2005年1月のぼやき



1月1日(祝)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

現在、韓国に滞在しておりますので、Yoshibeiの韓国珍道中をご覧ください。

帰国は5日(水)、仁川(ソウル)11時半発です。

私に用事のある方は、いつもと同じ要領で私のメールを送ってください。韓国でもメールの確認が出来ますので、ご安心ください。ただし、すぐに返信できないかも知れません。御了承ください。
韓国珍道中


1月5日(水)

本日、韓国より無事に帰国いたしました。本日の分も、Yoshibeiの韓国珍道中でご覧ください。


1月7日(金)

今日から仕事再開! まずは日体大健志台キャンパスの「社会学」3コマから。今日は朝イチからの講義のため、昨日は昼過ぎまで寝て、帰国後の疲れをシッカリ取り除いたつもりだった。しかし、今朝も寝坊した。それで、新年早々、タクシー通勤…。

1時限目は少人数(殆ど女子学生)でレギュラーが確定しているので、教室の雰囲気は年内と変わらず。ただし、日体大は今日から年明けの講義が再開したので、休み明けの再会で盛り上がっている学生たちを一喝するところから2005年の仕事が始まった。が、まとまりはあったので、その後は平穏な雰囲気で講義が進む。

そして、ヤル気の欠けている学生の多い3時限目と、一部ヤル気のない学生がいる4時限目のために、黒板に「本日も出席は取りません」と書き置きしておいた。すると、やはり年末最後の講義と同様に、人数が極端に減っていた。しかし、ヤル気のない学生を相手に年明けの講義をするよりも、純粋に話を聞きたいと思っている学生を相手に講義をしたほうが、教室の雰囲気が良くなる。

日体大での講義後、一旦帰宅し、実家へ向かった。韓国で買ってきた(持ち帰ってきた?)土産を渡すためであるが、同じ市内に住んでいながらも実家へ戻るのが数ヶ月ぶり…という有様。久々に親兄弟と夕食をとり、韓国での話で盛り上がる。が、年明けてすぐに締切の仕事が待っているため、2時間ほどの滞在で帰途に就いた。

韓国で購入した資料類の整理も、チェックも、まだ手がつけられていない状態! 早くチェックしたいものだ


1月10日(祝)

今日は「成人の日」。ハッピーマンデーで…ということを毎年ぼやいているが、まだ私の頭の中には「成人の日は1月15日」という感覚が消えない。そして、成人式といえば「新成人が大荒れする日」という印象が、ここ数年で強まっている。今年も荒れた所があるらしい。暴れたり、舞台に上がろうとしたり、奇声を発したり…と、自分たちが何をしているのかわからぬアホどもに「成人」を名乗られたくないと思うのは、私だけではあるまい。こんなアホが親になり、子供を育てる時期が来たら、この日本は終わりなんだろうなぁ…。

世間では今日まで3連休であったが、私もシッカリ3連休と相成った。だからといって、まとまった仕事が出来たわけでもなく、遠出するわけでもない。ただ、次年度のシラバスを2講座分、書き上げたくらい…。

家の中にいるだけだと体に良くないので、今日は本屋へ行ってきた。そろそろ韓国関連の書物の執筆に本腰を入れる時期なので、参考文献になりそうな本を見つけようと思ったのである。特に「この本が欲しい!」というものがあったわけではなかったのだが、かなり使えそうな本が見つかった。

こういう買い物であれば、ものすごい満足感が覚えられるのだが、この3連休の中で満足感の得られなかった買い物もしてしまった。韓国で放映されている(いた)日本のアニメーションの主題歌研究のため、ある程度の見当をつけてサウンドトラック盤(CD)を3枚購入したのだが、収録曲のいずれも関係のないものであった。何となく虚しい気持ちになったのだが、収録曲を歌っているアーティストが倉木麻衣だのB’zだの、ZARDだの愛内里菜だの…と、錚々たるアーティストのオムニバス盤…。そういう意味では満足感はあるかも知れない。

とりあえず、この3連休は何だか良くわからないまま過ぎていった。


1月12日(水)

昨日、日体大の「総合科目B」が終講した。年内最後の講義で学生に「年が明けても、まだ講義は2回あります」などと告知してしまったのだが、実は残り回数は1回であった。そのため、大あわてでプリントを刷り、2回分の講義を1回で片づけた。とりあえず、予定していた内容はすべて語れたので良かったが、学生たちには申し訳ないことをしてしまった…と、反省する。

そして今日は、帝京高等看護学院第一看護科の「人間関係論」(CDクラス分)が終講した。ABクラスは来週終講となるが、とりあえず終講続きである。しかし、CDクラスの講義に入るまでが大変だった。

1時限目は(いつもの通り)日本大学国際関係学部の講義だったのだが…。これが終了するのが10時半で、帝京の講義開始が12:50。国際関係学部の講義後、急いで三島駅へ走り、10:56発のこだま号で品川に出て、山手線と湘南新宿ライン、そして埼京線を乗り継いで、十条駅に着いたのが12:28。そして、帝京入りしたのが12:35過ぎであった。前期の水曜日は、帝京高等看護学院第二看護科で3時限目の講義を担当していたが、三島からの移動が大変で、さらに帝京に着いても講義の準備をする時間がない…ということで、3時限目から4時限目に講義時間を移してもらったことがある。第一看護科では本来、水曜日の3〜4時限目というのが私に与えられた時間だったのだが、同じ理由で4時限目だけの担当にしていただき、3時限目に担当すべき講義を、9月中に集中してこなしておいた…ハズだった。しかし、どうしても1月中に終講させて試験も実施せざるを得なかったため、今日と来週の帝京勤務は3〜4時限目の2コマ連続となる。来週もヘビーな移動か…と思うと、ちょっと…。

しかし、CDクラスでは(私が思うに)無事に講義は終了した。この調子でいけば、来週も大丈夫だろう。

帰途、十条から赤羽へ出た。横浜とは逆方向になるが、赤羽から湘南新宿ラインに乗れば、かえって順当に新宿経由で帰るよりも楽で、時間的にも早い(湘南新宿ラインも新宿は経由するが…)。赤羽から横浜まで、ゆったりとした時間を過ごし、横浜で買い物をして帰宅した。車内で仮眠(?)をとったので、横浜に着いた時にはスッキリとした気分だった。

それにしても、今日は寒さの厳しい一日だった。ソウル滞在中も氷点下で寒かったが、強い風は吹かなかったので、その点は救われた。しかし、今日は風まで吹いてきて、体の周りの暖気をすべて持っていかれてしまったのである。

風邪をひかなければ良いのだが…。


1月13日(木)

朝、ひどく頭が重い感じがして、なかなか起き上がれなかった。昨夜、寝る時には「朝は6時過ぎに起きて、7:12に横浜を発つ湘南新宿ラインに乗って…」と予定していたのだが、乗る予定だった電車が横浜を発った時間は、まだフトンの中だった。結局、予定の42分後の電車に乗ることになった。それでも遅刻にはならないのだが、決して精神衛生上よろしいことではない。

重い頭で乗り込んだ電車を、池袋で下車。向かうは日本大学医学部附属看護専門学校。年明け最初の講義である。年内は、かなりキツイ教師を演じ続けたので、年明けから最終回に向け(とは言っても、残りは4回なのだが…)、ちょっと穏やかに落ち着いて講義しようと決意を固めた矢先、「東武東上線のダイヤが乱れているらしく、遅刻してくる学生が数名出ます」という情報が…。本当なら、今日のうちに解説できるところまで開設して時間を稼ぎ、あとで慌てることのないようにするつもりだったのだが、電車のダイヤのために遅刻してしまう学生たちに罪はないので、とりあえず韓国の話で30分時間を潰す。結果、予定してた最低ラインにも到達することなくチャイムが鳴るのを聞くこととなった。これはこれで仕方がない…。

そして、急いで池袋にバスで戻り、丸ノ内線と半蔵門線を乗り継いで神保町へ出る。日本大学通信教育部で3時限目の講義を行うためである。本来、12月で講義そのものが終了し、終講試験も実施済みなのであるが、1度だけ休講してしまったので、今日その補講を行ったのである。しかし、レギュラーの講義は一応終了し、単位認定も済んでいる状態で、何を語ればよいのか…? それに、単位認定後の補講には殆どの学生が欠席する。年内に「補講では、本論とは全く関係ない話…たとえば、年末年始に韓国で得たレアな情報などを講義します」と宣言したことを思い出し、ここでも韓国話をする。今までに述べてきた社会学の理論と照らし合わせつつ、韓流ブームの問題点を簡単に語った。

その後、日本大学法学部の講義に入ったのだが、年明けの講義はどの曜日も1回しかないため、木曜日のクラスはこれで終講となる。もう語るべきことは年内にシッカリ語ったので、ここでも社会学理論と韓流ブームの照らし合わせをし、まとめに換えた。

全ての講義を終えた後、神保町に出て、三省堂書店で本を2冊購入した。1冊は韓流ブームに関する小倉紀蔵の著書『韓国ドラマ、愛の方程式』、もう1冊は “ミスター水曜どうでしょう” こと鈴井貴之の第3回監督作品「銀のエンジェル」のノベライズ本。小倉氏の本は研究の参考文献として用いることが出来るが、ミスターの本をゆっくり読める日は来るのだろうか?


1月14日(金)

学年末試験&授業アンケートの時期がやってきた。今週、数回の授業アンケートをとったが、(ここまでの結果は)全体的に学生からの支持は得られていたようで、ちょっとだけホッとする。また来週、いくつものアンケートをとることになるが、どうなることやら…。

アンケートの中に、「同じ事を何度も言って、しつこい、くどい、うざい」などという意見もあれば、「全く教師の熱意を感じられない」「何を言っているのか、全く理解できなかった」などというものもあった。全体の比率から見れば、これら意見は1%にも満たないので、社会意識は形成されないことは明々白々なのだが、自分の理解力の低さを棚に上げて「全く理解できない」と言ってのけるあたりが低レベルである。何度も同じ事を言うのは、それが最重要項目だからじゃないか?! 一度述べただけで全員が理解してくれるのなら、こんなに楽なことはない。わからない学生がいたり、前回の講義を休んだ学生がいたり、あるいは「試験で必ず、この用語はポイントになる」というものは、何週連続でも、何ヶ月連続でもくり返し用いてきた。学生へのサービスを仇(あだ)で返されたのである。というより、そんな学生は放っておけばよいのである。

では、サラッと述べ続けるとどうなるか…、その失敗例が今日の日体大での「社会学」終講試験である。「この説明だけで、全体の8割を説明したことになります」と1回だけ述べて先に進んだ最重要項目…答案で書けた学生はほんの一握り。学生数が多いので、社会科学研究室助手の馬場さんにも試験監督のお手伝いをしていただいたのだが、馬場さんが「学生の中に、“こんなのわかるわけない!” とか “聞いてない” という文句を言っていた者が多かった」との報告をしてくれた。「出席を取らない」と言えば授業に出ないような学生のこと、聞いてないのは当然である。教室の雰囲気が良かったクラスの答案は、かなりの理解度が伺える。この違いは何だ?

そして、不合格になった理由を「教え方が悪い」「採点方法がおかしい」と吹聴する輩が、数ヶ月後に現れることになる…。


1月16日(日)

昨日、久々に腰のリハビリをするために静岡に向かった。年末年始の医療機関は冬期休診となり、さらに診療再開となった頃には私が講義講義…で通院できない。そういう状態が続き、かなり久々のリハビリと相成ったのである。こんな具合なので、腰が治る兆候などないのである。

あまりに間が開きすぎて、えらくリハビリに時間がかかった。おまけに、天候不良で強い風に雨…。リハビリで温めた腰も、すぐに冷えてしまったほどである。昨日はそのまま静岡に滞在し、月曜日の講義の準備をすることにした。ところが、これがなかなか終わらない…。韓国で蒐集した資料のスキャニングや翻訳作業が、思ったようにいかないのである。スキャニングするにしても、自分のパソコンやスキャナを使うわけではないので、まずは慣れるのに時間がかかった。どういうわけか、スキャンした画像のバランスが悪かったり、画質が落ちたりした。使い方の説明を受けつつ作業を進めていったが、すべてのスキャニングを終了したのが日付の変わる頃だった。そして、翻訳作業…。月曜日の日本大学国際関係学部「社会変動論」などで紹介する予定なのだが、間に合うのだろうか…という不安が生じ、夜中に日本大学通信教育部神奈川県学友会(神奈学)の副会長さん(BeWithサイトと相互リンクしているおとうふさん!)へ夜のうちにメールを送り、新年会をキャンセルさせてもらうことにした。大変失礼なことをしてしまった…と悔やんだが、こうなったら新年会の時間分を使って、とにかく講義用資料を作り上げなくては…。

このサイトを更新している今(23:50)、まだ全ての作業が終わったとは言えない状態である。新聞の翻訳については、日本語サイトの文章を引用することで対処した部分もあるが、それ以外は学生にプリントを配布せず、学生に内容が伝わる程度に解説することで対処することにした。が、映像資料の構成を考える作業が残っていて…。

「韓国から帰国して、今までの間に、十分な時間があったんじゃないの?」などという声が飛んできそうだが、韓国から帰国した翌々日から講義が再開され、とりあえず実際に行う講義の準備から…という感じの自転車操業をしており、なかなか韓国で蒐集した資料を整理する時間も取れなかったのである。毎年毎年同じ内容で講義していたのでは、社会学者としてなおれである…ということで、最新データを使用しながらの講義を心掛けた結果、自分で自分の首を絞めるような状態になったみたいである。


1月18日(火)

今日は久々に平日のOFF日である。それで、日頃の寝不足を解消するべく、昼過ぎまでフトンの中に入っていた。若干「時間がもったいない」という感情も生じたが、疲労感には勝てなかった。

昨日、久々に日本大学国際関係学部の月曜日の講義をした。先週水曜日にすでに三島キャンパスへ出講しているので “久々に” というのも変だが…。「日本社会」「社会変動論」「日本の社会」という3コマを、とにかく来週(最終回)へうまくつなげるために何とか頑張ってみた。「社会変動論」では、韓国で撮影してきた写真、必死にスキャニングした資料などを使っての講義…。後期の講義は日韓関係を(どちらかというと韓国側の視点で)講義してきたので、「授業は楽しかったが、(先生は)日本のことを知っているのか? 韓国のことしか知らないのでは…。日本人として恥ずかしい」などと書かれたアンケートが発見され、ビックリするやら憤慨するやら…。この講義の後、「日本の社会」という専門科目の講義を私が担当している事実を、おそらくこの学生は知らないのだろう。それとも、熱狂的愛国主義者なのだろうか? いずれにせよ、悲しい話だ。

授業アンケートをとって思うこと…それは、「“担当教員が嫌いだ” ということと “講義内容のレベルを同一視” した輩に何の評価が出来る?」ということである。授業アンケートは人気投票ではない。賛辞を述べればよいと言うのもでもない。だが、ある機関が「こういう授業アンケートは、プロの評価スタッフでも雇わない限り、客観的で適切な結果はのぞめない」という。アンケートを否定する気持ちはないが、匿名性を良いことに、誹謗中傷を述べる輩がいることも考えなければならないと思う。こちらは正々堂々、学生に面と向かって講義しているわけであるから。

それと、良くあるのが「勘違いセクハラ」らしい。自意識過剰な女子学生が担当教員(異性)の、大したことのない行為(行動)を「セクハラだ!」としてアンケートに書き込むケース。私も書かれたことがある。私の周囲には、それに憤慨して「次年度からは出講しない!」と大学に抗議した教員もいる。何でもかんでも、気に入らないことをされたら「セクハラだ!」という女子学生の存在に、私自身も辟易する。「セクハラ」という状況を昨日、「日本の社会」で講義した。タイミング良く(?)、テーマが「ジェンダー」だったので、導入として語っただけなのだが、そこで私は「女性はそんなに弱い存在なのか? 私は、そうは思わない。そんな弱い存在に育てられた覚えもないし、そんな弱い存在とは結婚も考えたくない。お互いに支え合える、持ちつ持たれつの存在だと、私は信じている」と主張した。中には誰にも相談できないような状況に立たされている、そういう女子学生もいると思うが、あまりセクハラを盾にして抗議し続けると、かえって女性の立場をおとしめてしまう…と語った社会学者もいた。私はかつて、そういった問題にも社会学的に取り組んできた。だから、何でもかんでも「セクハラ」という言葉を使うことによって、本当に「セクハラ」で苦しんでいる人たちに申し訳ないと思うのである。あなたが不愉快に思うようなことをされただけだったのか? それとも、相手は本当に性差を意識した嫌がらせをしてきたのか? それとも、ただ単にあなたの価値観がそれを「不愉快」と思っただけだったのか? 一時的なことだったのか? それとも継続しているのか? それらの点を混同しないでほしい。自覚してほしい。

さて、今日はこの空き時間を使って、腰のリハビリに行かなくては…。天気も良いし、家にずっといるのも、何だかもったいない。早く、腰の痛み何とかしたいと思う。


1月19日(水)

日本大学国際関係学部「人間と社会U」が終講した。今日は最終回ということで、私が半期間にどのような考えをベースに講義をしてきたのかを語る。が、あまり語りすぎて試験前の学生を惑わしてはいけない…と思い、60分以内で話を終える。

その後、予定していた新幹線(10:56三島駅発のこだま号)より1本早い列車に乗れそうだったので、10:23発のこだま号に指定席券を変更する。そのおかげで、先週よりも30分以上早く十条駅に到着。ゆっくりと次の講義の準備をすることが出来た。

そして、帝京高等看護学院第一看護科「人間関係論」が終講。2時限連続とはいえ、泣いても笑っても終講…。とにかく予定していたことは語り尽くせたので、ホッとする。あとは、終講試験で出来るだけ多くの学生が1回で合格してくれることを願うのみである。

18時過ぎに帰宅すると、3通の配達不在票が…。宅配便が2種類と小包が1通。それぞれに電話をかけ、再配達をお願いした。が、すべて「配達は19時から22時の間になります」とのこと。今日はどうしても買い物に出なければならなかったのだが…。19時前に宅配便は2通とも再配達されたのだが、小包が…。時間は20時を回ってしまっている…。もう、こうなると外出はムリだ…ということで、腹を決めて部屋で待機することにした。食事の材料もなかったので、電話で宅配寿司(私のお気に入りは、「銀のさら」を注文することにした。その電話の最中、「郵便局ですが…」という声…。何とも、間の悪い配達である。

しかし、「まぁ、たまにはこんな事があってもいいのかな…」と思いつつ、寿司をほおばる私であった。

今週の講義は、明日の朝イチで終了。たまった採点を片づけておかないと…。それと、疲労回復も…。


1月20日(木)

今日の仕事は、日本大学医学部附属看護専門学校のみ。それも、朝イチで終了…。この講義は、まだ残回数があるので、次週も出講である。先週に引き続き「人間関係の諸相と構造」と題した講義を展開したが、先週遅れたペースを取り戻さなくてはならないため、「時間との闘い」に追われるような形になった。それでも、何とか2週で終える予定であったところ(の近く)まで進む。

こうやって書いていると、何とも順調に仕事が進んだように思われてしまうのだが、またしても(?)今朝もなかなか起きられず、目覚まし時計が鳴った1時間後にやっとフトンから出た次第…。よって、今朝もタクシー通勤であった。

講義後、久々に池袋をブラブラしてみた。まず昼食。前々から入ってみたいと思っていた豚骨ラーメンの店があったので、ちょっとさがしてみた。池袋西口の東京三菱銀行近くの「しもやま」という店なのだが、ここは並盛りだろうが中盛り(1.5人前)だろうが大盛り(2人前)だろうが、値段は一緒というのがまず嬉しい。そして、太麺と細麺のどちらかを選ぶ。細麺の場合、何も言わずに「替え玉」が途中で差し出される。私は中盛りを頼んだのだが、結局は大盛りを食べたのと同じことになる。嬉しいサービスである。

食後、亞州兄弟で韓国映画のDVDでも買って帰ろうか…と思い、池袋東口に出た。しかし、私の知る場所に事務所はあったが、お店は移転したらしい。事務所の玄関に、移転先が丁寧に説明されていたが、何となくそこまで歩いて行く気力がなくなり、池袋駅へ戻る。この街の変化についていけていない自分に気付く。

そして、丸ノ内線と千代田線を乗り継いで表参道に出て、原宿で買い物をすることにした。しかし、乗り換えを間違える。丸ノ内線から千代田線に乗り換えるのに便利なのは国会議事堂前駅なのだが、車内でウトウトしていたため、その手前の霞ヶ関駅で降りてしまったのである。ここで降りても乗り換えは出来るのだが、いったん日比谷線のホームを経由しないと千代田線に乗り換えられず、エライ時間がかかってしまうのである。が、目的の表参道駅には出られたのだから、結果オーライということにする。

明治神宮方面にへ向かって歩いている途中、表参道に海外の高級ブランド店が増えていることに気付く。ルイ・ヴィトンやシャネル、イヴ・サン・ローラン、バーバリーなどなど、挙げればきりがない。ブランド品の価値がわかって使用している日本人がどれだけいるのだろう?…という疑問を軽く感じつつ、歩き続けた。同潤会アパートも取り壊されていて、私の知る風景はそこにはなかった。

一度、重たい荷物を置くために帰宅した。トイレットペーパーやティッシュペーパーがなくなってしまったのと、ちょうど今それらの “安売り” をしているスーパーがあるので、再び買い物に出た。ついでに、かかとのガサガサを取り除くために軽石を購入したのだが、その商品情報がレジのホストコンピュータに登録されていなかったらしく、レジ打ちのオバサンが「ちょっとお待ちください」と言うや否やレジをロックし、軽石の売り場(?)をアチコチ探し回っていた。独力では見つけられないと判断したオバサンは、バイト(男子大学生?)2人に協力依頼していた。が、この2人、まったく探す気がない! ヤル気が感じられないのである。アチコチ探し回っているのは、オバサンだけ。しかし、いっこうに軽石の売り場を探し出せない…。「私に聞けばいいのに…」とつぶやく私。私がレジまで持ってきたのだから、売り場がわからない時点で私に聞けば良いのだ! 3分ほどレジ前で待たされた後、オバサンは「すいません…、これ、どこにありました?」と、やっと私に聞いてくれた。私が、「そこの、衛生用品売り場の前にありましたよ!」と教えると、今度は衛生用品の棚を探そうとしていた。「違う! その棚の前だよ!」と念をオバサンに送るが、届かず。その時、さっきまでヤル気のなかったバイト2人が、オバサンに「こっちじゃないですか?」と正しい棚を指示し、ようやっと値段が判明する。「お待たせしました。軽石、627円です」と誇らしげに私に教えてくれたオバサンであったが、私は値段を比較した上でその軽石を選んだのだから、値段だってオバサンに言われなくても知っていたのである。とりあえず、私のあとに並んでいた子連れの女性に会釈して謝罪し、帰途に就いた。

今日は一日、眠気と戦い続けたような感じだった。まとまった仕事は、明日やることにしよう。でないと、ケアレスミスを連発してしまいそうだ…。


1月21日(金)

せっかく今日はOFF日なのに、こういう時の私はなぜか頭痛に悩まされる。朝方、激しい頭痛に襲われ、医師に処方してもらった鎮痛剤を飲んで再びフトンに戻るが、鎮まる気配がなかった。それで結局、14時過ぎまでフトンの中で過ごすことになる。完全に頭痛が鎮まったワケではなかったが、時間がもったいなかったので起きた次第。

起きて、「まずは食事!」とうどんを茹でる。こういう時は、食べて元気を取り戻すに限る。うどんを食べながら、テレビを見る。ちょっと前にやっていたドラマの再放送…。昨年放送していた「アットホーム・ダッド」と、3年近く前に放送していた「ランチの女王」を見たが、これらのドラマを実際に(ちゃんと)見たことがなかった私は、ある事実に気付く。ドラマに興味がない場合でも、数年後に見ると面白いということ。ブレイク前のタレントの、今では見られないような役柄が見られたり、社会変動に伴うトレンドの変化などが、ドラマのストーリーと相まって面白みを醸し出すのである。リアルタイムで見たいドラマもあるが、こういう見方も面白い!

鎮痛剤の効き目がなかなか現れないので今井医院へ行こうと思ったのだが、体がなかなか言うことをきいてくれない。その上、見ているドラマの展開が気になる…。部屋でグダグダしていると、ピンポ〜ンと呼び鈴が鳴る。新しいクレジットカードが届いたのである。もし思い切って通院していたら、不在配達票を持って郵便局まで取りに行かなくてはならないところだった。グダグダが功を奏したという、珍しい例である。

夕方、頭痛が鎮まりかけたので、今井医院へ通院することにした。その前に、東神奈川駅前のTSUTAYAに向かい、「アットホーム・ダッド」のDVDを借りる。「アットホーム・ダッド」には講義の中で使えそうな内容が盛りだくさんだったので、さっそく今度の月曜日に…と思った次第。思い切ってフトンから起きた甲斐があったワケである。

今井医院へ行くのは、今年初めて。韓国で今井先生とお会いするハズだったが、お互いにスケジュールが合わず、今年初顔合わせとなった。診察室で頭痛の様子(今朝、鎮痛剤を飲んだけれど、効き目がなかった…ということ)を伝えると、鎮痛剤が変更となった。それにしても、どの鎮痛剤も効かない私の体には困ったものである。

処方箋薬局で鎮痛剤を受け取った後、近くのトンカツ屋さんに久々に入る。いつも私はトンカツを食さずに豚生姜焼きを頼むのだが、この店は和牛を売りにしているので、今日は牛生姜焼きを頼んでみた。「生姜焼きと言えば豚」という私の価値観が覆されるような料理だった。が、「では、豚と牛、どちらの生姜焼きが好き?」と聞かれても、困ってしまう…。豚には豚の、牛には牛の良さがあるので…。

BSE関連で牛肉の消費量が落ち込んでいるようだが、豚は安全だということで、昨年は牛より豚を多く食していたような気がする。昨年、韓国に行った時には「あぁ〜、やっぱり豚肉は安全だなぁ!」という広告が地下鉄に貼ってあり、焼き肉屋さんの売り上げが激減していた。どうなる、牛肉? 早く、以前のように安心して何でも食べられる環境が復活してほしいものである。


1月22日(土)

今日もOFF日だったのに、両膝と両足首に激痛があり、昨日と同様の状態に…。完全に痛みが鎮まったワケではなかったが、時間がもったいなかったので起きた次第。

起きて、「まずは食事!」とそばを茹でる。こういう時は、食べて元気を取り戻すに限る。その時、今朝の新聞が一紙、届いていないことに気付く。販売店に電話し、朝刊が届いていない旨を伝えると、10分もしないうちに配達員が現れ、朝刊と共に洗剤を私に手渡した。こういう迅速な対応(&フォロー)は嬉しいものである。

以前私が購読していた某新聞は、本社も販売店も気に入らないことをしてきたため、購読をやめた過去がある。まず本社の対応であるが、1999年に私が『ストレス・スパイラル』を発表した際、プレゼント企画で私の本を「○月○日に掲載する」と約束しておきながら、新聞社にとってもっと利のある広告企画が持ち上がり、私の広告が差し替えられてしまった。その数ヶ月後、やっと『ストレス・スパイラル』は紙面に載ったのだが、新聞社の体質を見せつけられたような一件だった。そして、その新聞社の販売店がオマヌケなことをやらかした。私は一人住まいで不在がちなので、「なかなか新聞代の集金ができない。いつだったらお会いできるか、教えてください」と販売店から電話があった。そして、「19時くらいに在宅の日がありますか?」と聞かれたので、「では、○月○日は急いで帰宅して、19時までに家に着くようにします」と答えて電話を切った。そしてその当日、仕事を早めに終えた私は、色々な人からのお誘いを断り、急いで家に戻った。18時半には帰宅したと思う。しかし、19時を過ぎても販売店から集金に来ない。何の連絡もない。約束の時間から2時間以上が経過したので、近所のコンビニに買い物に行った(集金のことを考えて、帰宅途中で買い物をする余裕がなかったのである)。数日後、「いつ集金に伺えばよいですか?」というマヌケな電話が販売店から入り、「お宅のほうで19時以降に在宅の日はないかと聞いてきたから、○月○日の夜は家で集金を待っていたんじゃないか!?」とちょっと声を荒げた私…。「あっ、そうでしたっけ? では、今度はいつならよろしいでしょうか?」と、とぼけた返答…。数ヶ月後、その販売店の配達員が19時半頃に私の家の呼び鈴を押した。そして、「すいません、夕刊は届きましたか?」と聞いてきた。私が「届いてますが…」と答えると、「それ、要りますか?」と聞いてきた。この時点で「???」なのだが、何のことだかわからないので聞き返すと、「実は、まだ夕刊が届いていないという家がありまして、でも販売店には1部も残っていないんです。それで、お金出しますから、その夕刊を売ってください」と言ってきたのである。もう、この新聞社と縁を切る時期なのだろうと感じた私は、配達員から100円を受け取り、その翌月に契約更新を断った。私の実家は、この某新聞を購読している。私が生まれる前から今も、ずっとその某新聞である。私が初めて一人暮らしを始めた時も、何の迷いもなく某新聞を購読した。そして、30年以上も購読した某新聞への信頼は、アッと言う間に崩れたのである。

そばを食べながら、月曜日の講義で使うDVDの編集(ダビング)に入る。月曜日で今年度の日本大学国際関係学部の担当講義は終了するが、最終回の “完全なる手抜き” のために、今日を含めて3日間の準備期間を要した。おそらく月曜日の講義は、学生から見れば「手抜き」に見えるだろうが、ふだんの講義と同じくらい…いや、それ以上に手の込んだ準備をしたことになる。

結局、ヒザと足首の激痛への処置と、月曜日の講義の準備のため、今日もたまった答案の採点まで手が回らなかった。まぁ、時間的な余裕もあるから、ゆっくりやることにするか…。


1月24日(月)

昨日は弟が、今日は兄が、それぞれ1つずつ歳を取った。この歳になると、誕生日がめでたいのか、めでたくないのか、わからなくなる。とにかく、確実に時は流れ、あの頃には戻れなくなっているのだ…ということだけはわかる。ちょっと切ない感じがした。

私は来週、1つ歳を取る…。これも、めでたいのか、めでたくないのか…?

切ない…といえば、昨日のうちに今日のキップを買っておいたのだが、それをどこかで落としてしまったらしく、どこを探しても見つからなかった。昨夜、寝る前に仕事の準備をしていて気付いたのである。日本大学国際関係学部へ出講する際、朝の混んだ駅で窓口に並ばなくても良いようにと、旅行代理店で乗車券と特急券を買っておいたのだ。ただ、不幸中の幸いというべきか、いつもなら乗車券を往復で発券してもらうところ、どういうわけか片道分だけの発券となっていたのである。だから、被害は最小限に抑えられたと言えよう。それにしても、私の人生の中で、買った切符をなくすなんて、初めての経験である。そういえば、最近は物忘れがまたひどくなって、ちょっとモノをどこかにおくと、それをどこにおいたのかわからなくなってしまうこともある。それと、自分の発言に自信が無くなることもある。例えば、学生に「来週は定期試験です」などと告知したあと、「来週で良かったんだっけ?」などと自分を疑い始めるのである。正しいことを講義で述べていても、学生の反応が薄いと、「あれっ? 何か間違えて発言したかな?」などと考えてしまうので、必要のない余計なことまでしゃべり始める有様。気を付けないと…。

今日で、日本大学国際関係学部の「日本社会」「社会変動論」「日本の社会」の2004年度分が終講した。それはすなわち、今年度の三島での担当講義全ての終講を意味する。学生たちがどういう感覚を持ったかは別にして(?)、自分では無事に終講を迎えられたと思っている。終講だから、いたずらに試験範囲を増やさないように、なるべく早めに講義を切り上げよう…と思って教室に入ったが、話すことはたくさんあって、結局はいつもと同様の終了時間となる。終講だというのに、CDを聴かせたり、DVDを見せたりするから、当然のように時間がかかってしまっただけの話だが…。

仕事後、右手親指に痛みを感じて、じっくりと眺めてみた。すると、爪と皮膚の間にあかぎれらしきものが出来ていて、それが痛みの原因であった。チョークは握れたが、ペン類は力が入らず…で、今日も採点が出来ないままである。情けない…。


1月25日(火)

リハビリと採点のことばかり(?)考えていた一日…。

リハビリ前、知り合いに頼まれて郵便局へ行き、定額小為替を購入した。これを簡易書留で郵送…。忙しい人は日中、郵便局へ行けない。24時間態勢の郵便局でも、16時半や17時を過ぎれば、郵貯や保険、為替の業務は行われない。講義期間中の私も、日中に郵便局へ行けなかったがばっかりに振込が遅れてしまったことを経験している。だから、こういう依頼はする側の気持ちがわかるので、ヒマな私が行って然るべきかも知れないと思い(決してヒマではないのだが…)、引き受けた次第である。

リハビリを行う整形外科病院は、暖房が行き届いていて、どこを歩いていても暖かい。出来たら外に出たくない…という気分にさえさせられる。そのためだろうか、リハビリ後に院外に出て、冷たい外気に触れたため、せっかく施されたリハビリの効果が薄れてしまい、かえってリハビリ前よりも肩や腰が痛み始めてきた。せっかくお金を出したのに、リバウンドが来るようでは…!?

その後、書店を数件訪ねて帰宅。帰宅してメールのチェックをして夕飯。昨日の帰途、宇和島のつみれを1袋購入したので、つみれ汁を作ってみた。水をはった鍋につみれを入れ、そのまま沸騰させると、つみれから良い出汁が出てくる。そこへ醤油とみりん、適量の生姜(チューブ)を入れて味を調えれば、それだけでおいしいつみれ汁になる。最後に、長ネギを細かく刻んだものをドバッと入れて完成!

そうこうしているうちに、採点のことをすっかり忘れていた自分に気付く。いけない、いけない…ということで、一気に200人分の採点に取りかかる。私は仕事に取りかかるのは遅いのだが、取りかかってしまうと作業は早いのである! 「何で今まで、取りかかれなかったのだろう?」と自問するヒマもなく、あっという間に採点が終わってしまった。あとはこの結果を採点表に転記すれば一丁あがり!…なのであるが、これはまた明日以降…。


1月27日(木)

突然だが、気を遣っているのに「気が利かない!」と言われ続けている私である。

「気が利かない」といえば、某放送局の人事も気が利かない。某放送局で不祥事が多発し、会長辞任論が加熱していたが、会長自身と世間との温度差が激しく、世間の怒りは増すばかり。これでは放送局の沽券にも関わるということで一昨日、会長が辞任して一件落着! …かと思いきや、引責辞任したはずの元会長が顧問としてとどまることになったというのだから、呆れた話である。「院政」との噂もあるが、この元会長、頭が悪いのか? 大衆をナメているのか? あなたがそこにいるだけで某放送局の評判は悪化するばかりだ…ということをなぜ理解しようとしないのだ? 元会長の権力への固執は、某放送局だけでなく、この国の報道態勢の膿である。

今朝も、起きるのがツラかった。が、寝ているワケにもいかない…。日本大学医学部附属看護専門学校の講義も、あと2回…。何としても遅刻するワケにもいかない…。結局、いつものようにギリギリの時間までフトンの中にいて、パッと飛び起きて身仕度をととのえる。タイミングが良かったようで、予定していたものよりも1本早い湘南新宿ラインに乗り込めた。よって、今朝はタクシーに乗らずに済んだ。

看護学校での講義を終えた後、本来なら池袋駅西口行きのバスに乗るのだが、今日は久々に赤羽駅行きのバスに乗る。そして板橋本町で下車し、旧中山道を歩き、石神井川沿いを歩き、帝京大学の構内に入り、病院を通り抜け、帝京高等看護学院に到着。一昨日、「人間関係論」の終講試験が行われたので、答案用紙を引き取りに来たのである。パラパラ〜ッと見た感じでは良く書けているように見えるのだが、さっそく不合格を決定づける答案も発見され、愕然とする。

このところ、私の講義の管轄研究室から連絡が入ったり、学生からメールが来たり…。内容は、学生から「成績発表はいつですか?」という問い合わせである。まだ試験が終わったばかりだったり、レポートの提出が終了したばかりだったり…というタイミングなのに、どうして「結果」を急ぐのだろう? まだ私のもとに答案用紙やレポートが渡っていないものもあるのに、「いつ結果がわかりますか?」というと問い合わせは後を絶たない。これも、「人生縮小化現象」の一部なのだろうか? 楽しみをあとに取っておくことが出来ず、チンタラした状況にイライラする…。それで、キレたり、ムカついたり…。それとよく似ている…。結果を急ぐ学生たちは、私が何度も講義で同じ事を語ると「くどい」と評価する。何度も語ることの意味、重要性を理解せず、「それは前に聞いたから、早く先に進め!」と言わんばかりである。かつてのドラマは、1回見逃しても、次の回を見れば前回の内容が大体理解できるよう、ゆっくり展開していた。本編も20回以上あったと思う。今のドラマは、1回でも見逃すと展開について行けず、1クールも10回程度である。それがトレンドなのかもしれないが、あまりにもドライである。

それにしても…、またもや疲労が取れない。韓国でリフレッシュしたはずなのに…!?


1月28日(金)

昨日「気が利かない」某放送局の評判をしたが、引責辞任した元会長が顧問就任を辞退することになった。ここで私がぼやいたから…というのは理由ではないだろうが、元会長の顧問就任で某放送局には抗議電話が数万件…回線がパンクしたという。この元会長、本心からの辞任ではあるまい。もしかすると「いちいち騒ぎやがって!」と世間を逆恨みしているかもしれない。もしそうだとすると、表面上は顧問辞任に至っても、裏で新会長の糸を引っ張り、実質的な「院政」となるかもしれない。

今日は、銀座ヤマハホールで24日(月)から30日(日)まで開催されている韓国映画祭に行ってきた。日韓国交正常化40周年記念のイベントであるが、日本未公開で韓流スターのデビュー当時の出演作が上映されるとあっては、韓流マニアにはたまらない映画祭となることだろう。

で、私もこの映画祭には興味を持っていたので、スケジュール的に確実に観覧できる日を探したところ、全席指定制のため、チケット完売の日・時間帯もあった。それでも、私のスケジュールと合う日程はあるはずだ…と探してみた、そして、今日がまさにその日だったわけである。火曜日にチケットぴあのデジポケ(インターネット上で予約を入れ、ICカードや携帯電話にダウンロードしたり、または指定店舗で紙チケットを発行してもらうシステム)に予約してあったので、今日は落ち着いて出掛けることが出来た。

会場のヤマハホールの入り口では、数名の若い女性が韓流スターの話題で盛り上がっていた。開場となって席に着いた私の周りでも、オバサマ方が韓流スターの話題で盛り上がっていた。しかし、韓流スターのプロフィールを熟知することが日韓

今日の上映は1997年作品の「手紙」である。主演はパク・シニャン(朴新陽)とチェ・ジンシル(崔真実)。韓国ではこの映画が「催涙性メロドラマ」と評され、韓流関連のホームページでも「この映画を観て泣かないのは人間じゃない!」とか「この映画を観て、チェ・ジンシルを守ってあげようと思わないのは男じゃない!」などと書かれている。14時からの回で観覧したが…泣けた! いやぁ、泣けた! 泣けて泣けて、本当に泣けて…。美しい夫婦の純愛物語に心を打たれた。

が、チェ・ジンシルといえば、今から4年ほど前に元巨人軍のチョ・ソンミン(趙成と結婚し、2子をもうけたものの、夫婦仲が悪化し、2人目の子供が生まれた時にはチョ・ソンミンも病院に来なかったというし、昨年はチョの暴力だの何だのでチェ・ジンシルも病院に運ばれて、離婚が成立してチョも逮捕され…という泥沼状態だった。この映画の撮影時には、そんなことは夢にも思わなかったんだろうなぁ…。映画鑑賞中はそんな事実を忘れて、ただ単に映画の中のストーリーに泣けた。

そういえば、今月のソウル滞在中、この映画のVCDが売られているのを見たような気がする。その時は、この映画の良さを知らなかったので気にもとめなかったのだが…。今思うと、大変もったいないことをしたものである。確か、1枚3500ウォン(350円程度)だった。

映画祭の客層は、韓流ブームの傾向そのままに、女性客が大勢を占めた…というよりも、男性客は両手で数えられる程度しかいなかった。男性客の比率は、全体の1割にも満たないのである。そう考えると、私の席の両隣は女性となるはずなのだが、左隣は男性客だった。“高確率の偶然” である。

私の座席は、火曜日に予約を入れたとは思えぬほどの好位置! 1階F列13番…要するに、1階の6列目ど真ん中!

映画観賞後、せっかく久々に銀座に出たので、銀ブラをすることにした。子供の頃、そして学生の頃は、銀座を歩くことがステイタスシンボルであった。しかし、今の銀座は、かつてに比べると寂れているというか何というか、誰でも彼でもが気軽に歩ける街となってしまった。が、1本道を外れると、そこには古式ゆかしい(?)銀座の姿が見られる。目抜き通りは “売れ線” 意識が強いのだろうか?

せっかくの銀座…、ティファニーの脇道にひっそりとある八眞茂登(やまもと)に入ることにした。この店は以前、昼間は11時から14時までで、それから17時まで昼休みだったのだが、私が八眞茂登を訪ねたのは16時前。ここでも “高確率の偶然” にかけてみた。すると、「営業中」の看板が…! どうやら、昼休み制がなくなったらしい。この店は中華料理店といえば中華料理店であるが、売りは「ベトナム麺」である。1杯1000円と、決して安くはないのだが、ボリュームもあり、味も私好みなのである。おまけに、デカイ酢漬けのニンニクがゴロゴロ入っているので、スタミナも満点! そして、ニンニク臭が気にならない! 久々のベトナム麺に満足して、有楽町駅に向かった。

帰宅したら、Amazon.co.jpに注文した「猟奇的な彼女」ディテクターズ・カット特別版のDVDが届いていた。今日もまた、採点作業が出来ないんだろうなぁ…。


1月29日(土)

午前中に、またもや終講試験の答案用紙が送られてきた…。

昼前、ある研究会に参加するために出掛けた。研究会は13時から16時半までということで、とりあえずたまりにたまった採点は帰宅してから…ということにした。

研究会終了後、急いで帰宅したのだが、テレビの誘惑に勝てず…。しかし、今夜は絶対採点にかからないと、明日以降がつらくなる。月曜日と水曜日に、日本大学国際関係学部で3科目の試験監督をし、そのまま答案用紙を持ち帰るわけだから、さっさと片づけておかないと…。

それで今夜は、日体大の試験を全て片づけた。慌てていい加減な採点をしてはいけないので、じっくり学生たちの汗と涙の結晶(中には、講義とは関係のない文献の丸写しレポートも数通見つかったが)を読んでいたら時間がえらくかかってしまった。それでも、とりあえず採点を終えることが出来たので、万々歳!

さて、昨日も寝不足だったので、起きているのがツライ。今日の更新はこの程度で…。


1月30日(日)

気分転換にNTVの「笑点」を見ていたら、「早いもんで、明後日はもう2月でございます」と三遊亭小遊三師匠…。何だか、ワケのわからぬままの1ヶ月だったような気が…。月末に、採点地獄(?)にはまり、抜け出せなくなった私…。

実はここ数週間、声に出して叫びたいほど腰とヒザと足首に激痛が走っている。朝起きるのも一苦労である。出掛けるのも重労働である。ある時、我慢できず人前で「痛い」と口走ったら、「あんまり、痛い痛いって言うな!」と注意されてしまったことがあるが、こういう時は声に出したほうが楽なのである。「ため息をつくと、幸せが逃げていく」と言われるが、実はため息をためるほうがストレスに至りやすく、ため息をつくことで心身のリズムは保たれるらしい。それと同じである。

もっとも、仕事中(講義中)などは決して「痛い」と叫ぶことはないが、自分の体調を語ることで精神的にリラックスできるのである。ただ、最近の学生は「先生は、体調が悪いことを学生に訴えて、何になるというのですか?」というようなことを平気で答案用紙に書いてくる。唯一の救いは、「お大事に!」というメッセージのほうが多いことである。

昨夜の採点が明け方までかかってしまった(昨日の「ぼやき」を更新したのも、ちょうどその頃)。採点後、すぐに就寝したのだが、熟睡を通り越して爆睡状態となり、気が付けば12時…。今日はAmazon.co.jpに注文した本が届く日である。昨日、研究会に出席している時に2回も宅配便が家に来てくれたようなのだが、不在だった…とその頃、私は腰痛と闘いながら研究会で発言をしていたワケである。今日届いた本は、陳昌鉉(ちん・しょうげん=チン・チャンヒョン)氏の「海峡を渡るバイオリン」。昨年11月27日、草なぎ剛主演でドラマ化された、あの原作本である。ドラマの中で、私の社会学理論と合致する部分があって気になっていたのであるが、その部分を先日、私の門下生が自主提出してきてくれたレポートの中で教えられれ、原作本を手に取る決意をしたのである。

さて、今夜も採点、採点…。明日は三島勤務日だから、寝坊は出来ないし…。


1月31日(月)

昨夜は、約200人分の答案用紙と格闘した。採点結果を長いこと手元に置いておくのはイヤなので、通勤途中でコンビニに立ち寄り、宅急便で返送した。こうやって、徐々に義務を達成していることを自分自身に実感させ、モチベーションを維持しようと考えている。

今日は、日本大学国際関係学部で「社会変動論」「日本の社会」の試験監督。そして、答案用紙の回収。国際関係学部の場合、試験時間は1科目50分である。講義をするより40分も短い上、講義のようにずっと話し続ける必要もないので、学生たちからは「試験監督って楽ですか?」などと聞かれることもあるが、「私の感覚では」ということわりをつけた上で言わせてもらうと、講義のほうが楽である。今日は天気が良かった。青空がきれいだった。富士山も美しかった。しかし、冷たい風が容赦なく吹き抜けて寒かった。

今日は2科目で約110枚の答案用紙を回収したが、みんなの出来が良いので採点もスムーズに進む。「全員合格!」と言いたかったのだが、片一方の科目で2人の不合格者が出た。この2人は再試験を受けることの出来る学年なので、もう一度チャレンジしてもらうことにした。出席状況が悪かったのか、私の講義をナメていたのか、理由はわからないが、2問の出題に対し、両方とも同じ範囲からの解答しかできていない…。要するに、前期か後期の知識どちらかだけで勝負に出て、あえなく敗退していったのである。この2人さえ合格していれば…。残念!

たまには、日付の変わらないうちに採点が終了するものである。が、まだ私の手元には未採点の答案用紙が…。これは、明日にでも採点しよう。あまり根を詰めすぎてもいけないし…。


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