2003年2月のぼやき
2月2日(日)
昨日の夜、帰宅してテレビを見ていたら、ニュース速報が入り、着陸直前のスペースシャトルからの連絡が途絶えたという事実を知る。スペースシャトルはテキサスで墜落、乗組員7人全員死亡だという。いつだったか、一般公募で乗組員を選び、初の日系人宇宙飛行士の話題に日本も注目する中、打ち上げられたスペースシャトルが爆発するという事故が起きたことを思い出した。結局、夜明けまで、NHKのスペースシャトル関連の臨時番組を見てしまう。誰か一人でも助かっていて欲しい…という想いはくじかれたが、宇宙への挑戦はおそらく果てしなく進んでいくのだろう。
学生たちの汗と涙と努力の結晶である答案用紙の採点に追われる毎日…。回収してすぐに採点作業に入れば良いものを、なぜか私は期限ギリギリにならないと仕事をする気にならない。さらに、このところは心身の疲労回復がうまくいかず、なかなか採点に着手できなかった。学生たちの熱意を、いい加減な採点で対応するのはあまりに失礼だと思うあまり、気分昂揚を待って期限ギリギリ…というのが、今回の言い訳である。
今日は一歩も外には出ることなく、採点、採点、採点…である。採点の合間に食事を自分で整えなくてはならないから、もう大変!?
山は明日あたりか?
2月3日(月)
日本体育大学で担当した「社会学」の採点簿を郵送した。これでまた1つ、責務を果たしたことになる。しかし、まだまだ私の目の前には…。
採点簿を封筒に入れ、郵便局へ。日本体育大学からあらかじめ切手の貼られた封筒が渡されていたのだが、料金が足りないような気がしたため、あえて近所の郵便局で調べてもらうことにした。夕方4時を回った郵便局は、貯金・保険関係の窓口が閉じてあり、切手・はがき類販売の窓口1つだけが開いている状態だった。そこにひとりのオバサンが!? そのオバサンは、郵便局員にあれこれ郵便とは関係ないことを話し掛け、さらに郵便の不足料金を現金で払えばよいものを(後ろがつかえていたのだから)、サイフの中から未使用の切手を探し出しながら、「あぁ、この切手は絵がきれいだから使うのもったいないし、これはちょっと汚いわねぇ…。ねぇ、どれがいいかしら?」と局員に尋ねていた。そんな作業を延々と繰り返しながらも、「あなた、よくワイシャツだけで仕事できるわねぇ! すごいわぁ! 私なんて、いくら着込んでも寒くて寒くて…」と、空気を読むことなく、マイペースで自分の世界に入り込んでいた。私の後ろのオバサンは、その光景に「何やってんのよ? 早くしてよ! ねぇ?」と私に食って掛かる有様。「あのねオバサン、私もイライラしてるのね!」という言葉を飲み込んで、ただひたすら耐えることにした。
今日は節分である。家族と同居していた頃は毎年「豆まき」をしていたのだが、ひとり暮らしを始めてから、あまり豆をまくことはなくなった。ひとり暮らし最初の年は、思いっきり豆をまいたものだ。日頃のウサを晴らすかのごとく、いっぱいまいた。ここ数年、恵方(えほう)を向きながら黙々と太巻きを食べ切る「恵方巻き」に凝っている。恵方というのは、読んで字の如く「幸福な方角」のことで、今年は南南東だという。南南東を向きながら、黙って太巻きを食べるのである。
明日は立春。そして、私の誕生日! めでたくもあり、めでたくもなし…。
2月4日(火)
Happy (?) birthday to me!!!
今日は、私の36回目の誕生日である。この歳になると、1つ歳をとるのがめでたいのかな?…と考てしまうようになるのだが、年に一度の誕生日(←当たり前だ!)だから、めでたいということにしておこう。
そもそも、誕生日というものは、私がめでたいのではなく、私を36年前にこの世に存在させてくれた両親という存在が…これ以上語ると、倫理学的になってしまうので、ここで誕生日ネタは終了。
昼間、用事が出来たので、東海道線の快速アクティに乗って小田原方面を目指した。途中までは快適だったのだが、辻堂駅を通過したあたりで急停車し、「車両故障が発生しました。安全確認が済むまで、このまま停車します。お客様にはお急ぎのところ大変ご迷惑おかけいたしますが、今しばらくお待ちください」というアナウンスが入る。車内には、そのアナウンスを聞いてイライラし始める人、相も変わらずオシャベリに夢中な人、居眠り中の人などなど、様々な反応があった。結局、5分も停車せずに「安全確認が取れましたので、発車いたします」とおいうアナウンスが入ったのだが、本当に大丈夫なのか、JRの整備?
夕方、誕生日を祝ってくれるという奇特な人が目の前に現れ、小さなケーキでささやかな誕生パースティ! 私の希望で、キャンドルは立てないでおいた。何か、キャンドルの火を歳の分だけ立て、火をつけて、フーッと吹き消す儀式が、何となく命の火を消すような気がしてきたのも年齢のせいだろうか? 何はともあれ、バースディプレゼントをもらってご満悦な私であった。この人のためなら、私は何でもしてあげられるな…と、心でつぶやいた次第。
そんな楽しい時間も過ぎ去り、目の前に未採点の答案用紙の山、山、山…助けてくれぇ!!!
2月5日(水)
36歳になって最初の仕事を休講してしまった。日本大学医学部附属看護専門学校の講義を、体調不良で休んでしまい、補講を来週実施することとなった。来週も水曜日3時限目に「社会学」があるのだが、本来そこで終講となるところ、4時限目も続いて「社会学」を講義し、それで終講とするような措置をとってくださった看護専門学校の先生方に感謝する次第。
腰の具合も思わしくなかったので、今日は外出もせず、残った採点を一気にやり遂げた! 来週は日本大学松戸歯学部の、再来週は日本大学医学部附属看護専門学校の終講試験が実施される。看護専門学校のほうは、レポートの採点もあるので、どうなることやら…。そして、追再試験…。
今日も、私の誕生日を祝ってくれる人からのメールでのお祝いメッセージが届いた。嬉しいような、照れくさいような…。幸せをかみしめる私。
2月10日(火)
とある出講先の門下生たちが私の誕生日を祝ってくれるというので、新宿NSビルに行った。NSビルは、私にとって思い入れのある所。最上階(30階)にある無料展望室がお気に入りのスペースである。集合は18時半にその展望室ということであったが、少しでも長く夜景を眺めていたいという思いに駆られ、18時前にはすでに現地入り。年甲斐もなく、ノリノリ状態であった。
集まってくれた門下生は9人。私を入れて10名のパーティ(?)となった。門下生たちからプレゼントをもらって、胸が熱くなる(一説には、「飲みすぎ」のためとか?!)。
集まってくれる(くれた)門下生への感謝を形で表したいと思った私は、家を早めに出て、横浜で気の利いたグッズを捜し求めたが見当たらず、横須賀線と営団地下鉄銀座線を乗り継いで銀座へ出た。銀座には、私の行きつけ(?)の文具店・伊東屋がある。伊東屋へ行けば、何か見つかるだろう…という私の思いは見事に(?)満たされた。
1次会が2時間ほどで終了し、半数近くの門下生が帰途についたが、残りの門下生と私はカラオケボックスへ…。時の流れるのも忘れるくらい盛り上がったが、終電の時間は着実に迫ってくる…。私は新宿から中央線で東京に出て、そこから東海道線の終電に乗って帰ろうと思っていたのだが、中央線が途中で止まってしまい、東京到着が遅れてしまった。しかし、東海道線が中央線の到着を待っていてくれたので、無事に乗り込むことが出来た。まぁ、これに乗り遅れても、京浜東北線で帰れば良いだけの話だったのだが…。
何だか、嬉しい一日だった。
2月11日(祝)
昨夜、ビールや何やら飲んで帰ったのに、なぜか寝起きスッキリだった。いつもなら昼過ぎまで寝てしまうところ、今朝は時過ぎに目覚め、シッカリ朝食を整えてしまう。酒はまったく残っていない。どうしたことか?!
昼過ぎ、Bic P kan へ行く。パソコンの内蔵型ハードディスク(HDD)を購入しようかと思ったのだが、なかなか私の思ったようなものが見つからなかった。帯に短したすきに長しという感じなのである。ただ、今の設定(OS、アプリケーションなど)をそのまま新しいHDDに移行できるソフトが付属されているのは魅力だった。結局、HDDは購入せず、メディアラベルを数種類購入して帰宅する。
今日は久々に地上波でトワ・エ・モワを見た。昨年、一昨年と何度も何度もコンサートを観に行ったり、芥川さんに会いに行ったりしたのだが、何だか懐かしい感じがした。トワ・エ・モワも、かつては紅白歌合戦2回出場の実績を持つ、飛ぶ鳥を落とす勢いの時期があったのだが…。でも、5年前の再結成が、ファンである私には何よりも嬉しい出来事だった。
まぁ、この時期だから、「虹と雪のバラード」を歌唱するのは納得できるけれど…とか言いつつも、やはりコーラスワークがあの頃と変わっていない(いや、芥川さんの声は、あの頃よりも伸びと深みが出て、今のほうが良いのかも?!)のが良い! なんて感激して、ビデオに撮って、何度も何度も見ていた私…。ふだん、コンサートでは歌うけれどテレビでは歌うことのなかった唱歌「冬の星座」なども聴けて、ご満悦!
2月12日(水)
今日で平成14年度の講義がすべて終講。先週休講してしまった日本大学医学部附属看護専門学校で、先週の分も含めて3〜4時限目に講義をすることになっていた。
しかし、体調不良の私は、先にこの体調を何とかしようとしてしまった。その結果、横浜駅を離れたのが12時半過ぎ! 講義は13時からなので、確実に遅刻である。学校に電話を入れ、「テキストを読んでいるよう、指示してください」と伝言を依頼する。
こういう時に限って、電車が止まったり、道路が異常なまでに込んでいるものだ。どつぼにはまった私は、いつもなら池袋からバスで学校に行くものを、地下鉄有楽町線で2つ先の千川まで出て(バスはこの駅も経由する)、先回りしてバスを捕まえるか、タクシーを拾うことにした。千川駅に着き、地上に出た私の目の前を、バスは無情に過ぎてゆく…。すぐ手を上げてタクシーを止めた。このタクシーの運転手さん、人は良いのだが、方言が強くて何を言っているのかよくわからない。おまけに、話題は車の会社の裏話ばかり。「○○の自動車は、参加の△△自動車のモデルをそのまま作って販売して、生殺し状態にした」とか、「◇◇自動車の作ったバスは幅が広すぎて、次からは製造させてもらえないんだ」とか…。お客さんとの会話もタクシーの運転手さんのサービスの1つだが、こちらは遅刻して焦っているし、講義をできるだけ延長しないですむような導入を考えなければならなかったし…で、生きた心地がしなかった。
結局、3時限目の講義は50分遅れでスタート。終業・始業のチャイムは無視して、とりあえず先週話すべきだったことをコンパクトにまとめつつ、60分でまとめる。4時限目は実験演習。これは実験数を減らせば時間が稼げるわけで、最終的には15分延長にて全行程終了。
帰りに、池袋のBic P kanに寄り、パソコンのハードディスク(HDD)を購入。今使用しているのは、起動用(メイン)が10G(ギガ)、後に買ってきて増設したサブHDDが27G。メインとサブが逆状態である、HDDは長いこと使用していると不具合を起こしやすくなるという。メインHDDの使用年数はまだ3年くらいだが、普通の人の3倍くらいは酷使したように思う。そこで、一気に80Gの物を購入! ポイント還元されるとはいえ、この給料前にエライ出費…。クレジットカードを使わず現金で払ったから、もっとイタイ!
帰宅して、HDDを増設するため、あれやこれや…。おまけに、今使用している起動用HDDをそっくりそのままコピーしてしまおうというのだから、私にとっては初めての作業で、緊張の連続(もっとも、増設作業はやったことがあるので、そちらは何の問題なし!)。しかし、最近はディスクを丸ごとコピーできるソフトが充実しているので(最近では、HDDにユーティリティ・ソフトが付属していることが多いようである)、時間はかかったものの、無事にコピー作業!
しかし、こうやって増設を繰り返すくらいなら、新しいパソコンを買ったほうが…などと、ヤボなことは言わない。
2月13日(木)
昼過ぎまで寝てしまった! もっとも、未明まで起きていたのだから仕方がないのかもしれないが、眠りについてから目が覚めるまで、ものすごく深い状態に陥っていたようである。
このところ、私の眠りはかなり深いようで、目覚し時計にも反応しない時が多い。いざという時、同居人がいれば起こしてもらえるのかもしれないが、独り住まいの私は…。
せっかくパソコンのHDDを新しくしたのだから(?)ということで、驚速8というハードディスク加速ソフトを購入し、インストールした。雑誌などで、「パソコンが速くなる」という謳い文句に惹かれて数年…思い切ってインストールしたが、まだ効果がどのようなものか、今ひとつわからない状態。
夕方、胃腸科と整形外科のハシゴをする。胃腸科のほうは、服用する薬の種類と量が減り、万々歳!
帰宅して、ユニットバスの電気のスイッチを入れるが、反応なし。どうやら、電球が切れてしまったらしい。スーパーに電球1つ、買いに行く私…。
街はバレンタイン商戦。殺気立った女子高生たちに混じって、オバサマたちの奮闘ぶり!
2月15日(土)
Windowsの調子が一昨日からおかしく、マイクロソフト社に電話をかけ、エラー回避方法を教えてもらった。レジストリをいじりながらの作業となったが、原因が先日インストールしたソフトが原因であることが判明した。そのソフトを一旦アンインストールし、再インストールしたところ、エラーは回避できるようになったが、何だか納得いかない…。今までにWindows95を1回、98を3回ほど「壊した」私が、「もう壊れるようなWindowsは使いたくない!」という理由でOSを2000に入れ替えたのだが…。
しかし、レジストリをいじっていて、どうやら原因を作ったのは私であることが判明! 新しいソフトをインストールした後、レジストリをいじって、バックアップをとらずに削除したものがあったような…?!
これでまた、私の「Windows壊し」の歴史が更新されてしまった。
夕方、門下生の一人から「先生(=私)の住所と電話番号が学校に貼り出されています。ビックリしました。ご存知ですか?」というメールをもらい、ビックリする。学校に電話を入れて確認するよう依頼するも、「今すぐには動けません」という回答。私の連絡先を知る学生のいたずらかと思ったが、事実確認のために門下生に電話をすると、どうも貼り出したのはその学校の教員らしい。
私は公文書を出講先に宛てる際、必ず自分の住所・電話番号・メールアドレス・URLを文末に載せている。これは、私の文書に対して学校が急いで連絡をとろうとした時に、そこに連絡先一覧があるので、いちいち住所録などを探さないで済むように…という配慮である。今回の事件のあったその学校へも、追再試験の連絡一覧を郵送する際に連絡先一覧を付しておいたのである。「追再試験対象学生へ、課題・試験範囲について連絡をお願いします」という依頼状を兼ねたものであったが、教員の誰かが「いちいち口で言うのは面倒だ!」と思ったのであろう、私から送られてきた文書をコピーし、教室に貼り出しておいたらしい。それも、私の連絡一覧を消すこともなく…。それを学生が見て心配になり、私にメールを送ってくれたという次第。
私のような公人的立場にもある者の連絡先が公開されると、ちょっとどころか “かなり” 迷惑である。そう言えば、ちょっと前の話だが、その学校の学生から私の携帯電話に連絡があり、「この番号、誰に聞いたの?」と質問したら、「○○先生(その学校の専任教員の名前)に、『質問したいことがあるので、先生(=私)に問い合わせておいてください』と言ったら、『先生(=私)の携帯電話の番号を教えるから、自分で質問しなさい』って言われたんです」という答えが返ってきて、思い切りビックリした過去がある。その学生は決して私の番号を悪用することがなかったので安心したが、それにしても、しばらく「携帯の番号、変えようかな?」と真剣に悩み続けたものである。
今回のケースに当てはめると、「住所と電話番号、変えようかな?」ということになるが、年度末の今、そんなお金は出せない! コピーを掲示した教員からは謝罪の電話が入ったが、何だか後味が悪い。4月からもその学校には出講することになっているが、何だか複雑な心境だ!!!
このところ、こういうことの前兆がわかるようになってしまった。霊感ではないのだろうが、事前に心理的回避を図る努力もできるようになったので、あまりストレスにならない。その連絡を受けるよりも前に、横浜駅に出て、シラバスの校正原稿や成績処理書類を速達で送った後、気分転換に専門店でトレーナーとカッターシャツを買った。トレーナーもシャツも、同じ値段…いつも(?)私が購入するセーターやシャツだったら何着買えるんだろう? などということを考えなかったわけではないのだが、人前に出ることも多いし、これで気分が良い状態に保てるのなら安いもんだ!?
2月17日(月)
早朝(ちょっと寝坊気味!)、先日終講した日本大学医学部附属看護専門学校に向かった。横浜から池袋へ…そしてバス「日大病院」行きに乗り込めば、所要時間およそ1時間! 今朝も、しみじみ湘南新宿ラインのありがたさをかみしめる。
1時限目に「社会学」の終講試験があったのだが、私は監督をすればよいのか、それとも講師室で自分の仕事をしていて良いのか…?! 確認をとると、監督は別にしないでかまわないということだった。こんなことなら、もう少し遅くまで寝ていればよかったかなぁ…という思いを振り切り、「試験中に何かがあったら、すぐ教室に駆けつければいいじゃないか!」という防衛機制のような発想に転換する。試験開始前に今日が提出期限となっているレポートを回収していただき、試験が終わるまでに112人分、すべて目を通して採点。レポートは講義期間中に3回ほど学生に書いてもらったが、2回目までの点数はExcelで保存してあるので、データをフロッピーディスクにコピーし、看護学校のパソコンで続きの作業を…という展開となった。
試験が終わり、答案用紙が私の元に届けられる。急いで採点、そしてExcelに打ち込む。そして、Excelは全員合格という “とても” 嬉しい結果を表示してくれた。
日大看護学校での作業は、午前中ですべて終了。池袋に戻って昼食をとり、それから今度は帝京高等看護学院に向かった。「人間関係論」の再試験が行われるからである。
15時半過ぎ、私の元に答案用紙が10枚ほど届けられる。じっくり読みながら採点するも、こちらも全員合格とはいかなかった。教え方の責任か、それとも…? 考えれば考えるだけ深みにはまりそうなので、やめることにした。
ここ数日間、パソコンの調子が悪かった。とにかく動きが鈍いのである。画面に残像がいつまでも残ったり、アプリケーションの起ち上がりも異常なまでに遅い。ベンチマークテストの結果も、驚くほど低い値を示していた。そこで、先日インストールしたソフトを、昨日アンインストールしてみた。すると、数日間のパソコンのチンタラぶりが嘘のように、サクサクと作業をこなしてくれた。パソコンの動きが鈍ったのは、新しいソフトがCPUにかなりの不可をかけていたためと判明。
アンインストール後、パソコンの処理速度が見違えるように速く見えたので、これもまたソフトの効果だったのかもしれない(と、防衛規制して終わることにする)。
2月18日(火)
韓国第三の都市、テグ(大邱)市で、100人以上が死亡するという史上最悪の地下鉄火災があった。実は私も、テグには一度だけ行ったことがある。数時間だけの滞在であったが、当時のテグ市内の道路はアチコチ工事中だった。その翌年、今回の事故で世界的に注目を浴びる地下鉄が開通したのである。日本のテレビでは「耐火構造が…」「車窓の仕組みが…」「駅の構造は…」「排気口を伝って黒鉛が街を覆い…」などということばかり報じているが、どう見ても他人事のような報道である。1995年3月20日の「地下鉄サリン事件」のVTRも流れてたり、ヒューマニティの欠けた報道に辟易する。
昨日、今日と、出講先やそこの学生から電話やメールで「成績」に関する問い合わせが入る。以前も述べたような覚えがあるのだが、かつて私が学生だった頃、大学や担当教員に自分の成績にクレームをつけようものなら、その後無事な大学卒業が保証されたかどうか…。クレーム内容は、「不合格だった理由を教えてほしい」「成績表を受け取ったら “可” だった。自分は奨学金を申請しようと思っていたのに、こんな成績があると申請不可能になりかねない。“可” をもらうくらいだったら “不可” にしてほしい」などなど。私は、ふだんの教室の雰囲気と試験結果を客観的に(主観を交えず)成績評価しているのだ! あとで成績認定にクレームをつけるくらいだったら、ちゃんと講義に出席して、キチンとした答案を作成しろ! と、叫びたい気分になった。私の立場に…いや、私と似た立場に置かれ、クレームをつけられて嫌な気分になるまで、それらの学生が私の苛立ちを理解することはできないのだろう。
楽して、おいしい所だけ持っていきたがる傾向の強い今の若者に、何を言っても無駄かもしれないが、だからといって引き下がるわけにも行かない私であった。
2月20日(木)
18日の「ぼやき」は、御同業には支持を得たが、学生さんからはどうなのだろう? ムカつく内容だったかもしれない。
昨日、某出講先で終講時に実施された「授業に関するアンケート」の集計結果が送付されてきた。私は2つの講座を担当したので、2種類の結果を見ることになるのだが…。アンケートは講義内容や私の態度について、15問ほど設定されており、学生にそれらを5段階評価してもらうことになっているのだが、1や2という評価はほとんどなく(「ほとんど」ということは、皆無ではなかったということである)、大部分が4か5という評価だった。私はアンケートにはノータッチだったので、学生がどんなことを書いたのか、昨日まで知らずじまいだった。だから、余計に緊張もしたし嬉しかったのである。
ただ、キツイ意見も頂戴した。このアンケートには「フリーアンサー」項目があり、意見や感想などを書く欄がある。ここに書かれた私への賛辞はともかく、キツイ意見は注目に値する。誰もが私のやり方に共感してくれるわけではないので、こういう意見を肝に銘じて、平成15年度を迎えたいものである。が、「質問されて答えた時、人それぞれの意見として受け容れられず、授業を受ける意欲がなくなり、苦しかった」という意見があった。確かに、人それぞれに意見はある。しかし、それが社会意識に反しやすいもの(公共性を欠くもの)であったり、明らかに主観だけで客観性がないものについては、私は「社会学者」として、あるいは「教師」として、その意見を否定(?)することもある。そういうペルソナをかぶっている以上、あるいは大学の「講義」という時間内である以上、仕方のないことなのだと理解して欲しかった。この意見と対を成す「いろいろ考えさせられる質問が多く、勉強になりました」という意見もあるのだから、どちらに焦点を合わせるべきか…?
「時間をなるべく守ってほしい」と書かれたものもあったが、これについても多少の解説を…。遅刻者が多かったこの講座で、なるべく出席者全員が同じような理解を示して帰ってもらいたいという “余計な” 思いから、同じことを折に触れ何度か繰り返し解説する時間がある。そういうことをしていた結果、90分で講義がまとまらず、5分ほど延長することも多々あった。「サービス」のつもりが「時間をなるべく守ってほしい」という意見に結びつく…私の講義で言うところの「コミュニケーション不成立条件その1―誤解」状態である。平成15年度は、時間厳重にも気を配り…と時間ばかりを気にかけると、まとまりのないところで講義をやめなくてはならない時も出てくるだろう。だから、時間オーバーの回数を極力減らしていくことで勘弁していただきたい。
私の講義を賞賛する意見の一部
・聞いていて楽しかった。世の中の学生全員にこの授業を受けてほしい。 ・一度単位を取ってしまうと、とれないので、先生の別の科目ができるといいと思いました。 ・先生のチコクしてきた学生への気配りもあり、非常に助かりました。 ・はじめは単位がとりたかっただけなのですが、授業を受けていくたびに社会学という学問に対し、すごく興味を持ちました。 |
私の平成15年度の準備も、着々と進行中!
もうすぐ、私が共著者の1人となっている『死を通して生を考える教育――子供たちの健やかな未来をめざして』が、書店で発売されることになるらしい。いろいろな意味で楽しみである。
2月24日(月)
21日は母の誕生日だった。20日のうちにバースデープレゼントを買い、21日届くように手続きをとるつもりだったのだが…。「ぼやき」を読む限り20日の私は “元気そう” にみえるかもしれないが、実はその日、一日中フトンの中で寝込んでいたのである!? よって、誕生日当日になってやっとプレゼントを購入するという有様だった。つまり、プレゼントは(どんなに急いでも)誕生日の翌日に到着することになってしまったのである(「だったら、自分で実家に持っていけば良かったじゃないか?!」という声も聞こえてきそうだ)。しかし、それではちょっと…と思った私は、とりあえずバースデーカードだけを先に速達で送り、プレゼントは小包で時間指定して送ることにした。明けて22日、留守電に母からの感謝の言葉が録音されていた。
22日は、日本大学国際関係学部に出校採点をしに行った。当初の予定では、8時過ぎに横浜を出る東海道線に乗り込んで三島に向かう予定だったのだが、目覚めれば9時半!? 特に出校時間は決められていなかったのだが、後に用事が詰まっていたので、やむを得ず(?)新幹線通勤となった。国際関係学部到着は11時半前となってしまった。急いで追再試験の採点に取り掛かるが、どうも成績が悪い。出席をとらないからと言って、何も講義に出なくても単位をやると言った覚えもない。○×選択式問題を大量に出しておいたのに、全滅した者も出た。要するに、ヤル気のない者に何度チャンスを与えても無駄だということである。
まだまだ追再試験の採点が続く…。明日もまたレポートが20通ほど送られてくるらしい。
2月25日(火)
某出講先から追再試験のレポートが20通ほど送られてきた。午前中からずっと到着を待っていたのだが、宅急便ではなく書留だったため、夕方になっての到着であった。ちなみに、採点結果の提出締切は明日である。せめて速達にしてくれていれば…と思いつつも学校に電話を入れると、「発送が遅れたので、遅れても結構です」のようなことを言われてしまう。
が、そこは「アマノジャク」な私のこと、そう言われると締切に間に合わせたくなる妙な心境…。結局、急いで(それでいて丁寧に)採点を済ませ、夜8時ごろに横浜中央郵便局に出向き、速達で採点結果を返送した。
以前も、ある出講先でこんなことがあった。私の自宅に終講試験が送られてきたのだが、「試験実施から3日以内に、採点結果を返送してください」と書かれた採点依頼書が同封されていた。ところが、私の元に届いたのは試験実施から2日も経ってからのこと、答案を受け取った翌日が締切なのである。1日で120人分の採点ができるか?! 学校の都合で採点期日を決まっているのは当然だが、せめて「答案を受け取ってから3日以内に…」くらいの余裕がほしいところである。学校に電話して10分ほど文句を言うと、「では、1日待ちます」という返事を勝ち取ったが、「アマノジャク」な私のこと、急いで120人分の採点を終え、翌日にはその学校に採点結果を持参してしまった。
こういう性格は、直したほうが良いかもしれない。よく言えば(?)「負けず嫌い」なのかも知れないが…。
2月28日(金)
今日で2月も終わり。2月中に定期券を購入すると損をする…という話を以前ここに書いたが、ようやく明日からは損をしない時期に入る。私は2月生まれだが、なんだか2月は損をしたような心地になる。
朝、川島書店から『死を通して生を考える教育』が6冊、宅急便で届く。お世話になっている方々や出講先に献本するため、著者割引で12冊購入したのである。6冊は自宅に、残りの6冊は実家宛てに、それぞれ送ってもらった。私の身内にも、私の書いた文章を読みたいと言ってくださる方はいるのである。
著者割引がかかっているとはいえ、12冊購入となると2万円を優に超える。支払いは早目早目に済ませたほうが気が楽になるので、振込用紙を持って郵便局に行った。ついで(?)に、納税やら公共料金支払いやら、各種の入金も済ませてきた。しめて6万5千円なり! この出費はちょっとイタいが、確定申告で医療費控除も含めて2万円近くが還付されるので、我慢我慢!
試験の採点はすべて終了したはずなのに、アチコチの出講先から電話で「救済措置」の話が出てくる。まだまだ解放されていないようだ。
ついては、私は何の文句も言わない。講義は聴かない、出席状況も良くない、そういう学生が不合格になるのはごく当たり前のことである。再試験でまた不合格になっても、「身から出たサビ」というべきであろう。なのに、そういう学生を「救済」するのは、一生懸命に講義を聴き、試験を受けて合格した学生に失礼ではないだろうか? ポリティカルな力によって「救済措置」を命じられたら素直に従うしかないが、それにしても…。毎年、この時期になるとジレンマに陥ってしまう。
正直者はバカを見る! ということなのだろうか?
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