスデコレーションの片づけの最中!? そんな中、肩と首を中心とした施術を20分ほどお願いする。施術後、「お客さん、今日来てくれて良かったです」と満面の笑みを浮かべて、店員さんが言う。そして、「これ、差し上げます!」ということで、ドーナツに来年の干支(猪)の置物、それからカレンダーなどをいただいた。かなり得した気分になった。お店からのクリスマスプレゼント…なのだろうか。

お店を出て、1軒おいた隣にある茶空間へ。昨日も茶空間へは行っているが、今日は昨日食べた上生菓子の持ち帰り。昼間、電話で取り置きをお願いしたのだが、本来はそういう販売はあまりしないらしい。が、私が名前を伝えると、「いつも、ありがとうございます!」ということで(?)、取り置き交渉が成立した次第。昨日は2種類しか注文できなかったが、今日は4種類全部を持ち帰り!

それから静岡駅へ向かい、18時過ぎに仕事上がりの「同行者」と合流。一緒に家に戻った。帰途、施術後に寒い街を歩き回ったのがいけなかったのだろうか、肩の痛みが頭痛を引き起こし、群発性頭痛を再発してしまった! 帰宅して、しばらくは痛みに耐えられた私であったが、やがて激しい痛みから呼吸さえ苦しくなり、「これから夕飯!」という時になって痛みは最高潮に達してしまった。それで、しばらくベッドで横にならせてもらい、痛みが緩和されるのを待った。だが、「このまま朝を迎えるワケにはいかない。上生菓子が…」ということで、眠りに就きながらも必死で痛みと闘い続けた。結果、ある程度の痛みが緩和され、1時間遅れで夕飯に参加。緑黄色野菜の力なのか、食後にはウソのように痛みがひいていた。

明日、完全に痛みから解放されていると良いのだが…。


12月26日(火)

頭痛は、完全鎮痛とまではいかないものの、日常生活に支障のないところまで鎮まっていた。が、こういう時は無理をしてはならない…ということで、昼過ぎまで寝ていた私であった(昨夜、眠りに就いたのが遅かったので)

起きて、昼食をとり、昨日とほとんど変わり映えのない一日を過ごした。ただ、激しい雨に閉口したが…。「そろそろ横浜に戻らなくては…」と思っているのに、この雨…。明日にはやむらしいのだが、静岡で雨が上がっても、横浜で豪雨などということがあったのではシャレにならない。

今夜、静岡市内は夜更けまで大雨洪水警報の広報がスピーカーから流れていた。どうしちゃったんだろう、日本列島の気象現象は!?


12月27日(水)

体がガタガタいっている…自分の体なのに、私の言うことをきいてくれない。

昨日の出来ことを、少し補足…。昨日、やっと年賀ハガキを買いに行った。書店で立ち読みしていたら、「この本は、講義やエクステンション講座で使えそうだ!」と思い、新書を3冊購入した。マクドナルドで「スプライト、ください!」と高らかに注文すると、「今、スプライトの販売はありません!」とあっさり言い返された。どうして? 「マクドナルドの飲み物といったら、スプライト」というのが、幼い頃の私の “お決まり” だった。それから大人になり、コーヒーだの何だのと、アレコレ注文したが、原点はスプライトにあったように思う。それがないというのは…、まるで「6人対抗戦でなくなった “クイズ ヘ○○ゴン”」みたいなもの(最近のヘ○○ゴンU、あれは何かおかしい! やはり、深夜時間帯の、三宅アナが司会だった頃の、あの番組こそがヘ○○ゴンそのものだと思う)

さて、「同行者」宅にいつまでもお世話になるワケにもいかないので、帰途に就くことにした。が、夕方に「同行者」と食事をする約束をしていたので、それまでは昨日・一昨日と同じようにテレビをみていた私…。

18時過ぎ、「同行者」と静岡駅南口で合流した。おそらく、これで今年最後の静岡だろう…ということで、トロロ屋へ。トロロ屋さんへ行くと、ここでも「あっ、いつもありがとうございます」という出迎えを受ける。ここは、麦ご飯が食べ放題なので、2006年の静岡での食べ納めにはちょうど良い! 入店前、「あんまり、お腹が空いてない…」などと言い合っていた我々であったが、どういうワケか(?)お櫃で2回のおかわり!

そして、20:57発のこだま号で静岡を後にした私…。1時間半後、久々の我が家に到着し、山積している新聞や郵便物の仕分けをして、ようやく家に入る。

明日は、アチコチ動き回らなくてはならないらしい。


12月28日(木)

昨夜、ここ数日の新聞を読んでいて、「しまった!」と思った。横浜マリンタワーと氷川丸の管理会社が、「入場者減に伴う経営悪化を理由」として12月25日をもって営業を終了してしまったのである。マリンタワーも氷川丸も、私にとって大切な施設であった。幼い頃、よく家族で出かけた場所だった。また、学生時代に、気分転換や作曲のために、よく訪ねた。「東京タワーの見える家に住む!」というのが勝ち組の住居スタイルなのだそうだが、以前から私は「マリンタワーの見える家に住みたい!」という夢もあった。近くに見えなくても良い…遠くから「あっ、あれ、マリンタワー!」というように見えてくれれば…。もっとも、両施設とも解体されるワケではないので、そう悲観的になる必要はないのだが、しばらく入館は出来ないのである。

かなり切ない想いがする。

今日の私は「疲労困憊」という感じ。なかなか、フトンから出ることが出来ない…。今日はアチコチ行かなくてはならないのに…。とりあえず、午前中は意識不明状態で、午後になってやっと這い上がれるような状態に戻る。そして、銀行や郵便局で、各種振込。郵便局では、不在配達物を受け取る。ちょっと大きめな箱が目の前に差し出された。受け取るものはCD1セット(2枚組)なのだが、韓国からの空輸であるため、かなり頑丈なパッキングがしてある。そのCDは、キム・ヒョンチョルのKID'S POP 2 「WHEN I GROW UP」というもの。KID'S POPのPart 1 にあたる「Love is…」は、昨年正月にソウルで購入した。購入前日、PV(プロモーション・ビデオ)を流し続けるテレビ番組(いわゆる、M’tvである)を見ていて、キム・ヒョンチョルの「Love is…」のことを知り、いてもたってもいられない状態になったのを覚えている。そのPart 2が今年リリースされたことを知り、この冬は渡韓しないこともあり、通販サイトで注文を入れた次第である。日本ではキム・ヒョンチョルがあまりメジャーではないようだが、韓国映画「時越愛(イルマーレ)の音楽監督を務めたり、数々のヒット曲を持っていたり…と、韓国を代表する歌手であり、音楽家である。たしか、ソウル芸術大学の教員でもあったような…。

「一刻も早く、このCDを再生したい」という想いに駆られつつ、とりあえず年内最後の今井医院への通院。念のため、総合感冒薬の処方もお願いする。

通院後、急いで家に戻ってCDを再生している最中、洗濯用の漂白剤と柔軟剤が切れていたのを思い出し、再び出かける。昨日まで静岡市内にいたので、どうしても物価の違いが気になってしまう。「昨日のうちに買っておけば良かった…」と思うことばかりであったが、とりあえず洗濯しなくてはならないので、少々高めの漂白剤に柔軟剤を購入した。

年賀状の作成もしなくてはならないし、年内に片づけておかなくてはならない書類もあるし…で、なかなか部屋の片づけに手が回らない。「掃除するのがイヤで、それで引越をする」という人がいるらしいが、気持ちがわかるような気がした。


12月29日(金)

ここ数年、12月29日は成田空港そばのホテルに宿泊している。今日は自宅…。そして例年、12月30日には日本を離れ、韓国上陸…。今年は自宅…。まだまだ、韓国で調べるべきことはたくさんあるのだが、今年は事情により渡韓しないことに決めた。久々に日本で正月を迎えるワケであるが、何だか気が抜けた炭酸飲料水のような私である。

某所のイルミネーション某所のイルミネーション年末になって、私の周辺で(というか、私自身が?!)アレコレ慌ただしい動きがあって、心が落ちつかない。そのドタバタが、ある程度の結末の見えているものであれば良いのだが…。アレコレ考えても仕方がないのに、作業が手につかなくなる。そこで、先日私が某所で撮影したイルミネーションの風景を2枚、お茶濁しで(?)紹介! 今年は、イルミネーションをじっくりと楽しめるような暇も体力も気力もなかった。来年の今頃は、ゆったりと楽しめる自分でありたいと思う、心から…。

昨日、夜更けまで年賀状の印刷をした。そして、今日は宛名の印字…。本当は手書きのほうが良いことくらいわかっているが、相当な枚数になるのと、過去の剥離骨折の後遺症もあり…。しかし、プリンタが言うことを聞いてくれない! 何度も何度も空回りをする…。ずっとプリンタから目が離せず、他の用事を済ませることが出来なくなった。印字を終えた時、すでに太陽は姿を消していた。このところ、太陽の光を直接浴びていない…。何という不健康な生活!? とりあえず、刷り上がった年賀状を持って横浜中央郵便局へ。特設投函箱に年賀状を入れた後、念のため10枚ほど年賀ハガキを買い足した。

そして、東神奈川に出て、本日最後の用事を済ませた。ちょっと某牛丼店に寄ってみたくなり、早めの夕飯をとった。この牛丼店、全国展開している超有名店であるが、面白いサービスがある。260円追加なら牛肉、200円なら豚肉がトッピングできるのである。牛丼に260円を追加すれば、肉の量がダブルになる(同様に、豚丼に200円を追加すれば豚肉がダブルになる)。昨日も今日も肉をあまり食べていなかったので、このダブルサービスで豚丼の肉を倍にした。が、ここで何やら違和感を覚えた。豚丼(並)は290円で、本日はダブルにしたので肉の量が倍になって490円…と、ここまでは良いのである。が、ちょっと待て!? 肉が200円で倍になるということは、もとから入っている豚丼の肉も200円だということになる。すると、90円がご飯の料金…。ご飯って、そんなに安いのか? 何となく複雑な想いでダブルの豚丼にパクついた。深く考えるのはよそう…と心で何度も何度もつぶやいたのだが、どうしても納得できないのである。年末に、妙な違和感を残してしまった。

最近、日本のマスコミは、いかなるスポーツもエンターテインメント化し過ぎている。アスリートたちがタレント並みの扱いとなり、勘違い選手が続出している。成績の良い選手をチヤホヤしたり、イケメンやプリティな(この表現、古いか…)選手をアイドル化する。それでいて、落ち目になると “掌を返した” かのように冷酷に切り捨てる。無茶苦茶な期待を大会前にかけておき、その期待に応えられない選手をバッサバッサと切り捨てる。こんなことで、日本のスポーツ振興が成功するワケはない! おまけに、そのエンターテインメント化に便乗した “協会” のお偉い様方の横領なども発覚…。選手たちが “飼い殺し” 状態のように見えてしまう。以前も述べたが、だから私は日本のマスコミが嫌いなのである。

あぁ、疲労困憊…。今日も大したことが出来ずに終わってしまった。


12月30日(土)

年の瀬になって、間違い電話がやたらと多い。某新聞販売所とウチの電話番号が、どうやら下1ケタしか違わないらしい。で、間違い電話はたいていジイサンかバアサンによるもので、「ウチは○○新聞ではないですよ!」というのに、「えぇ? そんなこと、ないでしょ?」とか「だっ、電話番号は…」などと、私に食って掛かるものだから胸くそ悪い。それで、「ちゃんと電話番号をご確認の上、お掛け直しください!」などと伝えても、しばらく粘ってくる。そして、勝手に冷静になり、「悪かったねぇ…」などと言って電話を切る。あるいは、謝った後も「おかしいなぁ…ブツクサブツクサ」などと、なかなか自分の非を認めようとしない。

以前から、我が家は間違い電話が多かった。この家に引っ越してきた当初、毎日5件以上の間違い電話があった(留守電に残された伝言も入れたら、もっと件数はあったように思う)。かけてきた人たちは、間違い電話の意識などないのであった。私が今の電話番号を使用する前、どこかの研究所だの、どこかのスタッフ派遣業者だのが使用していたらしく、さらにそれらの企業が移転先も新しい電話番号も知らせなかったらしく、毎日毎日「○○研究所ですか?」とか「いつもお世話様です。担当の△△さんをお願いします」などという電話の応対をさせられた私であった。一度、携帯電話からかけてきたオンナが、早朝に逆ギレしたこともあった。

年の瀬、2題目。最近、時間の感覚がなくなってきた。そして、数の感覚も…。年賀状の出し忘れがあったのである! それに気付いたのは、昨夜の寝る前のこと。年末は、深夜時間帯のテレビ番組が面白くなる。それで、ついつい(?)夜更かしをしてしまい、生活リズムが乱れてしまったため、年賀状を郵便局に持って行ったのは15時過ぎのことだった。

年賀状を出しに行っただけで、なぜか “かなり” 疲れてしまった。睡眠時間はシッカリとっているハズなのに…。まともなものを食べていないのだろうか? タクシーで帰宅したい…という欲求を抑え、京浜東北線に乗り込む。東神奈川で軽く(?)買い物をして帰宅するが、風の冷たさが身にしみる。

帰宅して、部屋の片づけを諦め、年内にまとめておくべき「講義のネタ」に手をつける。テレビをつけながらパソコンに向かっていると、学生からの質問メールが届く。「年内の教員業務」は終わったが、サービスで返信する。しみじみ思うが、テレビがつまらない。タレントやアナウンサーのダラダラ具合に腹が立つ。「このアナ、本当に大卒か? 入社試験を突破したのは頭脳ではなく容姿?」などと思う。よく、民放ではキー局と系列局の女子アナが一堂に会する番組があるが、「あれは、在京キー局の女子アナのため “だけ” のもので、系列局の女子アナは引き立て役でしかない」という話をよく聞く。その通りだと思う。そして、“タレント気取りのキー局女子アナ” が馬鹿騒ぎするだけ…。在京キー局の女子アナ紹介のために、こんな番組を製作する局も局だと思う。

その後、パソコンの動きが鈍いことに気付き、アレコレと原因を考えた。「もしかして…!?」と思ったのが、「不要なレジストリ」。ソフトを使って不要なレジストリを検出すると、削除すべきレジストリが155もあった。これらを削除すると、重荷から解放されたかのようにパソコンの動きが軽くなってきた。

「昨年の今頃は、ソウルで夕飯をとっていたなぁ…」などと思いながら過ごす夜…。その時、私と一緒に夕飯をとっていたのが「同行者」であるが、その「同行者」が横浜にやって来た!

さて、明日1日で2006年も幕を閉じる。例年にも増して365日の経つのが早く感じたのは、年齢のせいだろうか?


12月31日(日)

ついに、大晦日になってしまった!? しかし、私は大掃除の真っ只中…ということで、年内の更新は軽めに済ませ、新年からシッカリ(?)ぼやくことにしたい。

2006年も私の「ぼやき」にお付き合いくださり、誠にありがとうございました。


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